最初っから
ハイイロさんがいなくなった今、僕はただ一人、ベッドの上でうずくまっていた。暖房もつけずに布団の中に閉じこもり、十二時間半という短すぎる制限時間を無意味に消費していった。
僕はただ、この制限時間内で何をすべきか考えていた。
僕も亜黒も、結局自分のやってしまったことを背負う覚悟がなくて、ずっと自分を傷つけることに執着してきた。それは自分は潔白な人間でありたいと強く思っているから。でも僕は、自分を傷つけること自体が罪なのだと気づいてしまった。亜黒だって、気づいているのかもしれない。
布団の中に顔をうずめていると、僕はだんだん息をしづらくなっていく。
僕の中には、後悔という感情だけがうごめいている。
亜黒にちゃんと告白できなかった後悔が、僕の胸を巣食っている。
今思えば、僕は亜黒に告白をしたことでさえ、自分の罪として考えていたんじゃないかという気がしてくるのだ。
亜黒に告白すること自体が亜黒に迷惑が掛かることで、それを受け入れられなかった僕はパニックになって亜黒を殺してしまったのだから。
そんな過去の自分に、僕は苦笑する。
だって、恋愛感情なんて、最初っから自分勝手なものなんだから。
僕は分厚い上着を着込んでマフラーを巻き、外出する準備をした。
リビングの机の上に置かれた千円札を手にし、財布の中に入れた。
財布を上着のポケットの中に入れると、僕は玄関を開けて外に出た。凍えるような空気が、マフラーから出る鼻をひんやりと冷やす。ドアを閉めようとドアノブを掴んだ瞬間、静電気がピリッと走った。あまり、痛いとは思わなかった。
鍵を掛けて、僕は廊下から外の住宅街を眺めた。
「……」
その光景に、僕は声が出なかった。
あたり一面雪景色。まるで上空で大きなガラスを割って、街中にガラス片が散らばってしまったみたいに、太陽に照らされて白く輝いていた。
こんな息を呑むような景色を、しばらく見ていなかったかもしれないと、そう思った。
自転車の跡や登校する学生がつけた足跡を不規則に踏みしめ、僕はとぼとぼとコンビニへと向かう。別にお腹は減っていないけれど、何か食べないと、という義務感はないわけではなかった。
今はみんな、学校や会社で何かに追われ、誰かと有意義な時間を過ごしているのだろう。僕はその流れのようなものから、取り残されているような気分だった。まあ、僕は最初からそうだったのかもしれないけど。
僕はコンビニへ向かい、鮭のおにぎりを一つ買った。それだけでレジに千円札を出すのは少し抵抗があったのだが。
コンビニを出ると、見慣れた人影が駐車場越しに見えた。
「え……」
物思いにふけるように、下を向きながら歩いているその人は、どう見ても亮二だった。制服を着ているということは、早退してきたのだろうか。
僕はしばらく自動ドアの前で立ったまま亮二を見ていた。
僕は、昨日のことを思い出していた。
亮二に亜黒のことを知っているか訊いて、僕はパニック状態に陥ってしまった。ちゃんと亮二の話も聞かずに。
俯いていると、いつの間にか僕の所に駆けつける足音が聞こえた。
「おーい、まーくん」
間違えるわけない。亮二の声だと判断して、僕は顔を上げた。
亮二が僕の所まで来ると、言った。
「亮二、学校は?」
「早退してきた」
何も後ろめたさを感じさせない、けろっとした声で亮二は言った。
「まーくんは、買い物?」
「うん、お母さんが昼食作る暇ないって。だから、買ってきて、みたいな……」
僕は、亮二に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、後ろめたさしか感じない声で答えた。
「あれ、でもまーくん何も買ってなさそうだけど」
そう言われて、僕は亮二から目を逸らしながらポケットに詰めたおにぎりをすっと出した。
「え、少な!」
亮二はポケットの方を見下ろして言った。
「お腹すいてなかったし……」
そう言うと、亮二は僕の腕をがしっとつかんだ。
「え」
と言って僕は亮二の方を見る。
「ダメダメダメダメ! ちゃんと食べなきゃ! こんなに寒いんだし!」
そう言って亮二は、僕の腕をぐいっと引いて歩き始めた。
「え、ええっ?」
「なあ、一緒にご飯食べようぜ!」
亮二は無邪気な笑みを僕に向けて、僕を部屋に誘った。亮二は、この雪景色も相まって、とても明るい印象を受けた。
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