第2話
それなのに、最後の日は思っていたより早くやってきた。
「今日はいい天気だったよ。」
いつものように私達はソファで時間を過ごしていた。週に一度、私が行く買い出しで見た空を、ヒカルに伝える。
「いいなあ。僕も昼の空を見てみたい。」
ここのところ、ヒカルは切なげにすることが多くなった。今日もそうだ。どこか悲しみを湛えた目で私を見ている。
そっとヒカルが手を伸ばして私の頬に触れる。そこは、ずっと前から影に溶けて欠けていた。
「僕は君から奪ってばっかりだ。」
心底愛おしそうに私の頬を撫でるヒカルの指先から切なさが痛いほど伝わってきた。
「ここも本当にうっかりだから、気にしないで。」
前よりずっと明るく光っているヒカルの手を私も撫でる。
「君は僕の光だった。それなのに僕は君を溶かす影にしかなれない。」
彼の震える声を聞いていたたまれなさを感じ、私は思わずお茶を濁す。
「急にどうしちゃったの?詩人にでもなるつもり。」
不意にヒカルが私に唇を寄せた。
傘から落ちる光が久しぶりにヒカルの顔を照らす。
ああ、この優しげに下がった目尻が好きだったのだ、と思い出す。最後にはっきりと彼の顔を見たのは、どれくらい前のことだろう。
「あんまり光に当たっちゃだめだよ。」
彼の体がより一層発光しているのを見て、私は我に返る。たった数秒当たっただけでもこんなに光に近づいてしまうのだ。私は少し怖くなって、傘の明かりが当たる範囲から追い出すように彼の体を押した。
それに抵抗するように彼は私に体を寄せる。声を上げるまもなく、私は彼に抱きすくめられていた。
優しい彼にしては少々強引な抱擁に戸惑う。
どうしたの?
そんな言葉を口にする前に、
「愛してる。」
彼が耳のそばでそう呟いた。
それから、唐突に立ち上がる。
「待って。」
嫌な予感がして、私は彼を呼び止めた。
「僕は、君の光になりたいんだ。」
直ぐそばにある一度も開けたことのないカーテンを彼が掴む。
そして、開けた。
どうしようもないくらいに眩い朝焼けが目に突き刺さって、私は顔を覆う。
現実を直視したくなかったのかもしれない。
ずっとそばにいた私が一番わかっている。こんな眩い光にあてられれば、彼は無事では済まないことを。
欠けた指の隙間から涙が溢れる。足に力が入らなくて、私は座り込んだ。
わかっていた。彼がお互いの身を削り合うようなこの生活を苦痛に感じていたことも。
わかっていた。彼が、私に対してずっと罪悪感を抱いていたことも。
わかっていたのに。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにはもう、彼はいなかった。
私があんなに愛していたヒカルはもう光になってしまった。
「ああ・・・。」
喉の奥から声が漏れる。
彼を責めることは私にはできない。
優しすぎる彼の苦痛に気づいていながら、寄り添うことをしなかったのだから。
ひどい焦燥感に駆られながら、私は開け放たれたカーテンから覗く空を仰ぐ。
目に残った涙に反射して、その光はプリズムのように瞬いた。
なんて、なんて美しいのだろう。
『僕は、君の光になりたいんだ。』
最期に彼が放ったキザな言葉を反芻する。
「・・・眩しすぎるよ。」
俯くと、涙の粒が数滴、床に落ちた。
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