第63話 志野婦神社へ

 周りに人がいないことを確認して、袖や襟元が引き裂けてしまっている制服を登山用のリュックの中に入れておいたお出かけ用の服に着替えた。着替え終わってもう一度周りを見てみた。二つの土蔵は爆風のせいだろう、ずいぶん壊れてしまっていて爆心地に面した白漆喰は特に酷い被害で、瓦が飛び漆喰が剥がれハカマのナマコ壁もところどころ崩れてしまっていた。竹林があったところが爆心地の縁になっていたけれど、周囲に土砂が押し出されてはいなかった。それを見ると今回の爆発は外へでなく中へ力が働いたんじゃないかと、ありえないことを思わないではいられなかった。

 爆心地の真上に光の球があった。その中に人の影が見える。ミワさん? と思ったけれどそうではなかった。その中の人は真っ白い羽織袴を着て首に掛かった荒縄で後ろ手に縛られていた。白馬の王子だった。馬には乗ってないけど。夢に見るクチナシの人、志野婦が光の球の中に囚われていた。

 なんでその時走り出したのかは分からない。助けなきゃと思ったのかもしれない。ただ近くへ行きたかっただけかもしれない。兎に角、全力でその光の球の真下へと急いだ。真新しい爆心地の斜面を転びそうになりながら駆け下りて光の球の真下まで来た。そこは濡れた廊下の匂いとクチナシの香りが混ざり合った異様な場所だった。手を伸ばせば届きそうに思えたそれは、見上げると絶対届かない上空にあった。白装束の人はその中でゆっくりと回転していたのだった。見ているうち回転は速くなっていき、姿形も分からない状態になると、今度は光の球自体がだんだんと小さくなり始めた。最初は大玉くらいだったものがバランスボールくらいになって、バスケットボール、サッカーボール、ソフトボールと縮まっていき、最後は卓球の球の大きさになった。そして一瞬強い光を放ったかと思うと、ものすごいスピードで辻沢の街中へ向けて飛び去ったのだった。

 あたしはそれを見て、冬凪もあたしも勘違いをしていたんじゃないかと思い付いた。それで急いで白漆喰の土蔵の前に戻ったのだけれど、寝ている冬凪の顔を見たら、もう少しこのままにしておいてあげたくなった。それで冬凪が起きるまで待つことにした。

 空には満月。潮時の月が地面を乳白色に染めていた。少し離れた所に折れたシャベルが落ちている。銀色の尖端がこっちに向いていて、まるであたしのことを睨んでいるように見えた。あたしは鬼子になってエンピマンをやっつけられたんだろうか? 全く記憶がない。冬凪が無事なんだから最低やり過ごすことは出来たんだろうけど、確証がなかった。

「夏波」

 冬凪が目を覚ましたよう。あたしと目が合うと、

「かわいい」

 と言った。寝言? この服のこと言ってるの? これもシミラーで揃えたやつで冬凪に似合うように選んだのだから、キミが着たほうがかわいいはずなんだけど。

「気分はどう?」

「だいぶいい」

 顔色はさっきよりもいいし目の隈も薄くなっている感じがした。冬凪も鬼子だから潮時の今夜は回復は早いと考えるのはご都合主義すぎるかな。

「まゆまゆさん、戻って来いって言わないね」

 冬凪はしばらくなんのことか思い巡らす風でいたけれど、やっと今の状況を思い出した様子で、

「まだ、ミッション達成してないんだと思う」

 あたしも同じ意見だった。

「あたしたちのミッションって爆弾作った人と会うことだったけど、それって本当にミワさんでよかったんだろうか?」

「どうしてそう思う?」

 ミワさんは、調由香里にレイカをヴァンパイアにして欲しい、辻沢をひっくり返す爆弾になるからと言われて実行した。オッパイを飲ませてV化するっていうのはなんか変だけども。

「ミワさん、最初の爆発のことはなんて?」

 小爆心地でのことだ。

「いい花火が上がった、完成したって」

 あたしも、アレがレイカの能力なのかと思った。でも、

「町役場倒壊の引き金になった爆発って議事堂の上で起こったでしょ」

「確かに」

「あの時はあたしも見過ごしたけれど、思い返すと調レイカって」

 冬凪はいつもの顎に指を当てるポーズになって考えてるよう。調子戻って来たね。そして頭の中で何かを見付けて、

「外にいた」

 そうなのだった。爆発の前、議事堂が炎に包まれるもっと前に沢山の人が避難して駐車場に出て来た。その中に蘇芳ナナミさんと一緒にレイカもいたのだった。だから、

「爆発とレイカとは関係がない?」

 遠隔能力とかって言わなければ、普通はそう考えたほうが当たってる気する。となると、

「ミワさんはレイカをヴァンパイアにはしたけれど」

 冬凪がそれに続けて、

「爆弾は作ってない」

 つまり爆弾を作った人は他にいて、冬凪とあたしのミッションはその人に会わなければ終わらない。

 エニシの月が西に傾き東の空が赤く染まり始めていた。今回ここに留まる予定の5日のうち3日目が過ぎようとしていた。実質1日しか過ぎてないけども。

 プップッピーピー。

 聞き慣れた音がした。そちらを見ると爆心地の縁を巡ってバモスくんが近づいて来るのが見えた。ずいぶん待って目の前で停まり、運転席の鞠野フスキが、

「やあ、藤野姉妹。今回は2時間半ぶりだ。しかし」

 と爆心地を振り返り、

「これは酷い有様だね。君たちは大事ないかい?」

 と気の抜けた挨拶をしたけれど、吹っ飛ばされたと思ってたからちょっと安心した。聞けば、また二時間半後に来て下さいと言われたのだそう。きっとまゆまゆさんたちが鞠野フスキを避難させてくれたのだろう。辻川ひまわりのことを聞いたけれど、一緒にここを立ち去ったけれどその後のことは知らないと言った。

「これからどこへ?」

 鞠野フスキが聞いて来た。まゆまゆさんの指令はここへ来ることまでだったらしい。それならと、光の球が飛び去った辻沢の街中へ行って欲しいと頼んだ。とは言っても当てがあるわけではなく、行けばわかるだろうくらいの気持ちで。

 バモスくんに乗って走る明け方の辻沢は静かだった。町役場倒壊直後の浮き立った感じももうなくなっている。なんでも起きる辻沢では、あの程度のことでは一瞬で冷めてしまうのだろう。

 駅前の大通りを東に向かって走っていると、前方に朝日を背にした志野婦神社の杜が見えた。それを見ているうち、あるイメージが頭に浮かんできた。それは、志野婦神社の屋根の上に白装束の人が後ろ手に縛られた姿で立っていて、それを参道の階段にいるあたしが見上げているとその人はあたしの視線に気がついて、悲しそうな表情でこちらを見下ろすというものだった。それであの光の球は志野婦神社にある。そう確信した。

「志野婦神社へ」

 鞠野フスキが

「全速(以下略)」

 と言ってもバモスくんは相変わらずの低速力で、かの人の待つ志野婦神社へ向かったのだった。

 神社に着くと鳥居の下で冬凪とあたしは降りた。駐車場にバモスくんを置きに行った鞠野フスキとは社殿で待ち合わせることにした。

 鳥居をくぐり参道の長い階段を登る。途中冬凪が、

「なんで、志野婦神社に?」

 と聞いて来た。それで、さっきの突然降ってわいたイメージの話をした。すると冬凪は少しだけあたしから離れて、

「夏波? だよね」

 じっとあたしを見ている。それはさっきかわいいと言ってくれた時とは全く別の感情のようだった。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

 なら、そんなこと聴かないよね。さらに問い質そうとしたら、冬凪はあたしの手を取って、

「行こう。志野婦に会いに」

 と言ったのだった。

 境内に着くとヤバいと思った。すでに別の空間にズレ込んだ感じがしたからだった。音は遠く聞こえ、色は白々しくなっていた。そして社殿を見ると階の上に小柄な人が立っていた。

「待っていましたよ」

 その人は、落ち着いた声でそう言ったのだった。

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