第60話 藤野姉妹絶体絶命
あたしが六道園に走ったのは、爆発の光が収縮する時に辻川ひかりと千福ミワの二人を呑み込んだように見えたからだった。それが光の球となって町役場の裏手の六道園にゆっくりと落下していく。倒壊する町役場から瓦礫が飛んでくる。ガラスの破片が頬をかすめた。倒壊しつつある町役場の瓦礫が何かの力に導かれて六道園に押し寄せていた。その中心に前回見付けた小さな渦があった。それは水面から少しずつ上方に飛沫を上げながら回転していた。見ているうちに飛沫はうねり、さらに上方に勢いを増しながら成長していった。最後は町役場の半分の高さまで伸び上がると、凄まじい竜巻となった。それはまるで光の球を捕食する水龍のように見えた。
「あれに呑まれたら助けられない」
咄嗟に思った。けれど飛散する瓦礫に邪魔されて六道園の敷地内に入ることが出来ない。もしそれを避けられても、瓦礫がどんどん竜巻に巻き込まれ、それが龍の鱗のように侵入者のあたしを拒絶するのだった。
「夏波」
冬凪が追いついて声を掛けた。振り向くと四つん這いだった。もともと体調が悪いのだ。無理を押してここまで這いずってきたらしい。手を取って、
「大丈夫?」
後方に鞠野フスキが見えた。両腕を前方で交差させ飛びしきる瓦礫を避けている。
「先生! 冬凪を」
「全速力でhogehoge」
死語構文に強制変換。ところが冬凪は、
「あたしだって鬼子のはしくれ。潮時には力が漲る、こともある」
一抹の不安がよぎる。肩をかして六道園の外周の生け垣へにじり寄る。そこで瓦礫の飛来を避けながら光の球を奪取する方法を考えた。
普通の竜巻は上昇気流のはずだけどこの竜巻は下向きだった。明らかに光の球を吸い込もうとしている。でも、元々はそれは小さな渦だった。巨大な竜巻に成り上がったとしても元は極小の渦だったのだ。
「ようはあそこに吸い込まれなきゃいいんだ」
思ったときはもう体が動いていた。あたしは瓦礫が飛散する中に進み出た。
「夏波?」
勢いで付いて来られなかった冬凪が垣根に隠れたまま聞いた。
「栓して来る」
渦に栓をしてみたらどうだろう、案外いけるんじゃないかと思ったのだった。大声で言ったけれど冬凪に聞こえたかどうか。
瓦礫にぶつからないように姿勢を思いっきり低くして移動する。六道園の中は悲惨だった。大きな塊が衝突して芝生をえぐり取っていた。根こそぎになった植栽があちこちに散乱していた。これじゃあまるで「元祖」六道園の有様だ。
池周りの遊歩道を渡り池端に着いた。たしか図面では水深はそれほどないはずだった。せいぜいあたしの膝上くらい。でも暗いのとアオコで水の中がまったく見えない。恐る恐る足を池に入れる。つま先で底を探ったけれど感触がない。しかたないので両足揃えたまま池の中に降りた。ズボッと音がして一旦は膝下で止まったけれど、少し動いたらズブズブと膝上10センチぐらいまで沈み込んでしまった。この気持ちが悪い感触はヘドロが溜まっていたせいだろう。それでもなんとか足を抜きながら前進するけど凄まじい遅さだった。上空を見上げると、瓦礫が渦巻く向こうに光の球が透けて見えていた。その中に胎児のように体を折り曲げた辻川ひまわりとミワさんの姿があった。それはもう竜巻の中にあって、どんどんと下降してきていた。
「あそこに吸い込まれる前に止めなくちゃ」
言いながらしまったと思った。栓がない。渦に蓋するものを持っていなかった。
「冬凪!」
聞こえるはずないと思って後ろを振り返ったら、
「ここにいるよ」
すぐ後ろにいてくれた。
「栓がない。あそこに栓がしたいのに」
「待って」
冬凪は腰を落として両腕を池の中に浸した。
「あった。これじゃだめ?」
水から拾い上げたのはレンガの破片だった。池に落下した瓦礫なんだろう。
「充分すぎ」
今度は冬凪と二人して竜巻の根元に進む。それにしても足が重い。一歩足を出すたびにヘドロに取られてしまう。しまいにがっちりかたまって動けなくなった。狂ったように回転する竜巻は目の前だ。光の球はすぐ上まで落ちてきているのに。
「夏波。何か変」
冬凪が水面を見ながら言った。
「水が?」
「違う。足を掴まれてる」
足に何かが絡まる感覚があった。藻とかではなさそう。そして水の中から聞こえて来たのはお経のような、
「ともがらがわざをまもらん」
蓑笠連中の重低音だった。そういえば竜巻が激しく渦巻いているのに音が静かすぎた。精気の無い色が支配していた。別世界にづれ込んだ感覚があった。
「夏波足あげられる?」
めっちゃ重かったけれど冬凪の言う通りに池から片足を上げると、ふくらはぎに蓑笠連中のあの生首がまとわりついていた。ヘドロが半顔を覆ったそいつは、口から黒い泡を吹き固くつぶった片目から黒い涙を流していた。
「うりゃ!」
冬凪がそいつの頭にブロックを叩きつける。へしゃげる音と共に生首が池水に落ちる。その反動であたしは水中に倒れて尻餅をついてしまった。手に触れたものを拾って立ち上がる。それは鉄パイプだった。
「冬凪足を」
水から出た生首に一撃食らわしてやった。
また生首が食らいついて来たらこいつでぶん殴ってやる。先が鋭利になっているのも都合がいい。つるハゲあたまを串刺しだ。
なんかあたし凶暴になってない? これも潮時のせいなら、あたしはもう鬼子になってるのかも。
「あたしの顔見て」
冬凪に見てもらった。
「変わってたらこんなに近づけない」
言った冬凪が慌てたように、
「潮時だって毎回変わらない人いる」
あたしってばそれなのかな。気分だけ凶暴になってる感じ?
「栓を」
冬凪がブロックを差し出した。それを受け取り竜巻の根元へ。その時丁度、光の球が猛烈な回転をしながら目の前の渦の中に落ちて来た。手を伸ばすが周囲を巡る高速瓦礫に当たって弾かれる。ワンチャン当たるかとブロックを投げつけた。それが一瞬だけ竜巻の芯を歪ませて大きく軌道を変えた。のたうつ竜巻。光の球が目の前に近づいて来た。思いっきり手を伸ばす。目の前を人影が過る。何かがぶつかるグチャっという音。大きな水飛沫をあげて池に突っ込んだのは冬凪だった。
「捕まえた!」
水の中から顔だけ出して叫んだ。
「こっちへ」
手を差し出したけど、冬凪は首を横に振る。
「ダメ、めっちゃ重くて持ち上げらんない。抑えるのがやっと」
小爆心地でコンクリの蓋を投げ飛ばした冬凪が言うのだから相当な重さだ。あたしは手を貸そうと冬凪に近づいた。すると突然池の水が沸騰したようになって激しく波が立ち始めた。ヘドロ臭い水が冬凪とあたしを盛大に濡らす。水が滴る前髪を手で払って辺りを見回すと、
「夏波。後ろ」
そう言う冬凪の後ろにだって蓑笠連中が出没中。何人? 10人はいる。そして口々に、
「ともがらがわざをまもらん」
と気味の悪い重低音で呟いている。冬凪とあたしは完全に蓑笠連中に囲まれてしまっていた。
「これってばヤバイやつ?」
「それっぽい」
「なんて言って豆蔵くんと定吉くんが助けには?」
「ネストしすぎて来れなさげ」
惑星スイングバイのせいで頼みのSPをどこかへ置いてきぼりにしてしまったようだ。ならば頼みの綱は鞠野フスキ。どこにいるかと探したけど、六道園の外で瓦礫を避けてうずくまっていた。あかん、あの人。
「あたしたちって絶体絶命?」
「間違いない」
見渡せば大勢の蓑笠連中の周りに生首がいくつも水中から生え出ていて、
「「「「「「ともがらがわざをまもらん」」」」」」
耳障りなつぶやきが大合唱となって迫ってきていたのだった。
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