ジリアン殿下の訪問

 あのお茶会からと言うもの、ジリアン殿下からのアプローチは堂々としたものになり、魔塔にも何度かご機嫌伺と言っていらっしゃるようになりました。

 もちろん研究の邪魔になるようなことはせず、むしろ私どもの研究を現場の意見として協力してくださるので無碍にできないところがつらいですね。

 あと変わったところと言えば、なぜかエディット殿下も魔塔の付近をうろついているという事でしょうか。

 わたくしとの婚約が白紙になったことで立太子目前と言われていたものがなくなって、今さらながら焦っているという話ですが、マルゴット様はどうなさったのでしょうか?

 魔法学院に通わなくなってしまったのでお二人の噂に関しては疎くなってしまいましたが、友人からお二人がお別れなり疎遠になったという話は聞いていませんので、いまだに交流があると思いますし、立太子なさりたいのであればマルゴット様のご実家に後押ししていただければよろしいと思うのですがうまくいっていないのかもしれません。

 だからわたくしに改めて後押しをして欲しいと願い出ようとしているのかも?

 けれどもあいにく王子教育でエディット殿下は忙しく魔塔に通う時間も限られておりますし、その時間はわたくしは研究に没頭しておりますのでお会いすることはありません。

 全く持って無駄足なのですが、エディット殿下も早めに見切りをつけてご自分のなさるべきことをなさっていただきたいものです。

 こちらはただでさえジリアン殿下という厄介ごとを抱えていますのに。


「師団長~、ジリアン殿下がお見えですよ~」


 考えていたところに声をかけられて、決済する書類から顔を上げるとそこにはいつも通りジリアン殿下がいらっしゃいました。

 本日は私服ではなく騎士団の総師団長の服を着ていらっしゃいますのでお仕事帰りかこれからお仕事に行くのかもしれません。


「ジリアン殿下、お忙しいのでしたら無理にいらっしゃらずともよろしいのですよ」

「愛しい人に会いに来るのに無理なんて感じる事なんてないよ」


 そう言って甘い笑みを浮かべるジリアン殿下に、わたくしは思わずドキリとしましたが気づかないふりをしてジリアン殿下に「さようですか」とそっけなく返しました。

 この部屋には重要書類も多数あるためジリアン殿下はわたくしの許可がなければ扉から先に入ってこようとはしませんし、わたくしも重要書類の決裁が片付くまではジリアン殿下の入室を許可いたしません。

 ジリアン殿下を信用していないわけはないのですが、不用意に漏れると大問題なものもございますから仕方がありませんね。

 しばらくして重要書類の決裁が終わると、実験室で待っていただいていたジリアン殿下のところに向かいます。


「ジリアン殿下、お待たせいたしました」

「いや、こちらこそ勝手に来ているだけだからね。気にしないでいいよ」


 気配無く近づいてきたジリアン殿下にわたくしは思わず身構えそうになりましたが、ジリアン殿下がいつもわざと気配を消して近づいてくるのだとすぐに警戒を解きます。

 これはジリアン殿下の癖のようなものですが、わざと気配を出そうとしない限りついつい気配を消してしまうのだそうです。

 流石は騎士団の総師団長というところでしょうか。


「本日もご意見をいただいているそうですわね。現場で実際にご使用になる方の意見は貴重ですので大変ありがたいですわ」

「こちらこそ、普段使っているものがどのようにして開発されているのか見ることが出来る貴重な機会だよ」

「そう言っていただけて何よりですわ」

「そういえばさっき下でエディット殿下に会ったよ」

「あら、この時間はまだ授業中だと思っておりましたが……」

「私もそう思っていたから聞いたんだけどね、答えを聞く前に逃げられてしまったよ」

「ふふ、逃がしてあげたの間違いではございませんの? ジリアン殿下からエディット殿下が逃げられるとは思えませんもの」


 そもそもエディット殿下は武道が苦手ですので、ジリアン殿下と比べるまでもありません。

 わたくしはジリアン殿下がエディット殿下に興味がないのではないかと考えつつも、やはりどうしてエディット殿下は魔塔に近づいているのかと考えます。

 立太子するにあたって我が家の後ろ盾が欲しいのであれば、わたくしにではなくわたくしのお父様にお願いするのが筋ですわ。それこそ土下座という遠方の国にある謝罪方法を使ってでも。


「それにしても、エディット殿下は今さらになってこちらに近づくなんて、マルゴット様とはどうなっているのでしょうか? ジリアン殿下はご存じですか?」

「噂では相変わらず仲睦まじくしているようだよ」

「それでしたら余計にこの魔塔に近づく意味が分かりませんわ」

「うーん、なくしてやっと気づいたってところじゃないかな」

「どういう事でしょうか?」

「気にしなくていいさ。エディット殿下は間違った、ただそれだけだ」

「そうなのですか?」


 とても気になりますが、現状抱えている事柄を考えるとエディット殿下にかまっている時間はございませんので、確かに気にしないのが一番なのかもしれません。

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