第19話 姉とその友人がおかしい その2

「まあいいわ。今日はちょっと化学部の力仕事を手伝って欲しくて呼んだのよ」


「普通に嫌なんだけど」


「あんたは全然家に帰って来ないから知らないかもしれないけど、学校の成績って試験毎に家に届くのよ」


俺の拒否を無視して姉が急に話題を変えた。


そういえば、親から休みに帰ってくるようによく連絡が来ていたが、勉強で忙しいと言い訳して帰ってなかった。


あの散々な成績が届いてたとしたら、何を言われるかはだいたい想像がつく。


「お母さんが私の昔の成績引っ張り出してきて、あんたの成績の悪さに絶句してたわよ。このままじゃ卒業できないんじゃないかって」


姉は結構頭がよく、1年のときも成績が良かったので、それと比べられると俺の成績の悪さが際立ってしまう。


「私がフォローしとくって言っておいたから、お母さんは落ち着いたけど、あんたこのままじゃ本気でヤバいわよ」


「実習でなんとか取り返すから...」


「実習だけでどうにかなるレベルじゃないでしょ。私のノートと過去問を渡しておくから、分からない所があったら聞きに来なさい」


「...お願いします...」


俺としては反論や文句も言いたいのだが、何を言っても理詰めでやり込められるのは経験から明らかなので、ここは黙っているのが一番傷が浅くなると判断する。


入学してから極力姉に近寄らないようにしてたのは、こんな風に頭が上がらない感じになるのが嫌だったのだが、どうやら学校でも姉には敵わないという現実からは逃げられないようだ。


「ほら、行くわよ。みんなに紹介するから」


化学実験室の奥に控える5人に向かって進む姉に、俺は黙って着いて行く。


「お待たせ。これが今回手伝いで呼んだ弟の健太郎」


「ども...」


とりあえず姉の顔を立てて礼儀正しくしておく。


姉に紹介されたのは、化学部のメンバーの5人だった。


聞く所によると化学部は姉が部長をしていおり、メンバーは女子ばかりで姉と幽霊部員を入れても10人に満たない弱小部みたいだった。


「ブッキーの弟ってチカちゃんの相方だったんだね」


「ぶっきー?ちかちゃん?」


姉と同じクラスだと言っていた一人の先輩から、聞いたことがない名前が出てきた。


「伊吹ちゃんのこと、私はブッキーって呼んでるの」


どうやらブッキーは姉のことらしい。


姉の名前は津村伊吹いぶきなのだが、ブッキーだったりイブちゃんだったりツムツムだったり、好きなように呼ばれてるらしい。


後輩は普通に伊吹先輩とか部長とか呼んでるようだ。


「相方と呼ばれるような親しい女子はいなんですが」


それより、相方と言われたチカちゃんというのに心当たりがない。


「私、イラ研と兼部だから、是親くんともよく話すの」


「あいつ、イラ研ではチカちゃんって呼ばれてるんですね」


チカちゃんというのは是親のことらしい。


「相方というほどでもないですが、実習とかではよく組んでますね」


「ふーん」


なんだろう?率直な感想を述べただけなのに変なニヤニヤ顔で返された。


「いくら煙で燻しても、火のない所は燃えないわよ」


姉がまるで俺を守るように、俺とイラ研の先輩の間に立ち塞がる。


最近鋭くなったような気がする俺の勘が、強い警鐘を鳴らしている。


地下空洞でも経験したことがない、背筋が凍るような嫌な予感だ。


俺はイラ研の先輩の視界から隠れるように、姉の背の後ろでそっと身を縮めるのだった。

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