眠たげな海
慣れない布団の温かさが、僕の体を包んでいる。
目の前では亜黒が眠っている。今は何時だろうと、僕は亜黒の持参したデジタル時計を見る。優しく発光する青緑色が、今は朝の五時半だと伝えていた。
左腕は当然まったくの無傷で、さっきまで感じていた力が抜けるほどの痛みは嘘みたいに消えている。
これが、亜黒に告白するまでにずっと続くのかと、僕は何とも言えない気持ちになる。漠然とした、絶望感というには浅はかすぎる感情が、僕の胸を巣食っている。こんな僕を、こんな状況を、僕はどうとらえていいのか分からなくなる。
そうだ、僕はあの時思っていたじゃないか、これは、神様の見せてくれた夢なんだって。何も罪を背負わない潔白の身になったんだから、自由にこの世界を生きていいのだと。そうだ、この世界にタイムリミットがあること以外、僕は安心して過ごしていいのだ。
そう分かると、僕はもう少し、この布団に体を預けようと思った。
これ以上ない温もりと、亜黒が隣で眠っていることの安心を感じながら、僕は本物の夢の中に落ちていった。
僕を夢から引き上げたのは、信弘の、この部屋の窓の障子を開ける音だった。
この部屋のドアや廊下の壁に、淡い光がプロジェクターのように映って広がっていくのを見て、僕は寝た体制のまま振り返った。
「うわ、めっちゃ綺麗……」
障子を開けて、信弘はつぶやく。
「んん……」
僕は上半身を起き上がらせる。
信弘はそんな僕に気づいて振り向いた。
「あ、おはよ。起こしちゃった?」
「あ、いや、もう起きてたから……」
「あ、そう」
信弘はそう言って、窓側の椅子に座って、また景色を眺める。
僕も布団から出て、窓から景色を眺める。
広い海が、そこにはあった。水平線からゆっくりと太陽が顔を出していて、眠たげな海が、だんだん目を覚ましていくように見えた。
青い空に茜色が広がり、波打つ水面や海岸線をゆったりと走る車の窓ガラスがその色を正直に反射している。
僕は、この海をこんなに色鮮やかに見ることが出来たことに、ちょっとした感動を覚える。この旅を楽しんでいいのだと、少しずつこの胸が躍っている。ずっと先に待っている本物の制裁なんて、いくらでも受ける。だから、この今だけは、この感情に浸っていたい。僕はそう思った。
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