第66話 クロエちゃん
藤野家のダイニングにはミユキ母さんお気に入りのフリッツ・ハッセンの白いスーパーラウンドテーブルがデンとあって、そこに皆の色違いのセブンチェアが置いてある。ミユキ母さんはブルーで、冬凪がクリームライトグリーン、あたしがスカイブルーだ。もちろんクロエちゃんもピンクのがあるけれど、めったに帰ってこないので普段は納戸に仕舞ってある。それで今はミユキ母さんのブルーのチェアに座ってリング端末のホロ動画を表示させ推しのゲームプレイに熱い声援を送っているのだった。それはクロエちゃんが所有しているeゲームチームのクラン、アワノナルトの最強女子イザエモンだ。今まさにファンタスティックなムーブで対戦相手を殲滅した。
「マヒってば、最高すぎ!」
さっきからイザエモンのことをマヒ、マヒって連呼してるけど、ひょっとして中の人の名前なのかな。
あたしはキッチンで冷蔵庫の中身を確認しながら、
「クロエちゃん、何食べたい?」
「異端のタコライス」
正統派沖縄風タコライスにワインビネガー加えるだけなんだけど、クロエちゃんは他と全然違うって食べてくれる。
まずフライパンに包丁の腹でたたいたニンニクをスライスしてオリーブオイルで炒める。タマネギのみじん切りをレンジでチンしたのと合挽き肉を加えて赤いところがなくなるまで炒める。チリパウダー、カレー粉、ガラムマサラを加え、ウスターソースとケチャップとワインビネガーで味を調整しながら適量かけて混ぜたら肉あんの完成。お皿に熱々のライスを盛ってピザ用とろけるチーズをトッピングしたら肉あんをかけ、その上からレタスとトマトをぶつ切りしたものを乗せて完成。大きいスプーンを添えて、
「はい。どうぞ」
「いただきまーす」
クロエちゃんは、なんでも美味しそうに食べてくれるから作りがいある。冬凪はお風呂から上がってクロエちゃんとちょっと話したら、
「寝る」
と二階に上がってしまったから、肉あんとトッピングを分けて冷蔵庫に入れておいてあげよう。
ものすごい勢いで食べ終わってしまったクロエちゃんに、ミユキ母さんのエスプレッソマシンでアイス・カフェラテを作ってあげる。コップに氷を入れて注ぎ入れ終わると、
「シナモンで!」
声でかっ! 藤野家にデフォで山椒粉ぶっかける風習ないから。クロエちゃんが冬凪とあたしの辻女の入学式に出てあげられないからと、
「駅前のヤオマン・カフェで何か注文する時のおまじない」
だと教えてくれたのを思い出した。
「大声でね」
とも。
あたしは自分の分を食べながら、カフェラテに口をつけようとしているクロエちゃんに、
「何で冬凪とあたしが大変だって分かったんだろ?」
大変だったのは今回の連続惑星スイングバイだから、ミユキ母さんがクロエちゃんに戻ってくるように頼むなんてどう考えても無理だった。一瞬、前回のうちに冬凪が報告したかと思ったけれど、冬凪はそう簡単に助けを求める子ではない。
「フジミユが冬凪はともかく夏波は今回初めてだからって」
タイムリープなんて普通はそう何度も経験しないけども。
「土掘り」
「って、そっち?」
「そっちとはよ」
クロエちゃんが怪訝そうな顔をするので、
「あ、遺跡調査ね。大丈夫。結構やれてる。クロエちゃん、それで帰ってきてくれたの?」
クロエちゃんはテーブルに置いたカフェラテのコップを両手で包み込むと、
「それだけじゃないんだけどね」
クロエちゃんには珍しく暗い感じで言った。
「何なの?」
「フジミユから夏波には言うなって口止めされてるから」
ってもう言っちゃってるし。
「あたしは大丈夫だから」
「実はユウが…」
やっぱ聞かなければよかった。ユウさんのことは年に一回のイベントのときだけ考えようと決めてたから油断した。今こそまゆまゆさんの「「お戻りください」」の二重音声が恋しかった。
クロエちゃんの話を聞いて最悪の事態でないことが知れてホッとした。でも緊急であることに変わりはなかった。
「ユウさんが行方不明?」
「て言うか音信不通。生存確認できない」
クロエちゃんはわざとオーバーな言い方をして、あたしを怖がらせないように気遣っているようだった。
「心当たりとかは?」
「ないことはないけど」
歯切れが悪い。
「言ったら夏波、探しに行くでしょ」
それゃあそうだ。だからミユキ母さんはあたしに内緒するように言ったんだろう。
「うん」
クロエちゃんの口ぶりから案外近場な感じがした。
「じゃあ、言わない」
「言わないんかい!」(死語構文)
遠くの方でクロエちゃんと冬凪の話し声が聞こえていた。リビングのソファーでクロエちゃんの土産話を聞いているうちに寝てしまったらしい。すごくいい気持ちで寝ていたから目を開けるのも億劫で、そのまま二人の話を聞くともなしに聞いていた。
「潮時でないのになっちゃったんだ」
「そうなの。それから十六夜かっていうようなこと言ったりして」
「十六夜ちゃんみたいに強かったの?」
「それはわかんない」
そこで冬凪もクロエちゃんも考え事してるようで声がしなくなった。あたしは二人の会話を盗み聞きしたみたいでバツが悪くて、もう起きていたのに目が開けられなかった。すると誰かの指があたしの前髪を優しく掻き分けた。それはクロエちゃんがいつもあたしにすることだった。
「この子は鬼子より鬼子使いの方なんだけどな」
「どうして?」
「ミヤミユがそうだったから」
「それってユウさんの鬼子使いだったコミヤミユウさんのことでしょ。それがなんで夏波と関係あるの?」
そう、それもめっちゃ気になるけど、それより「ユウさんの鬼子使い」ってのが興味ある。てことはユウさんは鬼子?
するといきなり頭を抱き寄せられた。クロエちゃんだった。
「おい、夏波。寝たふりするな。瞼がピクピクしてるんだって」
バレてた。
今回、クロエちゃんがわざわざ帰ってきた一番の理由は、あたしが鬼子になったと聞いたからだという。
「何でか知らされないんだよね。本人は。あたしも被害者の一人」
大学のフィールドワーク演習で辻沢に調査に入ってユウさんに出会って初めて知ったのだそう。その時、ユウさんはすでに自分が鬼子であることを知っていて、さらに潮時の自失状態を克服しようとしていた。
「あたしも今は潮時を克服して鬼子使いのフジミユには迷惑かけないで済むけども」
ミユキ母さんが何ですと? 冬凪も十六夜の鬼子使いで、クロエちゃんが鬼子で、あたしも鬼子でって、つまりうちは鬼子の巣窟ってことですか?
「そういうこと。まあ、あんま気にしなくていいよ」
気にしますがな。
しばらくリビングを行ったり来たりして気持ちを整理した。そういえば、ミユキ母さんって時々満月の夜にいなかったような。でも、クロエちゃんは潮時を克服したって言ってたし。それは違うの? ミユキ母さんが冬凪とあたしを養女にした理由ってイッヌやヌコみたいに可愛かったからでなくて、鬼子で子供を産めないって分かってたからだった? ユウさんのことひょっとしたらお母さんかもって思ってたのも的外れだったんだね。なんだかあたしってば一人で妄想たくましくして恥ずい。でも、よかった。ミユキ母さんにあたし鬼子でしたって、どうやって言えばいいか分かんなかったから。それだけはホント安心した。
「まあ最初は混乱すると思うけど、受け入れちゃえば何てことないから。みんな一緒だし」
クロエちゃんがあたしをソファーに座らせて慰めてくれた。そしてクロエちゃんはもっと衝撃的な事実をシラッと話してくれたのだった。それは、なんで鞠野フスキがあたしにコミヤミユウという偽名を名乗らせたのかという、蘇芳ナナミさんに言いかけて言わずに終わったそのことの真相だった。
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