あんた達、すっごく

 亮二の家のリビングは、僕の家のリビングより生活感があるように思う。そんな部屋を、レースカーテンを通る、外の明るくて白い光が包んでいる。電気を付けずとも、この部屋は明るい。

 僕はリビングで座りながら、昼ご飯を作ってくれている亮二を見る。僕は、亮二がクラスのみんなが思っているより料理ができることを知っている。

「あ、ありがと……」

 冷凍うどんを解凍するために、レンジを操作している亮二の背中に言う。

「いいよ、ぜんぜん」

 二人だけのこの空間は、亜黒といる時とは違った、隠れ家のような空気が流れている。

 亮二は途中でブレザーを脱ぐ。椅子の背もたれにブレザーをかけ、ベストの姿でスープを作り始める。

 何分か経って、亮二がむわむわと湯気の出る白いどんぶりを持ってくる。

「はい、どーぞ」

 亮二の作ってくれたうどんが、僕がちょこんと置いたおにぎりの隣に優しく置かれる。外の光を受け、琥珀色に輝くスープ、艶やかな白い麺。その温かさに、僕の体がゆっくりと包まれていくように思える。

「簡素なうどんだけど」

「いやもう、料理できるのすごいよ」

「へへへ~、照れるなあ~」

 そう言いながら亮二もうどんを持ってきて、目の前に座る。

「いただきます」

 二人で同時に言い、僕は麺をすする。

 うどんの麺が僕の体を内から温め、凍えるような気持がだんだん和らいでいく。氷が解けていくように、僕の目には涙が浮かぶ。

「え、泣いてんの?」

「あ、ごめん」

 僕は即座に涙をぬぐい取る。

 亮二は箸を持ちながら優しい表情で俯き、少し悩んだ顔をした後、僕の目を見て言った。

「ありがとな、あっくん助けてくれて……」

「え……」

「まーくんさ、知っちゃったんだろ? 亜黒のこと……」

 僕は、ゆっくりと頷く。そうか、ここでは、体育館裏で亮二と話したことはなかったことになっているのかと、今更に思う。

「うん……」

「あっくんはさ、結構自分を責めるところがあってさ、俺は何度も、あっくんのやってるアレを止めようとしたんだ」

「……」

「痛々しくて、見てられなくて。でも、あっくんはやめなかった。俺も、簡単にやめろとは言えなくなってさ……。今思えば、何が何でも止めなきゃいけなかったって思ってる。ごめんな、心配かけちゃったよな……」

 亮二はぎゅっと口を噤み、泣き始める。亮二の泣くところなんてなかなか見ることがないから、何とか明るさを保とうとする亮二の顔に、僕は心を締め付けられる。

「まーくんは気づいてないかもだけど、まーくんはあっくんにとっての最大の心の支えなんだ。まーくんがいてくれて、あっくんの表情は明るくなっていったし」

「……」

「小五ぐらいからあっくんと俺は友達になってさ、俺はあっくんがいつも暗い表情をしているのに耐えられなかったんだ。笑顔を見せるところなんてほとんどなかった。まーくんと出会ってからなんだ。あっくんが明るい表情を、たくさん見せてくれるようになったのは」


 僕と亮二は、亮二の部屋で、外の光が夕焼け色に変わっていくまで二人で過ごしていた。二人でベッドに座って、何気ない時間を過ごしていた。その時間は、僕の心を癒していた。

「俺さ、まーくんが心配で早退してきたんだ」

「え、そうなの?」

 隣で座る亮二に訊く。

「ああ。具合悪そうにしているふり、俺めっちゃ得意だから。いや、ホントはあっくんもまーくんも心配で、結構心の中ざわついてたから、マジで思い詰めすぎて辛かったんだけどさ」

「ごめんね……」

「謝らなくてもいいよ」

 そう言って、胡座をかく亮二は俯いた。

「……あっくんは、元気?」

「ああ。体育はさすがに見学してたけど、もうぴんぴんしてるぜ」

 僕は、勇気を振り絞って言う。

「今日、僕、あっくんに告白しようと思うんだ」

 そう言うと、亮二は顔を上げて驚いた表情で僕を見た。

「マジで? どうして今日?」

「……あんまり、話したくない。でも、今日じゃなきゃいけなくて」


「じゃあ、今日はありがとね。亮二」

 僕は玄関で、ドアを開けながら言う。

「いいよ。それよりも、頑張れよ」

「……うん!」

 外はもう、夕焼けの色から、濃い青のビー玉を内側から覗き込んだような色へのグラデーションが見えるほどの時間になってしまっている。もうすぐ五時のチャイムが聞こえてくるかもしれない。

 ドアが閉まり鍵がかけられる。まーくんならできるよ、と後押しするように。




 ドアの鍵を閉め、暗い玄関に一人立ちながら、俺は思い返す。

 三人で電車に乗って遊びに行ったとき、俺はあっくんとまーくんが、お互いに片方のイヤホンで曲を聴いているのを見ていた。

 あっくんは電車の座席に身を委ねて目を瞑り、まーくんはぎごちなさそうに座ってぎゅっと目を瞑っている。

 そんな二人を前にして、俺は窓の縁に肘を置き、頬杖を突きながら、思ったんだ。

 

 あんた達、すっごくお似合いだよ。

 

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