第62話 襲い来る者

 千福家の近くまで来ると、その先の竹垣に響先生の紫キャベツの軽自動車が停まっていた。中に人がいるようだったけれど誰かは分からない。バモスくんは屋敷の手前の小道に入り竹林の土蔵に向った。爆発を待つにしても門前では都合が悪いと判断したからだった。竹林の広場に月明かりに照らされて辻川ひまわりが立っていた。

「レイカとカリンが中に入って行った」

 爆発で千福オーナーが死ぬ。その時、二人がいたことは記録に残ってない。ただ18年後に生きている二人が無事に出てくることは決まっている。では中で何があったのか。冬凪に聞こうとしたけれど助手席に埋まって眠っているようだった。

 バモスくんの荷台に置いてある登山用リュックの中でスマホが成った。取り出して出ると、

「「中にお入りください」」

 まゆまゆさんだった。冬凪の想定は爆発の瞬間になんらかのアクションがあるだろうから、その時ミワさんを奪還できるのではというものだった。今、入ってしまったらそれができなくなってしまうのじゃないか。白土蔵を見ると扉が開いていて、中から白まゆまゆさんがおいでおいでをしていた。まゆまゆさんに何か別の策があるのを期待して、辻川ひまわりと鞠野フスキを呼んで全員で近づくと、

「「藤野姉妹だけです」」

 と言われた。辻川ひまわりと鞠野フスキの二人はもともとこの時間に留まる気でいたそぶりで広場に戻っていった。

 冬凪をおんぶして白市松人形の前に来ると白まゆまゆさんが、

「「どちらが先に入られますか」」

 と聞いた。するとそれまで眠っていると思っていた冬凪が小さく手を上げて、

「夏波を先に」

 と言った。あたしはそれを制して、

「あたしが後で」

 と冬凪を白市松人形の中に押し込んだ。中割れ扉が閉じ排気音が聞こえてしばらくしたら、白市松人形が割れて冬凪はいなくなっていた。

「「それでは藤野夏波さん。こちらを装着してください」」

 と差し出されたのは、ヤオマン屋敷のVRルームで十六夜が、瀉血のため腕に装着していた鉄管だった。これで十六夜の体から玉の緒を吸い出していたのだ。あたしは言われたままそれを腕に付けて白市松人形の中に入った。中割れ扉が閉まり中が暗闇になると、腕の鉄管が締め付けてきた。やがて上腕から首筋とこめかみにかけて涼しく感じ出すと同時に床が抜けた。光の筋の宇宙空間を下降してゆく。これまでと違うのは異常な心拍数だった。ドキドキなんてものじゃない。ドドドドドといった早さで心臓が鼓動していた。再び暗闇、縦に光の筋が入って中割れ扉が開き、黒まゆまゆさんに迎えられた。いつの間にか鉄管は外れて無くなっていた。

「冬凪は?」

「ここだよ」

 すぐ近くの茶箱にもたれかかってこっちを見ていた。顔色は少しよくなった気がしたけれど憔悴していることに変わりなさそうだった。

「あたしの顔、どう?」

「牙がちょっと伸びたかな」

 唇をめくって触ってみると犬歯が尖って長くなったようだったけれどそれは微妙な変化だった。手の爪を見てみた。いつもよりもすこし尖っていたけれどそれほどの変化ではない。あんまり変わってない感じ?

「これくらいの血じゃ平気なのかも」

「そうだといいけど」

 黒漆喰の土蔵の中で泥水で汚れた服を着替えさせてもらった。登山用リュックを開けると一番上に辻女の制服が二組乗せてあった。冬凪がこっそり持って来たのだ。コーデしている時間はなさそうなのでそれに着替えることにした。冬凪は自分で着替える力も残ってなかったのであたしが着替えさせてあげた。

 冬凪を抱き起こして黒まゆまゆさんに挨拶をし黒漆喰の土蔵を出た。そして外の光景を見て驚いた。あたりは静寂が支配していたけれど竹林がなくなっていた。それどころか千福邸も跡形も無くなっていて、竹垣の道まで全てが見通せていた。そこに広がっているのは爆心地。遺跡調査地と同じ爆心地の光景だった。しかしそれは出来立ての真新しい爆心地なのだった。よく見ると響先生の紫キャベツが竹垣の中に突っ込んで大破していた。でもそれだけだった。調レイカも響先生もだれも見当たらなかった。バモスくんを探した。どこにも無かった。もちろん鞠野フスキもいない。辻川ひまわりを探した。爆心地にはいなかった。冬凪を白漆喰の土蔵の前に残してあたりを探した。黒漆喰の土蔵の裏手でうめき声がした。そちらに回ると血まみれの辻川ひまわりが力なく横たわっていた。片羽がもげて離れた土の上に落ちていた。

「何があったの?」

 近づいて抱き起こし、肩を貸して白漆喰の扉の前まで移動する途中、

「気をつけろ、ヤツがまだいる」 

「ヤツって?」

 辻川ひまわりが上を指した。黒漆喰の土蔵の屋根を見た。そこに月を背にして何かが蹲っていた。その背に光るものを担いでいた。その銀色に輝く放物形に見え覚えがあった。刹那、そいつが夜空に跳ね上がった。月を背にしたまま猛烈なスピードでこちらに落ちてくる。あたしは咄嗟に辻川ひまわりの腕を取り白漆喰の土蔵の扉の前に放り投げた。同時に背後に衝撃を感じ吹き飛ばされた。太ももが焼き切られたように熱い。見るとそこがぱっくりと割れ肉の色が見えていた。上から飛び降りてきたそいつは地面に突き立ったものを引き抜こうとしていた。その武器を引き抜くと先に着いた土を足でこそげ落としながら言った。

「女子高生がこんな時間にうろちょろしてたらいかんな」

 そいつの声に聞き覚えがあった。何度か聞いたことがあるくぐもった声をしていた。でも、どこでなのか咄嗟には思い出せなかった。

「さあ、こっちに来なさい。私がお仕置きをしてあげよう」

 そいつが地面から引き抜いたのは先端が銀色に光るシャベルだった。こいつの武器はエンピだ。つまり、

「あんたエンピマン?」

「そう呼ぶヤツもいる」

 唾を吐き出して言った。そいつの体は痩せ、神経質そうな顔つきをしていて決して強そうには見えなかった。でも、その全身から噴出する怒気には猛烈な圧力を感じた。あたしは、辻川ひまわりと冬凪のところまで下がった。冬凪を見た。逃げる力もなさそうだった。辻川ひまわりは羽をもがれた大きな傷の他にも、全身に切り傷や打撲傷を負っていた。相当長い間エンピマンと闘っていたのだろう疲労が見えていた。回復が早いというヴァンパイアと言っても、これではしばらく闘えそうになかった。

「冬凪、十六夜は強い?」

 と聞いてみた。

「強いよ」

「すごく?」

「すごく強い。伝説の夕霧並みに強い」

 あたしはそれを聞いて覚悟した。このままあたしがエンピマンに殺られるわけには行かなかった。辻川ひまわりがこんな状態であたしが殺られたら冬凪だって危ない。ならば、あたしがきっとこいつを滅殺する。それがあたしの因縁生起。

「ひまわり、やって!」

 あたしは腕をまくり辻川ひまわりの目の前に差し出した。辻川ひまわりはあたしの意図を知って、鋭い爪をあたしの腕に突き立て一気に引き裂いた。

 ほとばしり出る鮮血。あたしの玉の緒が腕から吹き出し地面を穿つ。瀉血の快感が全身を震わせる。深紅の皮膜が理性を覆い意識が遠ざかる。そして体の奥底から湧き上がって来る凶暴な衝動があたしを別次元に誘ってゆく。

 ―――そして、

 ボクは再び目覚めたのだった。

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