第七話 スクランブル



 ――――――――――――――――――

 【まえがき】

 ごめんなさい、遅れました。


 ――――――――――――――――――





「宇宙食と言えばやはりカレーでありますかね。

 自分も「宇宙そらの艦隊」で描かれた食事シーンには心惹かれたでありますよ」


「ほお? やはりカレーが人気なのか。ではそれにしよう」


「……承知しました」


 ローゼ艦の食堂、「食料製造機」と紹介された謎の機械の前にて。

 得意げに語る一人の少女、ロゼッタの言葉に同意すると、マリーナさんがその前面上部に配置された何十ものボタンのうち一つを押した。

 プシューという音と共に閉まる前面下部の扉。次の瞬間には既に扉は元に戻り、中の空洞には皿に盛られた美味しそうなカレーが収められていた。

 

 所要時間1秒、ボタンを押すだけの簡単クッキング。

 うーむ、何ともファンタジーである。地球と全く同じメニューがあるのも不思議だしなあ。


 人知れず唸る俺の横で、おお、と嬉しそうに声を上げるロゼッタ。

 軍人家系の両親のもとに生まれたらしい彼女は、12人の少女たちの中でも特にそういう軍事関連の諸々に目がないのだった。

 8歳という年齢を考えれば、俺たちが某ライダーに嵌るの同じ感じだろうか。

 その黒髪ちびっこという見た目のあって、妙な親近感も覚えるぜ。


「じゃあ、私もローゼ様と一緒がいいっ」「ぼくもそれにしようかな。宇宙の凶器、是非食べてみたいと思っていたんだよ」


 俺の選択に触発され、同じものを注文し始める少女たち。

 結局、14人全員がカレーを選ぶカレー大好き集団になってしまった。

 

 こういうの女子あるあるなのだろうか、とか呑気に考えながら辺りを見渡す。


 お、グスタフさんがいるじゃん。

 あんまり気は進まないけど、丁度横も空いてるし、ここで声を掛けないのは流石に変だよな。


「すまない、少し横を借りるぞ」


「は、はあ」


 グスタフさんの許可?を取り、ぞろぞろと彼の横に座る。

 暫く固まった後、グスタフさんは表情を変えて話しかけてきた。

 

「その……よろしいのですか、殿下。

 確か殿下専用の食糧庫があったはずでしたが」


「ああ、次からはこっちに食べようと思ってな。

 お前たちも普段食べているんだろう? それなら何の問題もあるまい」


「……」


 何故かそのまま黙ってしまうグスタフさん。


 あれ、おかしいなあ。

 てっきり一緒にいるこの子達のことを深堀されると思ってたのに。


 一応今回は顔見せという別の目的もあったのだ。

 安全のためにローゼ区に籠ってきた少女たちと、恐らくは募集について知っている彼ら軍人たち。

 このままでは彼らの疑念は深まるばかりだろうから、あの募集は本当に世話係を育てるつもりがあったんですよ、今もこうして大事にしてますよ、とアピールするつもりだったんだけど……。

 

 結果は空振り。周りの彼らも何故か固唾を呑んでこちらを見守っている。

 こっちから紹介するのは変な気がするし……ま、見たら事情は分かるか。

 いただきますと心の中で手を合わせ(この世界では食事前の挨拶とか特にないらしい)、いざ実食。


「ふむ、こっちのカレーもなかなかやるじゃないか」


 口に広がるのは香辛料のスパイシーな香りと仄かな辛さ。

 ほんの少しだけ薬っぽい味はするものの、普通にうまい。これなら子供でも食べられるだろう。


「さ、流石はローゼ様。

 では自分もっ……お、これはいけるでありますね」


 提案者でありながら何故か躊躇していたロゼッタも、一口食べると頬を緩めてパクパクと食べ始めた。


 やっぱり小さい子の笑顔は癒されるなあ。

 あ、いやロリコンってわけじゃないぞ、うん。

 







「……ろ、ローゼ様。

 ローゼ様は戦航機を、それもかのディアローゼをご操縦なされたことがありますよね? その、どんな感じなのですか。

 やはり背中に羽が生えた気分なのでしょうか……?」


 その日の夕方、いつも通りエリーたちの勉強を見ていると、寝間着姿のロゼッタがおずおずと話しかけてきた。


 せんこうき? でぃあろーぜ?

 やばい、何一つ分からない。とにかく適当に誤魔化せねば。

 

「ま、まあな。

 お前も知ってるのか、ディアローゼを?」


「あ、当たり前でありますよっ。

 陛下がご子息のみにたまわった20の専用機の1つ。機体を覆う真紅のカラーリングと遠隔操作を可能にする無数のファンネルっ。

 あのセレモニーを見てからというものの、もしや本作戦中にこの目でその活躍を拝見できるのではないかと胸を躍らせておりました。

 ディアローゼも当然同行しておられるのですよねっ?」


「う、うむ」


 目をキラキラと輝かせて語るロゼッタに曖昧に頷く。


 うーん、何かの兵器がここのどこかに収容されているんかね?

 個人的に気になるし、ちょっと探ってみるか。







 というわけで、次の日にやってきたのはローゼ艦中央に位置する格納庫。

 定例会議で「ディアローゼが見たい」と言ったら、特に怪しまれることなくここに案内されたのだ。


 同行するのはロゼッタとマリーナさんの二人。他の子たちは安全性を考えてローゼ区にて待機中だ。

 周りに広がるのは東京ドームほどはありそうな空間と、柱や壁で囲まれた無数の四角いスペース、そしてそこに収められた巨大な人型兵器・・・・


 ……まじで? 戦航機ってあれのこと?

 ガンダーーじゃない、戦航機同士のバトルとか期待して良いやつ、これっ!?


「す、すごいでありますねっ。

 ここにいるのはみなロカマッカⅣですっ」


「……ほお、どういう機体なんだ?」


「げ、現在の帝国軍主力たるロカマッカⅢの耐久性と拡張性を補強すべく開発された次世代機でありますよっ。

 他にもボディの至る所にマイナーチェンジが施されてーー」


 興奮冷めやらぬ中、流れるように軍事知識を語るロゼッタ。

 そんな彼女に、案内役の整備長ダンデ・ロボロさんはどこか優しい視線を向けていた。訂正とかが入らないのを見るに、彼女の説明に嘘はないらしい。

 ロゼッタがいれば自然に質問できるし、めちゃくちゃありがたいなあ。


「こちらが御機、ディアローゼになります」


「ほお」「おお、まさにっ」


 ダンデさんに案内されたのは真紅の機体の前。

 流線型のパーツによって形作られた細長い胴体と手足。背中には巨大なブースターらしき物体たちが装着され、全体としてどこか虫っぽい印象の抱かせる機体だった。


 うーん、やっぱり男ならこういうのはテンション上がるよなあ。このいかにも防御の事なんか考えていなさそうなデザインなんかも特によき。


「どうされます? 搭乗されますか?」

 

「乗れるのか? 今、ここで?」


「ええ。いつでも出陣できるように準備するのが我々の仕事ですから。

 それに通常航行中であれば発艦も帰艦も両方可能です」


 ダンデさんの言葉に深く考え込む。


 今後も考えれば、正直乗ってみたいのが本音だ。

 ただ乗り方が分からんのよ。ロゼッタの話じゃあ以前は普通に乗れたみたいだし、ここで何も出来ない姿を見せるのは流石におかしい。

 多分、断るべきだよなあ。あー、もったいねえ……。


 と、何やらむず痒い感覚に隣を見れば、めちゃくちゃ期待した目でこちらを見るロゼッタの姿。


『あのセレモニーを見てからというものの、もしや本作戦中にこの目でそのご活躍を拝見できるのではないかと胸を躍らせておりました』


 思い出される彼女の言葉。

 うごご……しゃーない。どうせいずれはやらねばならんだ。ここは大人として一肌脱いでやりますかねっ(ヤケクソ)。


「分かった、乗ろう。

 ただしその前に操縦方法等を説明してやれ。勿論こいつのためにな」 


「承知いたしました」










『06カタパルト準備完了。

 いつでもご出陣可能です』

 

 目の前に広がる漆黒の宇宙、全身に感じるわずかな振動。

 どこぞのアニメのようなコックピットの中で、俺は大きく息を吐いた。


「よし、ディアローゼ。出るっ」


 掛け声と同時、足元のカタパルトが起動し、俺が乗る機体ディアローゼが宇宙空間に放り出される。

 そのまま暫く惰性に身を任せた後、俺は頭の中で前に進むイメージを浮かべた。

 

 どうやらこの戦航機とやらは人間の脳波を使って操縦するらしいのだ。

 一応コックピットの中にはレバーやボタンなどの見覚えのある機器が見えるものの、本命は専用のヘルメットにつけられたブレインなんちゃらという機械。

 脳の何処の部分が活性化した細かく測定し、まるで超能力のようにイメージだけで動すことを可能にしたのだとか(てきとー説明)。


『あの、物凄い速度が出ているでありますよ?』


「……ふん、わざとだ」


 これまたヘルメット内部に装着された無線機から聞こえるロゼッタの声。

 見れば、正面右のモニターに表示されたマップの中で、自身を表す点が急速にローゼ艦から離れようとしていた。護衛として付いてきた二機の味方機すら完全に置き去りにしてる。

 

 うお、なんつー速さだよ。

 ってか、目印に出来るものがないせいで速度感が分かりづらいなあ。


 口では強がりをかましながら、徐々に体を後ろに傾ける感覚で減速させていく。

 さりとて、離れる速度はなかなか下がらない。

 イメージするだけなら俺ならできるかもと思ったけど……意外と難しいなこれ。


 と、四苦八苦しているうち、正面のモニターが何かの光を捉えた。

 まるで遠くで花火でもしているようなごくわずかな光が断続的に映りーー


『あ、あのっ、自分の勘違いでなければもしや向こうで戦闘が起こっているじゃーー』


『殿下っ、今すぐお下がりくださいっ。

 付近で救難信号が確認されましたっ』


 ……まじで?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る