最終話 アフターワード

 あとがき


『ヴァーチェ王国の救聖女~ベルタ・セレーニ奇譚』をお読みいただきありがとうございます。はじめましての方ははじめまして。縁祢へんねえむと申します。

 ウェブ版に手直しを加え、少し新しくなったベルタたちの物語、無事お届けすることができて嬉しく思います。

 特にウェブ版連載中からお付き合いいただいた読者の皆様には、たくさんの応援をいただきました。また初めての書籍化にあたり、いろいろとご迷惑をお掛けしてしまった読学館の担当さんには足を向けて眠れません、本当に……。

 加筆修正のチェック・アドバイスをしてくれた妹ちゃんにも大感謝です。たくさんの人の力で本ができているんだな、と改めて感じています。

 さて、これにてベルタの物語はひと段落ですが、まだまだ書きたい!という欲はありまして……。特に今回書き直しているうちに、裏主人公とでもいいましょうか、もう一人の主役級・カメリアの物語をもっともっと掘り下げられたら、なんて……いずれはカメリアのスピンオフなお話をまとめられればいいな、なんて……そんな計画が出来上がってきております。

 まだまだ続く(続けたい!)ベルタやカメリアの物語、もうちょっとだけお付き合いいただければ幸いです。

                                 縁祢えむ


 * * *


 目に飛び込んできたのは、白い天井だった。いくらか年季が入った風の境目のあいまいな白の濃淡の中に、丸いものが規則正しく配置されていて、眩しすぎない程度の光がまっすぐ床に、私の顔に降りかかっている。

 重い瞼を一度閉じて開いて、慎重に眼球を動かすと、右も左もやたらと白いものばかりで構成されていて、混乱する。

 まっさらな手帳の一ページ、おろしたてのシルク、赤ん坊の無垢な皮膚、そういうものにこびりついた、黒い染みになってしまったような気分だ。

 両目から感覚を辿ると、どうやら首はあるらしい。だが頭を左右に動かすには至らなかった。感覚は首から左右に伸び、耳の存在を教える。深い水の底に響くような周囲の音も、よくよく集中してみれば、行き来する人の足音や、気迫を滲ませた短い言葉の応酬であることが分かる。

 白い世界に自分以外の人が生きている。そのことに、安堵を覚えた。ほっと息を吐いて、今度は慎重に吸う。首から下も動かせるのではないか。新しい空気に満ちた肺は、この体を生かそうと機能していた。

 目が合う。空間に負けないほど白い衣を着た女性の驚いた眼差しが、まだ半分ほどしか動かせない瞼の奥の眼球を、しっかと捉えていた。

「先生! 目を覚ましました!」

 女性は、いくらか年上の男を伴って戻った。顔の下半分を白い紙のようなもので覆った男が、身を乗り出し覗き込んだ。

「……聞こえますか? ……お名前、言えますか?」

 男の言葉で口があることを思い出す。鼻の下だ。奥に繋がっているのどを使えば、ここから声というものが出るのだ。

 ようやく喉が絞り出した空気は音にもならないほど潰れていたが、ひどく感動的だった。私ときたらさっきまで周囲にあるものを受けいれるばかりで、自分で何かを発することはなかったではないか。それが可能だという、少なくとも可能になるだろう確信は、うんざりするほど重い体のあちこちを勇気づけた。まだ生きられる。

 ――私の名前は……


【了】

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転生悪役令嬢の紙の城、ならびに救聖女の守護 海野てん @tatamu

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