第61話 冬凪の献身
冬凪とあたしは蓑笠連中に囲まれて大ピンチだった。あたしは光の球を引き上げるのを助けるつもりで冬凪の腕にしがみついていた。蓑笠連中ばかりでなく、竜巻も狂ったように冬凪とあたしのことを攻撃して来ていた。巻き込んだ瓦礫が猛烈な勢いで冬凪とあたしの体のどこかに当たって鈍い音をたてる。右肩に当たった。腕が根こそぎ吹っ飛ぶかと思った。冬凪は頭部を直撃されて一瞬白目を剥いて気を失いかけたけれど、
「平気」
と持ち直してくれたからホッとした。冬凪がいなかったら蓑笠連中と竜巻が押し寄せるこの状況でどうすればいいかわからない。あたし一人でなんて辻川ひまわりもミワさんも絶対助けられない。
「手、掴まれた!」
冬凪が水面ギリギリまで沈み込んだ口で叫んだ。その背後に生首が口を開けて迫っていた。他の生首もドロ水から生え出る蓮のように生白い首を伸ばしながらこちらに近づいて来ていた。水中で光の球を奪い返そうとしている? その後すぐあたしの喉に生首が巻き付いて来て後ろに引き摺り倒されそうになる。それを堪えているうちにこの間のように息が出来なって来た。その生首の顔があたしの鼻先に迫る。
「ともがらがわざをまもらん」
同じことしか言えんのか。てか、口臭い。歯磨きしろ! 悪口言うくらいしか出来ない自分が悔しい。全身の力が抜ける。目の前がだんだん暗くなってゆく。
「助けて」
冬凪に手を差し伸べる。すると、
「コミヤミユウは自分でなんとかかする子だったぞ!」
生首がしゃべった? 首のしめつけが緩くなった。目をあけると、生首のツルツル頭に爪の長い掌が乗っていた。その鋭い爪に力が入り生首を握りつぶす。目玉に爪が食い込み血飛沫が吹き出す。頭部が不気味な音をたててひしゃげ脳汁が吹き出した。ヘドロと血で赤黒くそまった拳の向こうに金色の瞳があった。辻川ひまわりだった。
「何で?」
「この子の腕を伝って這い出た」
冬凪が水面ギリギリに顔を出したまま頷いた。光の球から辻川ひまわりとミワさんを救い出せたのなら、冬凪は立ち上がってもいいはず。
「まだミワは中にいる。あの竜巻を殺らないと辻沢がまずい」
竜巻は一層勢いを増し、凄まじい速さで六道園の中を移動しながら瓦礫を撒き散らしていた。辻川ひまわりは蓑笠連中の中に駆け出して生首を掴んで引きちぎっては打ち捨ててゆく。生首をもがれた蓑笠は背中を下にする四つん這いで六道園の外に逃げてゆく。けれど新たな蓑笠が池の中から現れてキリがなかった。
辻川ひまわりが叫ぶ。
「夏波! 竜巻をよく見ろ! お前大事なこと見逃してないか?」
竜巻は全てのものを飲み込む勢いで猛威を奮っていた。竜巻が通った後は、芝がめくれ、植栽が弾き飛ばされて土が剥き出しの、美しい庭園であったことなどわからない状態になっていた。全てはあの小さな渦から始まったこと。
ヤオマン屋敷で十六夜の人の抜け殻のような姿を見た時、あたしはただ、もう一度部室でアイスを食べながらお話ししたいって思っただけだった。それが、時空を飛び越えて昔の大事件に立ち会ったり奇怪な怪人と戦ったり、想像の遥か右上の状況になってる。人柱をぶっこ抜くなんて、誰が言い出した? そんなこと誰が望んだ?
その時、あたしの肩に冬凪がもたれかかったて来て、
「限界かも」
水中に沈みかける腕をとった。ヘドロに塗れた黒髪か顔にへばりつき消耗し切って見えた。こんなになるまで冬凪を巻き込んでしまった。自分勝手に動いて、それに巻き込まれる人のことなんか考えない、あたしのわがままさがもたらした結果だった。竜巻はあたしだったんだ。
「もっとだ。もっと見落としてることがあるだろ!」
辻川ひまわりが、生首の一つをもぎ取りながら叫んでいた。
冬凪のことはわかってると思ってた。小さい頃、あたしの真似をしたいけど、嫌われたくないからあえて逆をしてた。そんな冬凪のことを愛おしく思ってたけど、ちょとだけよそにしてよく見なかった。冬凪、どうしてそんなにやつれてるの? どうしてあんなにお肉を食べてたの? どうしてあたしだけ元気なの? 惑星スイングバイのたびに冬凪ばかりが消耗してたのはどうして?
「辻沢で生まれた双子のどちらかはヴァンパイア」
そうか、まゆまゆさんたちが小学生みたいな姿なのは、浦島効果で年を取らないんじゃなくてヴァンパイアだったからなんだね。冬凪の首を見たけど噛まれてはいなさそうだった。腕を取った。ヘドロを拭って池の水で洗うと瀉血の跡があった。
「どうして?」
「TWブースで転移させるのに血が必要なんだって。人数分」
どうしてあたしの分までとは聞かなかった。辛いことや痛いことは全部引き受ける。冬凪はそういう子だ。泣きたかったけど涙さえ出なかった。あまりの自分の不甲斐なさに。それに気づかなかった情けなさに。
「次からはあたしの血を使お」
冬凪を抱き寄せるとホッとため息をついたのがわかった。
竜巻を見た。その向こうの倒壊した町役場の瓦礫の山に議事堂の半円が突き刺さっていた。その縁に蓑笠が一人、高速で回転していた。
「あそこにいる!」
指差した瞬間、辻川ひまわりはそこに飛んで蓑笠の首を刎ねていた。笠が宙を回転しながら飛び、本体は虚空のうちに霧消した。その後、竜巻が議事堂に倒れ掛かり空から無数の瓦礫が六道園に降り注いだ。残った蓑笠連中は、腹を天にむける四つ這いで瓦礫の上を逃げて行った。
「冬凪」
肩を貸すと、
「ごめんなさい。助けられなかった。あたしのせいだ」
光の球を放してしまったと言った。
「違うよ。あたしがもっと早く気づけばよかったんだよ」
その時、辻川ひまわりが大きな羽を広げて目の前に降り立った。
「どっちのせいでもない。敵は前からミワに執着してこの機を伺ってた。どのみち向こうに捕らえられるのはわかってたこと」
そしてミワさんは人柱にされてしまったのだと言った。
「どこにいるかは分かるの?」
調由香里の時、辻川ひまわりはその場所が分かると言っていた。
「巨大なクレーターが見える」
それを聞いて冬凪は頭を上げ、
「爆心地なんじゃ?」
「どの?」
「千福家のかも。今晩これから千福家で爆発が起きる」
辻川ひまわりはそのまま千福家に飛んだ。あたしは冬凪をおんぶして六道園の残骸を出、植え込みの中で頭を抱えている鞠野フスキを助けてバモスくんに向った。駐車場に集まっていた沢山の人(ヴァンパイア?)は既にいなくなっていて、響先生の紫キャベツの軽自動車もなかった。その代わり沢山の消防隊員や警察官が緊急車両で押し寄せていた。
あたしは鞠野フスキに行き先を言った。
「千福家へ行ってください」
「ぜ(ry)」
千福家へ向う途中、辻沢の街中は人で溢れていた。町役場が倒壊すれば流石の辻沢も大騒ぎになるようだ。
スマフォが鳴った。出ると、
「「今すぐお戻りください」」
安定の二重音声はまゆまゆさんだった。あんな小学生みたいな純粋顔して冬凪の血を啜ってたなんて。それが腹立たしかった。電話を切って、
「戻って来いって」
冬凪に伝えると、
「?」
理解不能のよう。
「どういうことだろう? ミワさんが捕らえられたこと知っててかな。これから重大局面ってことも分かっててかな」
土蔵に直行するのか、それとも千福家の爆発を待つのか? 行く先はとりあえず千福家に違いないのだけれど、どっちなのかで、これからの様相が全然違う気がした。
満月の下、バモスくんは辻沢をゆっくりと走る。とっくに南中は過ぎていて発現してもいい時間なのに、あたしは一向に鬼子になる気配がない。
「十六夜は鬼子になる時どんな気持ちだったんだろう」
そんなことを考えながら、あたしは夜空に浮かぶ真っ赤な満月を見上げていたのだった。
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