ヒロインと絶対に結ばれる百合コメ!

ひなみ

第一稿 ふぁあああああっ! ★

「よおっしゃー! 脱稿!!」


 作業机には終えたばかりの原稿が散らばり、栄養ドリンクの空き缶2本が横たわる。

 拳を天に突き上げたままの私は高らかに自分を褒めちぎろうと思い立ったのだけど、浮かんできたのはそこらの小学生にも劣るだろう賛美の数々。

 実際に口に出す前に踏みとどまった私は理性が残されてて偉い。


 気を取り直してただいまの時刻、朝の7時。

 窓から差し込む光がとにかく眩しい。


「おつかれーっす。とりあえずコンビニで何か買ってくるわ。れなセンセは?」


 ふらふらと私の元へやってきた柏原かしわばらまりもは、数分前まで誰にもお見せできないくらいに目が逝っていた。

 きっと、やってやった感だけで現世へと舞い戻って来たんだろう。

 くしゃくしゃになったドのつくほど派手な金色の髪はいつもながらの壮絶な仕事振りを思わせる。

 彼女は中学からの親友であり初めてのアシスタントだ。


「だから先生言うなよ~。じゃあ例のやつと甘いのお願いしていい? ゆめちゃんは何か欲しい物あるかな?」


 もう一人のアシの子の方を見ると、私に目もくれずカカカカカカッと高速でスマホを弄くっている。

 その間およそ5秒ほど。お気に入りのパーカーのポケットの中でメッセージを受信した。


『せんせぇ、お疲れ様です! 夢子は強いて言うなら……せんせぇの愛が欲しいですっ。きゃー、言っちゃった! どうしましょう! 夢子は今後どうしたらいいと思いますか!?』


 四条夢子よじょうゆめこがこの部屋で発した事のある言葉は「はい」や「いえ」のような2文字のみ。その反動かメッセージアプリ内だと別人みたいにめっちゃ捲し立てる。もし、異能オリンピックが現実にあったとしたら私への反応速度だけでWRワールドレコードを樹立するだろう。彼女はおそらく、内弁慶という既成概念をぶっ壊しに来たニューチャレンジャー的ななにかだ。


『コンビニには売ってないかもね』


 無表情でそう打ち返してスマホをポケットに突っ込み、以降来てるだろうメッセージは一切見ない。


「相変わらず未来に生きてそうな二人のやり取り、ほんと慣れんわー」


 やる気のなさそうな調子で、まりもは後ろで結われた髪を揺らしながら部屋から出て行こうとしている。


「あ、ちょっと! 何度言ったらわかんの。まりもが着ると煙草の臭いが移るんだって!」


 直後バタンと閉められた扉を見つめ、無常にも時既に遅しを知る。間違いなくあの上着は私が初原稿料で勇気を出して買ったものだ。

 それはそれはもうお高かった逸品。だけども、ニーチェの言ったとおり神は死んだのだ。


 大きく溜息をついてチラ見すると、夢子は茶色がかった長髪を揺らしくねくねと体を捩じらせている。どうやら遅延性の放置毒が効いてきた模様。それにしてもいつ見てもキモい。

 その様子には初見なら間違いなく目を限界まで見開くし、なんならその動画をSNSに拡散したのちバズり倒すだろう。採用初日大いにビビった私が言うのだから間違いない。

 それでもこれは締め切り日の日常風景と言えるものだ。


 そんな中、個別設定してる着信音がポケットから鳴り響いた。もちろんそれは夢子とは関係がない。


「ゆめちゃん、いい子だからステイ。ステイステイステイ」


 音に反応して身を乗り出してきた彼女を椅子の上で正座させ、再びスマホを取り出す。

 画面にはもちろん「遠坂さん」との表示があった。


蓮見はすみ先生、おはようございます。約束の時間にはいささか早いのですが、一応の確認にとお電話差し上げました」


 電話口から聞こえる、落ち着いた低音女性の声が鼓膜に響けば思わず口角があがる。

 深呼吸をして、何度か咳払いをする。


遠坂とおさかさんおはようございます! お待ちしてました。時間には確実に間に合います!」

「ひとまずはお疲れ様です。それでは、これよりそちらへ伺いますので15分ほどお時間を頂ければと」

「一時間でも二時間でも平気です! どうかお気をつけてごゆっくり!」


 電話を切ってすぐにメイクに取り掛かる。こういうのはあまり得意じゃないのもあって、配信動画の見よう見まね程度にしかできない。ただ、徹夜明けのすっぴん面を彼女に晒すのはいかがなものかと矮小オブ矮小な羞恥心とプライドが訴えかけるのだ。

 そうして、ひとしきり気が済んだところで刺すような視線を感じた。


『せんせぇ、あの人と話す時だけやたらテンション高いですよね。さすがにパリピでもあそこまでバイブス上がりませんよ? 私や柏原さんとの落差がありすぎてとってもあやしいです……怪怪怪怪怪怪怪怪怪』


 それはもちろん無表情かつ土足で踏み込んでくる女、夢子だ。


『私達に存在するのは新人作者と編集さんという間柄だけだよ。あくまでも仕事上のパートナーとしては円滑な関係でいたいじゃない。それって言うほどあやしい?』

『せんせぇがそう言うならそうなのでしょうけど、何かこう引っ掛かりを覚えるんです。でもきっとそれは気のせいだと思うのでお気にせずです! ところで、前々から思ってたんですけど【ところで】と【ところてん】って似てますよね!?』


 はっきり言って彼女のような勘の鋭い学生さんは苦手だ。

 内心ウキウキなのを悟られてそうなのが何よりも恐ろしい。


 それは漫画家として花開いたばかりの頃の話。


「蓮見れなさん。いえ、蓮見先生。本日よりあなたの編集を担当させて頂く事になりました遠坂日向ひなたです。不束者ではありますが今後、末永くよろしくお願い致します」


 ひとたびお辞儀をすればショート丈の黒髪が揺れ動き、彼女からは爽やかなシトラスの香りが漂う。スーツが映えるスラッとした高身長に見下ろされながら、凛とした切れ長の目元から放たれる視線は私の心を捉えて離さない。


「ふぁあああああっ!」


 私こそ不束すぎて恥ずかしいですが……。遠坂さん、よろしくお願いします。


「ふぁあああ、ですか。先生は随分と風変わりな挨拶をなされるのですね」


 そう言って遠坂さんはくすりと笑った。

 初めて顔合わせをしたその日から、私は彼女に対して恋に近しい感情を抱いている。

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