第一話 罪を背負った主人公

罪から逃れたい一心で

 雲一つない空。だけど北側にあるマンションの階段は影になっていて、廊下で立ち尽くしていた僕は、目の前にある顔の表情をうまく見ることが出来なかった。

 それは一つ下の踊り場にあった。

 そこには僕が好きだった人が横たわっていて、少しも動かず、ただ頭から血を流し続けている。その赤い液体は、コンクリート床の模様を覆っていき、小さな溝に沿って人体の血管のように広がっていく。

 僕は、その状況を飲み込めないまま、唖然として思う。


 僕が、殺したのか?


 僕は、あるクラスメイトに片思いをしていた。その人の名前は嘉瀬亜黒といって、その男子に、僕は恋心を抱いていた。僕は亜黒と友達として仲良くしていて、今日、告白するために僕の部屋に呼んだ。告白した後、僕は亜黒から拒絶を示された。

『俺とどんな気持ちで一緒にいたんだよ。ほんとキモイ』

 亜黒はそんな台詞を吐き、部屋を出て行ってしまった。僕は一瞬、その言葉が亜黒から発せられたものであるということを飲み込めなかった。そんなことを言うような人だと思っていなかった。

 こんなの、亜黒じゃない。僕はそう思って、震えが止まらなくなってしまった。そして、僕はとある恐怖に駆り立てられてしまった。

 亜黒ともう、仲のいい関係は築けないのだろうか、友達に馬鹿にされてしまうのではないか。僕は余計に紙を刷っていく印刷機みたいに、頭の中から溢れ出る被害妄想を抑えられなかった。

 僕は靴も履かないまま廊下に出て、階段を降りようとする亜黒の両肩を後ろからつかんだ。リアルな肩の感触を感じながら、僕は震えて言った。

『ねえ、今のウソだから、ごめん! ゆるしてよ……』

 本心に逆らって言う僕に対して、亜黒は僕の両腕を離しながら言い返した。

『いいから! ほんとにそういうの!』

 亜黒にそんなことを言われるとは思わなくて、僕は世界の終わりでも目の当たりにしているかのように、だんだん感情的になっていった。僕は振り向いた亜黒の両肩をもう一度つかみ、揺さぶった。踏み越えてはいけない一線を通り過ぎてしまう。そんな予感があった。

『ねえ、お願いだから、忘れてよ……忘れて! お願いだから……』

『お、おい、やめろ……ああっ⁉』

 亜黒が足を滑らせてしまったのと、僕の両手から亜黒の両肩が離れてしまったのは、ほぼ同時だった。


 僕は足の関節から力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちてしまう。どうしよう、どうしようと、自分の体を抱きしめながら焦る。

 そうしていると、上の階の階段から、人が降りてくる足音がした。

 足音が乾いた空気に溶け込む中、僕は「終わった」とだけ思った。

「あれ、何してんの? 眞白」

 上の階段から、楽観的な声がする。僕はその方向を見上げる。

 階段から、同じマンションの友達の酒井亮二が顔を出して僕を見下ろしていた。

 僕は、ただただ罪から逃れたい一心で、こんなことを言ってしまった。


「亜黒が、階段から落ちて……」


 その後、亮二が救急車を呼び、亜黒は病院に運ばれた。

 病院からは、亜黒は死亡したと告げられた。

 


 

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