第56話 二人の宮木野

 町役場から六道辻はそれほど距離はなかった。竹垣の道を進み、千福家の竹林へ入る小道の前でタクシーを停めて貰った。

「900円です。支払いは?」

「ゴリゴリカードで」

〈♪ゴリゴリーン ポイントが10%加算されました。残高1510円です〉

 確かに何処でも使える便利なカードだ。

 冬凪は目をつむっていた。

「冬凪、着いたよ」

 あたしは、冬凪がもたれかかっているドアが開いて転げ出ないように腕を取った。

「ありがとう。一人で立てるから」

 と言いながら足下おぼつかなし。肩を貸して白漆喰の土蔵の中へ。白い和服の市松人形の前に立って冬凪に変わり、

「冬凪と夏波戻りました」

 と挨拶をすると、白市松人形が開いて中から白まゆまゆさんが現れた。

「「無事のご到着、なによりです。今回も母に会っていただけましたか?」」

「はい。動画も撮ってきました」

 スマフォを取り出して、白まゆまゆさんに渡すと、

「「ありがとうございます。後で観させていただきます」」

 ということはスマフォは取り上げられて、リアル六道園のデータを18年後に持ち帰れなくなるということだ。

「その中に欲しいデータがあるのです。スマフォを一日だけでもお借りすることは出来ないでしょうか?」

 白まゆまゆさんは、

「「分かりました。ただし、ここでお渡ししても意味がありませんので、一旦お預かりということでどうでしょう」」

 つまり? 冬凪を見ると、

「向こうで黒まゆまゆさんから貰えということかも」

 時空を転移させるってこと? なんかすごいSFっぽい。

「分かりました」

「「今回はどちらから、入られますか?」」

 冬凪を一人で置いて行けないので先にしようと思ったら、

「夏波から」

 と冬凪に背中を押されてしまった。

 再び、星間に射出されて黒まゆまゆさんに迎えられた。次いで冬凪が到着してスマフォを渡して貰い黒漆喰の土蔵を出た。竹林の広場を目のあたりにして、

「まただ。また帰して貰えなかったんだ」

「行こう」

 冬凪は諦めたように言って鞠野フスキが手を振るバモスくんのところに歩き出したけれど、よたよたとした足取りだったから急いで肩を貸した。

 あたりは暗く空には上弦の月、夜だった。スマフォの時間を見ると11時を回っていた。 

「やあ、藤野姉妹。今度は10日ぶりだ。元気だった? おや、冬凪くんは体調でも悪いの?」

「少し酔ったみたいで」

 と冬凪は簡単に言うけれど、向こうを出た時よりダメージが大きくなっている気がした。あのブースで惑星スイングバイのように何度も転移させられたせいだろうか。でも、なんであたしは平気なんだろう。

 冬凪とあたしはバモスくんの後部座席に乗った。

「先生。今回のミッションも?」

「ああ、爆弾を作った人、千福ミワさんに会うことだよ」

「どこへ行けばいいんですか?」

「それがよく分からないんだ。君たちをピックアップしたら六道辻のバス停へ行くように言われてるだけで」

 もし時間が掛かるようなら、駅前のヤオマン・インに部屋を取って冬凪を置いてからあたしだけで行きたかった。でも、六道辻のバス停はすぐそこ。冬凪には少しだけ耐えてもらおう。

「全速力で(ry」(死語構文)

 バモスくんは竹林の小道をノロノロと走り竹垣の道に出ると六道辻のバス停へ方向を変えた。なだらかな坂道を全低速で走っていると、行く先に和服姿の女性が手に小さめの紙袋を持って歩いているのが見えた。通り過ぎるとき見えた横顔は、

「ミワさん!」

 鞠野フスキは急ブレーキを掛けて車を停め、ミワさんが近づいてくるのを待った。

「「「こんばんは」」」

「こんばんは。この間の女子高生さんね。教頭先生もご一緒で」

 と笑顔で挨拶を返してくれた。鞠野フスキが運転席から、

「こんな時間にどちらに行かれるのですか?」

「知り合いの家にちょっと」

「もしよろしければ、このホンダ・バモスTN360でお送りしますが」

 そう言われてミワさんはどうしようか迷っているようだったけれど、一度千福の屋敷のある坂の下を振り返ってから、

「いいんですか?」

「もちろんです。どうぞお乗りください」

「助かります。本当のところ、バスもない時間だからここからどうやって行こうかと思っていました」

 ミワさんは助手席に腰掛けながらノールックでドアを探して左手を宙に彷徨わせていたけれど、なかなか何も触れないので振り返り少し体を引いた。ドアがないことを自分に納得させているようだった。

「全速力(ry」(死語構文)

 バス通りに出た。鞠野フスキがミワさんに、

「どちらへ行きますか?」

「元廓までお願いします」

 バモスくんは辻沢の街中を目指して極低速で進んだ。元廓に入りだらだら坂をさらに低速で登っいく。てっぺんまで行く途中で、ミワさんが、

「ここで降ろしてください」

 前園、調邸のかなり手前だった。ミワさんはバモスくんから降りてから頭を下げ、

「どうもありがとうございました」

 鞠野フスキがミワさんが手にした紙袋を指して、

「お届け物ですか?」

 と聞くと、

「そうなんですけど」

 と言い淀む。そして言いにくそうに、

「ここで人が来るのを待たなくてはいけなくて」

 あたしはこんなところで一人待ってるなんて心細いだろうと思ったから、

「その人が来るまで、一緒にどうですか?」

 と言ってみた。するとミワさんの顔がパッと明るくなって、

「そうですか? なら遠慮なく」

 とバモスくんに乗り直したのだった。

 ミワさんが助手席に収まると、あたしはミワさんの不思議な行動の意味を聴こうと思った。いつもなら冬凪が先頭を切ってインタビューするところだけれど調子が悪いせいか黙ったままだった。それであたしが質問しようとしたら、ミワさんのほうから話し出してくれた。膝に置いた紙袋から中身が入った牛乳瓶を取り出して、

「これを調レイカに」

 例のヴァンパイア化計画の最後の仕上げに特別なミルクを飲ませるのだと説明してくれた。鞠野フスキが、

「それはもしかして、辻沢醍醐ですか?」

「はい、宮木野はそう言っていました」

 醍醐? 宮木野から? 冬凪に顔を向けると、

「宮木野のおっぱいだよ。辻沢ヴァンパイアの命の源って言われてる」

「始祖のヴァンパイアのおっぱいってこと?」

 それには鞠野フスキが、

「うーん。説明するとややこしいんだが宮木野は二人いてね。ミワさんが言ってるのはヴァンパイアの宮木野で、冬凪くんが言っているのは母親の遊女の方」

 宮木野は二人いる。始祖のヴァンパイアの宮木野と、その宮木野と志野婦の双子を産んだ母親の遊女宮木野だ。宮木野神社をディストリビュートした前回のプロジェクトで宮木野の来歴が書かれた石碑を十六夜と一緒に読んで色々調べたから、そのことは知っていた。石碑には遊女宮木野は殺されて辻沢に双子の姉妹として転生したとあったけど、実は遊女宮木野には別の話があった。十六夜がどこかから探してきたもので、それはまさに宮木野の乳に関する話だった。

 遊女宮木野の死を不憫に思ったタニマチの一人が辻沢に新しい墓を建てて供養することにした。それで宮木野の墓を掘り起こすと、宮木野は屍人になっていて胸に二人の赤子を抱き滴る乳を飲ませていた。殺された時、宮木野は孕んでいて土中で産み落とした双子に乳を与え続けていたのだった。

「その辻沢醍醐って、母親のほうの宮木野のお乳なんですね」

 鞠野フスキがあたしに振り返り、

「その通りだよ。母宮木野のものだ。信じられないことに彼女は青墓のどこかにいて、今も乳を滴らせていると言うよ」

 さらに冬凪が、かすれた声で、

「青墓って最初は遊女宮木野のお墓だったんだよ」

 と言った。青墓のどこかにあるお墓で今も母親がお乳を出し続けてて、それを娘のヴァンパイアが採りに行く光景ってば、エモい(死語構文)

 その時、

「来た」

 ミワさんが姿勢を低くして言った。坂の上から車のライトが降りてくる。そのライトはバモスくんがいるところから、数十メートル先で停まって消えた。街灯に照らされたその車は紫色の軽自動車。響先生の紫キャベツ?

「カリンたち、首尾よくレイカを連れ出せたらしい」

「行きますか?」

 鞠野フスキがエンジンをかけようとすると、ミワさんは、

「もう少し様子を見ます」

 と言ったのだった。

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