第16話 体調がおかしい その2
やっと着いた...
どうやら目的地である35階の階段前スペースに着いたらしいが、俺の体力はもう限界に近かった。
体が重いし呼吸することすら体力を持っていかれているような感じがする。
俺がゴブリンを1体倒した後は、時間もないので道中に出てくる敵は全て北村が倒した。
だいたいの敵が大剣の一振りで真っ二つになっていた。
ゴブリン戦以降、こっちは敵を倒しながら早足で歩く北村に着いて行くのがやっとだった。
「作業するから、そこらで休憩して待っててくれ」
北村は俺が運んできたでかい段ボールを持つと少し離れた場所にある仮設トイレに歩いていった。
嫌な予感がする。
気になったおれは、北村の作業を見るために少し近付いてみた。
北村はこちらを気にすることなく、段ボールの中から洋式の便座を取り出した。
「便座...」
自分が苦労して運ばされていたものが便座だと知った瞬間、膝の力が抜けて突っ伏した。
「便座...」
俺はこの言葉にできない気持ちを生涯忘れることはないだろう。
「最近の学生はワガママなのか、和式のトイレは嫌だとの意見が出てな。とりあえず、上から被せたら洋式トイレになる便座を買って設置してるんだ。俺の学生時代は下の方の階はトイレなんて贅沢なもんはなくて、敷居板を立てただけのただの穴だったんだぞ」
どやら北村は学生時代に大穴に潜っている経験者みたいだった。
「時間がもうないな。お前寮生だろ?早く帰らないと飯の時間に間に合わなくなるな」
寮の食事の時間は決まっていて、時間までに食べないと食事抜きになってしまう。
「急いで帰ったらなんとか間に合うと思います」
来た道を思い出してそう返事をする。
北村の強さがあれば敵に足止めされることもほとんどないので、急げばそれほど問題ない時間だった。
「大穴では時間に余裕を持って行動してないと、よく遅刻することになる。深く潜るほど、時計とかはよく地上に戻ると時間がずれてることがあるから気をつけろよ」
地下では時計が狂いやすいようだ。
時間の流れが違うなんてSFなことではないと思っているが。
ゴブリンもいたし、大穴では何が起こっていてもおかしくないと思った。
「よし、帰るか」
北村は便器の残った段ボールを倉庫スペースに置くと降りてきた階段に引き返した。
「先生、ここら辺の深いところで体を鍛えたいんですが、無理ですかね?」
今日、俺は自分の鍛え方がまだ全然足りないことを実感し、これからの実習が地下の深い所での活動となると、今の実力では実習で活躍するのは難しいと考えた。
「1年生は15階より下は立ち入り禁止だから無理だな」
「そこをなんとか...」
渋る北村に頼み込む。
俺の自習のためだけに教員や技官を一人つけるのは無理な話ではあるが、そこをどうにかする方法が知りたい。
「とりあえずは、便器設置するのを手伝ってくれるなら、着いてきてもいいかな」
北村の仕事の手伝いなら目の届く範囲にいるから1年生でも大丈夫という理屈かと思う。
ただ、便器の設置なんてすぐに終わってしまいそうだ。
終わる前に他の手を考える必要がある。
「手伝います!火曜と木曜は授業が早く終わるので、その曜日でいいですか?」
「OK。次は来週の火曜にやるか。火曜になったら工場に来るように」
なんとか次の約束を取り付けたので、火曜までに体を鍛えておこうと思った。
どうやらこの体調不良は地下に潜ったからで、地下での活動経験が長いほど影響が少ないらしい。
北村がただの体力おばけという可能性もあるが、他の教員や学生も地下経験が関係しそうなので、単純な体力や筋力だけの話ではないのだろう。
もしかしたら、地上では鍛えられない何かが、地下では鍛えられるのかもしれない。
明日からは是親を引っ張り出して15階で鍛錬するか。
そんなことを考えながら重い体を引きずって北村の後を追い、地上を目指して歩き始めた。
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