告白

 俺はその場からすぐに逃走した。


「あっ、待って!」


 後ろから聞こえてくる声にも振り向かず、ひた走る。


 全身は変な汗でビッショビショだった。


(バレた、バレた、バレた!)


 俺がこの力を手に入れたのは一年前に起因する。


 ──────


 当時、進路に迷っていた俺は公園の遊具に腰掛けて黄昏ていた。


「高校行って、大学行って、そのあとは就職か……なんか実感湧かねえな」


 社会の歯車になるのが自分の人生なのか、そう思わなくもなかった。

 けれど、だからと言って何をしていいかもわからない。


 俺はただのチキン野郎だった。


「そういうことなら、君にいい道を与えてあげられるよ!」

「うわっ」


 隣にいつの間にか座っていたのはウサギのような外見をした何かだった。


 真っ白なウサギは俺を見て人の言葉を喋る。


「君は自分の進路に悩んでいるようだね」

「ま、まあ……」

「それならいい道がある。兼業ヒーローの道さ!」

「兼業ヒーロー?」

「そうさ! この働き方改革の時代、民間では副業が認められている。そこで君はヒーローとして働くのさ」

「でも、ヒーローが活躍するには悪役が必要だろ。それをどうやって……」

「作ればいい」

「え?」


 俺は聞き返した。


「作るのさ。作る。悪役を作れば、君はヒーローとして働ける」

「それって、マッチポンプって言うんじゃ……」

「細かいことはどうでもいいよ。やるのかい、やらないのかい?」

「……」

「ちなみにだけど、その悪役……怪人は君がやるやらないに関わらず一ヶ月後から現れるようになるよ」

「なっ……」


 俺は目の前のウサギ野郎を悪魔だと思った。


 ウサギに悪人顔があるかはわからないけど、それ相応の雰囲気を醸し出してウサギは聞いた。


「やる、やるよ」

「そうこなくっちゃ。僕はメライネ、君の名前は?」

「えっと、鳴橋拓人」

「拓人くんか。いい名前だね。それじゃあ君に力を授けよう」

「力?」


 メライネは鷹揚に頷いた。


「ヒーローは強くなきゃいけない。力なき正義には何の意味もないからね」

「……」

「けど、一つ注意点がある」

「注意点?」

「ああ、それはこの力を誰にもバレてはいけないということだ」

「……なんで」

「力には大いなる責任が伴うのさ。けど、君は今ずるをして何の責任もなく力を手にしようとしている。もし君が謎の覆面マスクマンではなく、実態のある高校生だと知れてしまったら世間の人はどう思うかな?」

「……怖がる?」

「正解だ。得体の知れない高校生が悪と戦う力を手に入れているんだからね。人は危機感を抱いてしまう。だから、君は決して正体がバレてはいけない。いいね?」

「ああ……分かった」

「くどいようだけど、もう一度念を押すよ。絶対にバレてはいけないんだからね」


────


「バレちまった……!」


 バレないように細心の注意を払ってきたはずだ。なのに、あの場には綾無千世が立っていた。


 まるで、懲役戦士ブラックの正体を探ろうとしていたかのように。


「やばっ、授業まであと時間がねえ!」


 悩んでいる暇もない。もうすぐで学校は始業する。


 俺はとにかく教室まで直走った。


「はあ、はあ、はあ、セーフ」

「よう、遅かったじゃねえか」


 田辺が自分の席で後ろ向きに座りながら俺に声をかけてくる。


「ああ、まあな」

「それにしても遅いぜ。あ、もしかして綾無さんに声をかけに行ったのか? かーっ、その手があった!」

「ねえよ。トイレだ、トイレ」

「うんこか」

「……」

 

 勝手にうんこ認定されたのはなんか腹たつが、これ以上追求されてボロが出る前に良しとしておこう。


 そう、ボロ。俺はボロを出したんだ。あの、超絶完璧美少女で有名らしい綾無千世に。


 俺のブラックとしての能力は六つある。


 まずは変身。次に影に溶け込む。他にも多彩な能力があるが、そのうちの変身能力を使っている現場を見られてしまった。


 そもそも、あの格好はブラックにとっても象徴なのだ。その中身が俺だった時点で綾無はきっと俺=ブラックという方程式を立ててしまっただろう。


 だが、どうする。今更記憶も消せないし、本人に黙っているよう頼むか?


 完璧と噂の綾無のことだ。性格もそれなりにいいだろう。よし、そうなれば今日の放課後にでも探しに行って屋上になりに呼びつけるか。


 あー、これ、告白とか思われるんだろうなあ〜。まあいいけど、変な噂が立つのは嫌だな〜。


 背に腹は変えられない思いでそう決断していると、授業が始まりかけた教室の扉が勢いよく開く。


「はあ、はあ、鳴橋くん……!」


 全員がそちらを見た。居たのは全校生徒の中でも抜きん出て顔面がよろしいことで有名な件の元凶:綾無千世。


 確かに噂になるほどの美貌と顔面偏差値を抱えた彼女は、汗を流して妙なムーディさを纏っていた。


 そんな中で俺の名を呼び、今度は周囲の視線が俺に映る。綾無は視線の先にいる俺を見つけると、かつかつ、といい音を立てながらそのモデル顔負けの身長を見せつけてきた。


「えーっと、何の用で? 綾無さん?」


 俺は心臓がバクバクだった。何せ彼女は今さっき爆弾を抱えたばかり。その処理をどうしていいかもまだ分かっていないだろう。


 よもやここで暴露される!? それだけは避けたい。こうなったら、俺の能力で……


「鳴橋くん、名前は?」


 顔面のよろしい彼女の顔がこてんと傾けられた。可愛い。認めよう。可愛らしい仕草だ。


「……照史」

「バカ、ちげえだろ! 拓人だ!」


 隣に座っていた田辺こと照史が余計なツッコミを入れる。それによって、俺の名前が目の前のサラサラ髪の女にバレてしまった。


 目の前から妙にいい匂いがしやがる。くそ。どうなってんだ。


「……鳴橋拓人くん」


 すると、綾無は腰を曲げて、その高い頭を俺に向けて下げてきた。


 そして、こう言うのだ。


「私と付き合ってください」

「……は?」


「「「「「「「は?」」」」」」」

 


 

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正義の味方をやっているんだが、同学年の超絶美少女に正体がバレた上なぜか告白された どうも勇者です @kazu00009999

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