第六話 食事
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【まえがき】
ごめんなさい、遅れました。
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翌日、地球攻略艦隊の出港式は滞りなく行われた。
桟橋の上で敬礼する軍人さんたちや、手を振る一般人?に見送られ、ローゼ艦を含む数十もの艦船が
俺はその光景を
周囲には椅子から一段下がったところで地上に向けて敬礼する軍人さんたち。
あちらに家族でも残しているのか、中には涙ぐんでいる人もいる。今回の航路は片道半年、作戦全体でみると最低でも2年程度の期間が必要らしいことを考えれば、彼らの心労も偲ばれよう(ただし一日やら年の単位が地球とは同じかは不明)。
……しっかし出港式とやらも意外と質素だったな。
一応俺、この国の皇女なんだよな……?
思い出されるのは先ほどまで行われていたセレモニーの様子。
てっきり俺や皇帝が表に出て演説したり、花火が打ち上げられたり、といった大規模な催しがあると思っていたのだが、実際はただ作戦副司令官から集まった民衆に向けての説明があっただけだった。
それだけの俺の帝位継承順位が低いのか、
あるいは、これくらいは些事に過ぎないのか。
その推測を裏付けるように、ブリッジの窓からはエルドラーデ帝国?の繁栄ぶりを垣間見ることが出来た。
中央に佇む真紅の城(恐らくは皇居)とそれに隣接する軍港。
周りには無数のビル群が立ち並び、その間を車らしき物体が慌ただしく走り抜けていく。そして上空に浮かぶ大小さまざまな艦船。
例え30隻もの軍艦が隊列を組んで空を飛んでいようと、その歩みが止まることはない。まるで予定調和であるかのように、彼らの日常は続いていく。
「……大きいものだな、お父様の国は」
「ええそれはもうっ。現皇帝ゲラルト陛下のお導きによって、我らがエルドラーデ帝国は宇宙一の大国家へと上り詰めました。
その血統を受け継がれる御身であれば、必ずや此度の任務も誉れあるものとなるでしょう」
「……そうか」
鼻息を荒くして語るグスタフさんに、心の中でため息を零す。
地球側につくってことはその宇宙一の大国家とやらも周りにいる彼らも、相手にしないといけないんだよなあ。
まじで頼むぜ、まだ見ぬ地球の同志さんよ。
出港から五日、航行は実に順調な滑り出しとなった。
さりとて、その指揮官たる俺が何か指示をしているわけじゃなかった。俺がやったのは毎朝作戦指揮所で行われる定例会議に参加して相槌をうつくらい。
「今日はここの宙域まで進みました」「エネルギー消費に若干増加がみられます」など参謀長?たちから上げられる報告に対応するのは副司令官のリヒャルトさんと副官のグスタフさんの二名だ。
流石は本職というべきか、彼らの采配によって会議はつつがなく進行した。
つまり、完全なる蚊帳の外。
最初から俺に軍事的な判断など求められていないのである。
俺の日常は、ローゼ艦中央に設けられた「ローゼ区」(赤色に塗られたスペースのこと)で過ごす時間で染め上げられていた。
とはいえ、気を抜いてばかりもいられない。
もしこのまま進めば地球との衝突は避けられないのだ。一応交渉や亡命といった手は残されているものの、出来る限り手札は増やしておきたい。
そのためにもまずは何としてもエルドラーデ語とやらを覚える必要があった。
「違いますよ、そうじゃありません。
この文字はここをこう、ですっ」
「うう、難しいよお」
場所はローゼ区にある応接間。
タブレットに弱弱しい線の上から赤色で見本を描くサラ。その二つのわずかな違いに、エリーが情けない声を上げる。
その後ろで俺もまた大きく頷いた。
うーむ、さっぱり分からん。
こんな言語を自由に使えるとは……おそるべし、エルドラーデ人。
さりとてここで躓くわけにもいかない、と画面とサラの教えに神経を集中させる。
俺の周りにいるのはサリー他12人の少女たちとマリーナさん。
みな、マリーナさんが教育用に用意したタブレットを使って各々の勉強を進めていた。
他のメイドさんたちは雑務で忙しいとのことで、少女たちの教育はそれを使って自主学習で行われる運びになったのだ。
指導役はマリーナさんと年長者の数人、そして俺(偽)。
少女たちよりも数歩遅れた位置にいる俺は、まだまともな教育受けていなかったエリーの傍で、その授業を見守る振りをして一緒に学んでいるのが現状だった。
「殿下、少しよろしいでしょうか?
相談したいことがあります」
「ふむ、どうした?」
途中、マリーナさんに声を掛けられ、外へと出る。
周りに誰もいないことを確認すると、彼女は声音を下げて話し始めた。
「実は食料の備蓄が芳しくありません。
現状のペースだと、半年たたずに底を突くでしょう」
「……そうなのか?
会議でもそんな話題は出てなかったぞ?」
「あ、これはあくまでも殿下専用の食糧庫の話です。
ご存じの通り彼ら軍人はその、特殊な方法で作られた食事を食べておりますので……」
言い辛そうに言葉を濁すマリーナさん。
ってか、まじか。
ここ数日俺たちが食べてきたのは、地球にいた時と変わらないような生鮮食材が使われた料理。当たり前のように出されるから、てっきり未来の超技術で食糧問題なんて解決したと思っていたぜ。
特殊な方法が何かはわかないけど……これはあれか? パンが無ければケーキを食べればいいじゃないムーブを知らず知らずのうちにとってきたってことか?
食の恨みは馬鹿に出来ない。やっべえなこれ。
早くどうにかしねえと。
「……それなら軍人たちと一緒のものを食べればいいのか。
私やあいつらが食べても、大丈夫なんだよな?」
「は、はい。
消費量的にも、栄養面でも何ら問題はありません」
「ふむ。
ではあいつらにも話して、今日からは船の食堂に食べることにするか」
「はあ。殿下がそうおっしゃるのであれば……」
「ほお、ここが食堂か。意外と広いものだな」
「わあ、でかい、ひろい、人がいっぱいっ」「ふむ、流石は第六世代ハーヴェスト艦。設備が充実しているでありますね」
「ぐふっ」
突如響いた少女たちの姦しい声に、食堂でカレーを掬っていたグスタフ・ケルパーは驚きのあまり思わず息を漏らした。
反動で変なところに入ったカレーを胸を叩いて戻しながら、声の方に目を向ける。
そこにいたのは敬愛すべきローゼ殿下とそれに纏わりつく12人の子供たちと1人のメイド。
な、何でここに殿下がっ!?
っというか、この子達は誰ですかい?
「ほお、やはりカレーが人気なのか。ではそれにしよう。
……すまない、少し横を借りるぞ」
「は、はあ」
意味不明な光景に呆然とする中、少女の一人と話して食料製造機のボタンを押し、出てきた皿を取り出す殿下たち。
そうして後ろの方に座るグスタフに気が付くと、当たり前のように横に座った。
彼女たちの手元にあるのはカレー。エルドラーデ軍人の中でも一、二を誇る人気メニューである。
さりとて、皇族が口にしていいような物では断じてない。
資源調達が難しい宇宙空間においては、出来るだけ物資の消費を抑えることが何よりも重要視される。
水や食料、衣服に至るまで全てのものが再利用されているのだ。
つまり彼らが食べているドロドロのそれの原料は船員たちの
その凄惨たる事実に、軍隊の中では「敵の攻撃よりも味方の嘔吐の方が怖い」なんて笑い話もあるくらいだし、かくいうグスタフもまたまともに食べれるようになるまで数年の期間を要した。
……まさかその事実をご存じない?
い、いや、間違いのないよう真っ先に教えられるはず。
頭を駆け巡る疑問。
周りを見れば、縮瞳にいる部下たちの視線が一様にこちらに向けられているのが分かった。
まずい、このままでは臆病者のそしりを受けかねん、とグスタフは意を決して、主人に話しかける。
「その……よろしいのですか、殿下。
確か殿下専用の食糧庫があったはずでしたが」
「ああ、次からはこっちで食べようと思ってな。
お前たちも普段食べているんだろう? それなら何の問題もあるまい」
「……」
やはり知っていたのだろうか、そう言われては黙るほかない。
グスタフは、「ふむ、こっちのカレーもなかなかやるじゃないか」と楽しそうに舌鼓を打つローゼ殿下をただ夢見心地のような気分で眺めていた。
己のそれかもしれぬ物体をほおばる彼女の姿に、少しだけ興奮してしまったのは内緒である。
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