王弟からの求婚

 水響すいきょうの庭に到着するとわたくしは早速、花とあちらこちらに設置されている噴水や小川の観賞を始めました。

 この庭はわたくしのお気に入りの一つで、水音と花の香りが楽しめて月に一度の苦痛の退屈なお茶会もこの庭で行われる時は気を紛らわすことが出来ました。

 エディット殿下との婚約がなくなったからには、今後この庭に訪れる機会も少なくなるでしょうし、今のうちに堪能しておきましょう。

 思えばこの庭で開催されたお茶会が始まりだったのかもしれません。あの日、エディット殿下との顔合わせを初めて行ったのがこの庭でした。

 当時既に魔法師団に入ることが決まっていたわたくしでしたので、顔合わせだけして婚約はお断りするはずだったのですが、なぜかエディット殿下の態度があのようにわたくしに対して冷淡であったにも拘らず婚約が結ばれてしまい、お父様に事実なのか確認してしまったほどです。

 本当に不思議ですわよね。国王陛下と王妃陛下が余程わたくしの血を引き入れたいと思っているのだと結論付けましたが、いまだにその回答は出ていませんわね。

 まあ、今となってはどうでもいいことですけれども。

 東屋に向かうと付いて来ていたメイドが先回りして布を敷いてセッティングしてくれます。

 ただの庭の観賞のつもりだったのですが流石王宮のメイドですね。

 東屋の椅子に座るとお茶はどうするかと聞かれたので、そこまでは不要と答えてしばし水音に耳を傾け、花の香りを楽しみます。

 ふう、本当にこのお庭は落ち着きますね。


「……ジリアン殿下もお庭の観賞にいらしたのですか?」


 ふと感じた気配に顔を向けニコリと微笑みますと、ジリアン殿下が東屋に近づいていらっしゃったので立ち上がりカーテシーでお迎えいたします。


「無事に婚約の白紙が相成ったと聞いてね。お祝いを言いに来たんだ」

「それはありがとうございます」


 婚約が白紙になったことをお祝いするのもどうかと思いますが、確かにわたくしにとっては喜ばしいことですのでお祝いの言葉は素直に受け止めさせていただきます。

 ジリアン殿下が整えられたわたくしの対面の席に座ると、ニコニコと笑みを向けられ、わたくしはお祝い以外に何か用事があるのかと瞬きをいたしました。


「何か御用があるのでしょうか?」

「用っていうほどのものじゃないけど、オフィーリア嬢の今後について聞きたいと思ってね」

「それはやはり以前申し上げたように研究に専念しようかと思っておりますわ。魔法学院も単位はとっくに足りていますのでいつでも卒業できますもの」

「となるとやはり次の婚約は考えていないのかな」

「そうですわね。家は兄が継ぎますし、わたくしがどこかに無理に嫁ぐ必要はありませんわね。師団長としての稼ぎがありますのでいつでも家を出ることが可能ですし、もしこの国で働き口に困っても他国に行けばいいだけですもの」


 あっさりと口にすると、ジリアン殿下が「やっぱりそうか」と苦笑なさいました。

 そして……、


「でも、私との婚約を考えて欲しいと思っているんだけど、どうかな? 年は離れているけど自分自身お得な物件だと思っているよ」

「はあ……唐突にどうなさったんですか?」


 本当に唐突でどう返事をしていいのか戸惑ってしまいますが、今頃お父様達が今後のわたくしについて話をしているはずですし、下手なことも言えませんよね。

 ……ああ、もしかしたら婚約について陛下から何か言われているのかもしれません。

 エディット殿下は無理ですが、ジリアン殿下に嫁げばかろうじて王家にわたくしを取り込めたようなものですものね。

 ジリアン殿下自身は王位継承権を放棄して既に公爵としてご活躍なさっておりますけれども、年の離れた王弟を国王陛下がかわいがっていることは有名ですものね。

 そもそもジリアン殿下がこのお年まで結婚どころか婚約者が居ないことが不思議なのですよね。

 わたくしが幼いころは騎士団の任務で忙しいからと言う理由だったように思いますが、今は総騎士団長として……やはりお忙しくなさっているのでしょうね。

 そうでなければとっくの昔に結婚なさっているはずでしょうし。

 あら? お忙しいからこそご結婚なさって家の事を奥様にお任せしておくべきなのでしょうか?

 うーん、わかりませんね。わかる必要もないのかもしれません。


「唐突というわけではないよ。私は前からオフィーリア嬢を愛しているからね」

「……そうでしたか。俄かには信じがたいですね」


 いえ、本当に信じられません。ジリアン様とわたくしは10歳も年が離れておりますもの。

 前からと言われるとジリアン様が幼女趣味なのではないかと疑ってしまいそうです。


「ちなみに幼女趣味ではないからね」

「心を読みましたか?」

「顔にそう書いてあったよ」


 顔に出るだなんて、わたくしもまだまだ未熟ですね。

 けれどもわたくしのどこにジリアン様の気を引くところがあったのでしょうか?


「私はね、オフィーリア嬢。君の類い稀なる才能はもちろん気に入っているし、その性格も気に入っているんだ」


 才能はともかく性格ですか……。自分でいうのもなんですが可愛い性格はしていないと思うのですけれどもね。

 ジリアン殿下の趣味はわかりませんが、お世辞にもわたくしは殿方に好かれるタイプではないのではないでしょうか?

 うーん、やはりこれは国王陛下からの依頼でジリアン殿下がわたくしに求婚しようとしているという事でしょうか?

 そうですね、それが一番ありえそうですわ。

 また政略的な婚約を結ぶ気はないのですが、ここはお父様が断ってくださるのを期待いたしましょうか。

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