第五話 お風呂
「わあ。す、すごい……」
ローゼ艦の艦内、真っ赤に彩られた脱衣所の中でドレスを脱いでいると、一人の少女、フローラが感嘆したように言葉を零した。
俺の周りにいるのは捕らえられていた12人の少女たちと例のメイドさん。
彼女、マリーナさんとは別のメイドたちに食事や服の用意を任せた俺たちは、自己紹介の後、とりあえず少女たちを風呂に入れることになったのだ。
マリーナさんに連れられやってきたのは、恐らくは皇族のローゼ用に作られた豪華な浴場設備。
気後れする少女たちの前で率先して服を脱ごうとしたものの、脱ぎづらいドレスに四苦八苦してーー結局マリーナさんに手伝ってもらった結果が、あのセリフだった。
まあその気持ちは分かる、と壁に掛けられた大きな鏡に向き直る。
そこに映るのは、見目麗しい少女だった。
しなやかに伸びる白い四肢、確かな自信に裏付けられた整った顔、そして胸の前で弛む二つの胸部装甲。
端的に言うと、めっちゃエッッッです。
はあ、これで俺の体じゃなかったら、もっと興奮するんだけど……。
それとこう、例え視線の主が女子であっても胸やら尻やらを遠慮なく見られると妙な気恥ずかしさを感じるなあ。
「ほら、お前たちもさっさと脱げ。
それともこの私に脱がされたいのか?」
「だ、大丈夫ですっ」
リーダー格の少女、サラの返事を皮切りに慌てて服を脱ぎ始める少女たち。
たった一枚しか着ていないのに妙にもたもたしたり、と明らかに緊張している様子だった。
やっぱりこの口調、子供と話すのに向いてないよなあ。
あの部屋の設備を見るに、元の人格はサドっぽかったみたいだし……。
沈んだ気分のまま、全員が脱ぎ終えたのを確認して、浴場へと続くガラスドアを開ける。
全身を叩く蒸し暑い空気。
視界に広がるのは、まるでどこかのホテルのような大浴場だった。
床と壁一面に張られた真っ赤なタイル、右端に設置された洗い場、そして30平米はありそうな巨大な湯船。湯船には白いお湯が張られ、正面には口からお湯を垂らす龍の彫刻が設置されていた。
「なにあれ、かっけええっ」「わたしたち、今からここに入れるのっ!?」
「まて、お前たち。先にこっちだ」
「はーい」「了解であります」
真っ先に浴槽へと駆け出した少女たちを制止して、洗い場へ。
いくら身構えていても、やっぱり風呂の魔力には抗えないよなあ。
「ほらエリーはこっちです。私が洗ってあげますから」「ううっ」
周りを見れば、彼女たちの中で自主的に面倒を見てくれているようだった。一番の年長者であるサラが一番幼いエリーの髪を洗う。
ありがたい、流石に2人で12人も見るのは大変だからな。
一席二席、俺と距離が開けられているのはご愛敬である。
「ローゼ殿下。エリー様が入るときはお気を付けた方がよろしいかと。
彼女の身長では溺れかねません」
「あ、ああ。そうだな。
他に危険そうな子はいるか?」
「いえ。
ただ何があるかは分かりませんので、こちらで十分注意しておきます」
「分かった。私も気を付けよう」
俺が椅子に座ってすぐ、当たり前のように俺の後ろにやってきて髪を洗い始めたマリーナと言葉を交わす。
こういうのマジで助かるなあ。
さっきも彼女がいなければまともな指示出来なかったし。転生前はもっとめちゃくちゃだったんだと思うと、心が痛いぜ。
「すまないな、マリーナ。急にこんなことを頼んだりして」
「い、いえ。それが私の仕事ですから」
髪を梳くマリーナの手が若干乱れる。
二人を包む沈黙。
きゃいきゃいと子供たちの楽しそうな声が浴槽に反響していた。
「……本当に、この子たちをお育てになるつもりですか?」
「勿論だ。そのためにここに呼んだんだからな」
「そう、ですか……」
そのまま黙り込んでしまうマリーナ。
多分、主人の突然の変わりように困惑しているんだろう。
流石に今のはやりすぎたかね。
……まあでも、例え変に思われようと構わないさ。
今回のことで元の持ち主が相当最悪だったと分かった。多分、みんなに広まったイメージは多少気を付けた程度じゃあ払拭できない。
ローゼ殿下は本当に改心されたのだ、と全員にそう認識されるレベルにまで変わらなければいけないだろう。
そしてそれは俺の心情的にも適ったことだった。
「おい、エリーはこっちだ。私と一緒に入れ」
「わかった、です」
「ちょっとエリー待ってくださいっ」
洗髪を終えた後、近くにいたエリーと手を繋いで浴槽へと歩く。あっさりと従ったエリーにサラが慌ててついてくる。
ーーもう二度と、
今度こそ、この俺が彼女たちを守るのだ。
「おいっ、風呂場で走るんじゃない。転んだらどうするんだっ」
「ごめんなさーいっ」「くっ。か、体が勝手にっ」
ローゼ殿下の叱咤に、かけっこをしていた足を止める少女たち。
いまだ興奮が収まらないか、伺うように殿下の方に目を向ける彼女たちを、殿下はその鋭い眼光を以てして黙らせる。
さりとて少女たちもそれが自身を案じてのものだと分かっている故か、辺りにはどこか緩い雰囲気が漂っていた。
本当に、殿下は変わられましたね。
そんな彼女と、彼女の腕の中で幸せそうに揺蕩うエリーを見て、彼女のメイドたるマリーナ・ラーゼは小さく息をついた。
悪逆令嬢なんて呼ばれていた過去なんて見る影もない。これではただの子沢山の怖いお母さんだ。その証拠に、恐らくは監視のために殿下に近づいたサラですら、羨ましそうにエリーを眺める始末だった。
ここに集められた彼女たちはみな、妾の子や借金苦などの理由で十分に愛されてこなかった子供達だ。
本心ではこういう家族然とした空気を求めている事だろう。
まさか、彼女たちを救うためにあんな条件を?
脳裏に浮かんだ疑問を頭を振って振り払う。
少なくともあの時までは殿下は本気だった。なにせ、この目でその被害に遭った彼女を見てきたのだ。それは間違いない。
……殿下は、何をお考えなっているでしょう。
まるで昔に戻ったようだった、なんて夢想しすぎですよね。
胸の奥で疼く熱を冷ますように、マリーナは湯船に沈み込んだ。
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