ビキニアーマーとかありえないから!

星宮れい

第1話 勇者、ビキニアーマーを着てくれと頼んでくる

「なあ、頼む! これを着てくれ!」

 と、勇者が必死になって言ってくる。


 その手に握られているのは…ビキニアーマーだった。


 私は勇者とともに旅をしている女戦士。

 パーティの中では前衛をつとめている。


 つまり、敵の攻撃を防ぎ、後衛に近づかれないように立ち回り、味方が戦いやすい状況を作るのが私の仕事だ。

 だから私はいつも、丈夫な鎧と兜を身につけている。


 にも関わらず、勇者が手にしているのは、ビキニアーマーだった。

 守れるのは胸と腰回りだけ。

 お腹と太ももという、守らないと危ないところがむき出しになってしまう。

 戦士として断言するけど、これはどう考えてもまともな防具だとは言えない。


「嫌よ」

 私はひとことで切り捨てる。


「そう言わずに…どうか、頼む!」


 勇者がこれほどまでに必死になっている姿を見るのは初めてで、だから私はとまどってしまう。

 今まではまともな男だったのに、どうして急にとちくるってしまったのか。


「ちょっと落ち着いて。いったい急にどうしたのよ」

 私は勇者をなだめる。


「夢だったんだ…」

 ぼそり、と勇者がつぶやいた。


「夢?」

 私は問い返す。


「そう。子供のころに読んだ本に、勇者と一緒に旅をする女戦士が登場したんだ」

 と勇者は熱っぽく語りだす。


「そして挿絵もついていた。それがすごく上手な絵で、色気があって…俺はいつか冒険者になったら、ビキニアーマーを着た女戦士と旅をするんだと、そう決意したんだ!」


 もっと他のことを夢見てよ! 魔王を倒して世界を平和にするとかさ! とツッコミたくなったけど、すごく真剣な語り口だったので、言うのは控えておいてあげた。


「だから私にそれを着てほしいと?」


「ああ。少し前に防具屋をのぞいたら、こいつが売っていた。それですぐに衝動買いさ。店主がすごくにやにやしていたのが印象的だった」


 嫌な話を聞かせないでほしい。


「買ってしまった以上は、お願いするしかないだろう!? これを着てくれって!」


「嫌よ」

 私はにべもなく断る。


「どうしてだ!」

 と勇者は食い下がってくる。


「どうしてって…。あのねえ、私は戦士で、敵と接近して戦うのが役目なのよ。こんなの着て戦ったら、すぐに死んでしまうわ」

 私はしごく当たり前の話を勇者に言って聞かせる。


「お腹をモンスターの爪にえぐられでもしてみなさい。それだけで致命傷になってしまうんだから」


 胸やお腹には人間の臓器がたくさんつまっている。そこに大きな傷を負えば、たった一撃でも死んでしまうことがある。

 だからあらゆる鎧は、胸とお腹をしっかり守るように作られているのだ。

 腕や足は多少ケガしてもなんとかなる。でも胴体と頭はそうはいかない。


「なあ、アリシアよ」

 勇者は私の名を呼ぶ。


「何よ」


「俺だって仮にも世間から『勇者』と呼ばれるほどの男なんだ。そんな程度のことも考えていないと思ったか?」

 そう言って勇者はにやりと笑う。嫌な予感しかしない。


「何を考えているっていうのよ」

 ろくでもないことだろう、ということだけはわかる。


「これを見ろ!」

 と言って、勇者は布地に包まれたものを私に見せた。

 そして布をはいでいくと、中からすごく立派な見た目をした盾が出てきた。


 下地は白く輝く金属で、その周りに金色の縁取りがしてある。そして中央には女神の顔をあしらった、精巧な彫刻がなされていた。

 常にうっすらとした光を放っていて、魔力を帯びた特別な盾であることがわかる。


「これは…?」

 私は勇者に問う。


「名前くらいは知っているだろう? イシュタルの盾さ!」

 勇者は誇らしげに盾の名を私に告げる。


「うそ…。なんであなたがこれを持っているの?」


 イシュタルの盾は女神の加護を受けているという、伝説的な、ものすごく防御力が高いことで知られる盾だ。

 持つ者をあらゆる攻撃から守り、ついでに魔法も防ぎ、炎や冷気のブレスを防ぐこともできるという。

 まさにいたれりつくせり。


 それに加えて、じわじわと傷を癒やし、体力を回復させる効果まで備えているのだとか。

 生傷がたえない戦士からすると、まさしく垂涎すいぜん逸品いっぴん、大枚をはたいてでも手に入れたい装備だ。


「ほら、この前3日ほど自由時間にしただろう? その間にこの盾が封印されているというダンジョンを攻略して、取ってきたんだ!」

 勇者がそんな内幕をあかした。


「ひとりで?」


「ああ!」

 勇者はほがらかにそう答えた。


「大変だったんじゃないの?」


「それなりにな! 最後にドラゴン3匹に囲まれた時はさすがにやばいかと思ったけど、どうにかなったぜ!」


 やっぱりやばいわ、こいつ。

 そのうち魔王だって倒せるんじゃないかと言われてるだけのことはある。


「それでだ! この盾さえあれば、もう鎧なんてなくても大丈夫だろう? だからビキニアーマーを着ても問題ないってわけだ!」

 勇者はそう言うと、ぐい、と盾を私に突き出してみせた。


 この盾は正直、ものすごく欲しい。

 けれど受け取ると、同時にビキニアーマーを受け取ることにもなってしまう。

 すごく惜しいけど、受け取るわけには…!


「さあ、どうした! 遠慮はいらないぜ! お前のために取ってきたんだ!」


 盾だけがその対象だったのなら、ものすっごくうれしいんだけどね。

 でもビキニアーマーを私に着せたいという下心がのぞいているから、素直に喜べない。


「ね、ねえ。あなたたちはどう思う? ビキニアーマーを着た戦士となんて、一緒に冒険したくないでしょ?」


 返事に困った私は、パーティの仲間に助けを求めた。


 そう、この宿屋の広めの一室には、他にも魔法使いと僧侶がいるのだ。

 二人はこれまで黙って椅子に座り、私たちのやりとりを見ていた。


「いいんじゃないか、受け取ってやれば。その盾をお前さんが装備すれば、パーティの戦力は大きく向上するしな」

 魔法使いはくい、と眼鏡を上げつつ言った。


 そうだ。そうだった。こいつはそういうやつだった。

 何事も合理的に判断し、私が恥ずかしい思いをさせられることなど気にしないのだ。


 そしてビキニアーマーを装備した私を見ても、きっと欲情することもないだろう。

 心が木か石でできているのだ、この男は。


「ロランさんが必死になってがんばったのですから、着てあげてもよいのではないですか?」

 そして僧侶の女の子は私にそう告げる。

 ロランは勇者の名前だ。


 お前もか、クレアよ!


 この子はとても心が優しく、誰かに必死に頼まれると嫌と言えない。

 なのでおかしなことに巻き込まれないよう、いつも私がガードしていた。

 この場合は、その性格がゆえに、私の味方になってくれないのだった。


「え? いやでも…。ほら、あなたがもしこれを着てって言われたら嫌でしょ?」


「恥ずかしいですけど…。でもロランさんの子供のころからの夢だというのなら…私ならがんばって着てみます! 人々の期待にこたえることが、聖職者の役目ですから!」

 僧侶クレアはぐっと拳を握って、そう宣言する。


 聖女か!

 いや、聖女みたいなものなんだけど。


 この子は修道院の奥で大事に育てられていた、ものすごく格の高い僧侶で、本来は冒険者になどなるような身分ではなかったりする。


「ありがとう、クレア。でも、残念だけど、俺の夢はあくまで女戦士にこれを着てもらうことなんだ!」


 ロランがまた、抱いていてほしくなかった夢を口にした。


 それに女戦士、という言い方が気になる。

 まだ『アリシアに着てもらうのが夢なんだ』と言うのなら、ちょっとは考えなくもないけどさ。

 女戦士なら誰でもいいってことでしょ? なんか気に入らない。


 ともあれ、これでわかったのは、いまこのパーティに私の味方はいない、ということだった。

 すごい孤立感がある。

 盾はすごくほしい。でもやっぱりこんな恥ずかしい装備を身につけるわけには…。


「悪いんだけど…」

 私がそう言うと、勇者は顔を曇らせたが、すぐに表情をぱっと明るくした。


「いや、悪かったな。冷静に考えてみると、これを着ろなんて要求するのは、無茶振りもいいところだ! 悪い悪い」

 と言ってロランはほがらかに笑った。


「え、ええ…」


「だからお詫びにこいつをやるよ! 大事に使ってくれ」

 と言ってロランはイシュタルの盾を私に差し出す。


「え? いや、いいわよ。あなたが使いなさいよ」


「俺はすでにいい盾を持ってるし、このパーティで一番危険な役回りを引き受けているのはお前なんだ。だからお前が使うべきだよ」

 ロランは真面目な顔をしてそんなことを言ってくる


 きっと私の様子をみて、これはまずい、と思って態度を変えたのだろう。

 暴走することも多いけど、そういう気遣いはできるやつなのだ。

 だからこれまで2年も仲間としてやってこれたのだと言える。


 そして、私がこれを受け取ってビキニアーマーを装備しなかったとしても、それを根に持ったりすることもないだろう。

 そう考えると、私はロランのお願いを拒否して、伝説の盾だけ受け取ることになってしまう。


 さすがにそれはちょっと、釣り合いが取れない、ように思える。


「わかったわよ」

 と私は言った。


「盾を受け取ってくれるんだな」


「盾を受け取るし…次の冒険だけ! 次だけ限定で、それを着てあげるわ」

 と言って、私はビキニアーマーを指さした。


「本当か!」

 ロランはすごくうれしそうな顔をした。

 満面の笑みを浮かべていて、こいつがここまでうれしそうにしているのは、かつて見たことがない。


 どれだけビキニアーマーが好きなのよ…と私はあきれたのだった。

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