第55話 小さな渦

  朝はホテルのバイキングを利用した。冬凪は、夜中あれだけ食べたのに、大盛マグロ丼とオムライス並みに盛ったスクランブルエッグと小松菜のお味噌汁にプルーンジュース。朝から和食なのか洋食なのか分からないメニューで爆食する気満々。それに付き合う気はないから、あたしはトーストにスクランブルエッグとサラダ。それとカフェオレ(シナモンで!)と軽めに済ます。食べ終えて荷物を揃えて駅前まで出てバスを待つ。

「町役場まで」〈♪ゴリゴリーン〉

 通勤時間なのに乗客が少ないのは今日が土曜日だからだった。あたしたちの他は、サバゲースタイルのオタク風な男の人たちがぱらぱら。その人たちの間を通って冬凪とあたしは出口近くの席に座った。あたしは車窓を流れる辻沢の旧町の風景を見ながら、昨晩枕元ではなく足元に出た黒髪の女性のことを考えた。あの時まゆまゆとはっきり言っていたから、あれはやっぱりミワさんだったのだ。でもどうしてミワさんがああいう現れ方をするのか見当もつかない。そのことを冬凪に話そうと思って横を見ると、抱えた登山用リュックに頭をもたげて居眠りをしていた。朝食をお腹いっぱい食べたせいだろうか。いつも気を張っている冬凪には珍しいことだ。

 このバスは青墓がある郊外へは行かず、町役場と辻沢駅とを往復するシャトルバスだ。サバゲースタイルの人たちはどこへ行くんだろうと思って見ていると話し声が聞こえて来た。

「血の団結式ってなんだよ」

「スレイヤー・Rの参加認定式だろ」

「そんなの分かってる。俺が言いたいのは」

「ゲームに参戦するだけのためにわざわざ役場に呼び出して、大げさじゃね、ってことだろ?」

「そう。大げさだ。何か裏があるにちがいない」

「何の?」

「人死にもあるという非合法なゲームだから辻沢町も口外されたら困るわけだ」

「身代わりを取られるのか」

「そんなことに何の意味がある。人の口に戸は立てられんのだぞ。形代が魂なら別だがな」

「契約書を交わすだけだろ。秘匿事項に守秘義務てんこ盛りの」

「まあ、そうだろうが」

 すると少し離れて座っていた赤いバンダナのぽっちゃりな人がボソッと、

「制服聖女エリ様とのお約束」

「そこの人、今なんと?」

「制服聖女エリ様がお約束の儀式にご登壇される」

「なんだと。今日、エリ様と会えるのか?」

「そうだ」

「お約束の儀式とはどんな?」

「キッスだ。エリ様がほっぺにキッスしてくださる。全員にな」

「「「「「マージか!」」」」」

 サバゲーの人たちの鼻息が荒くなってバス内のバイブスが一気に上がった。制服聖女エリ様って辻川ひまわりのことだよね。サバゲーの人たちのほっぺにキスって。あの人も結構ヘビーな役割背負っちゃってるんだな。

〈♪ゴリゴリーン 次は辻沢町役場です。町長の辻川雄太郎です。この私が、しょぼかった辻沢の祭りをヴァンパイア祭りと改名、毎年開催にし、町内どこでも使えるポイント加算型プリぺードカードのゴリゴリカードを発行し、介護者のいない被介護者に食餌を提供する特殊縁組を考案し、辻沢町復興の全てのアイディアを……〉

 長いって。アナウンス終わる前に出発しちゃったよ。 

 お昼までに済ます用事と言うのは六道園の記録を取ること。冬凪に相談したら行くって言ってくれたから一緒に来たのだった。冬凪、目が覚めた? なんかふらついてるけど大丈夫?

 冬凪からバッキバキのスマフォを借りて六道園に向かう。正面玄関の前を裏手に回って行く時、ロビーの中を見たら、戸籍課の窓口が見えた。ミワさんか調レイカがいるかと目を凝らしたけれど誰もいなかった。スマフォのカレンダーを見たら今日は土曜日で、月曜まで連休だった。

 六道園に入って、最初に気になっていた岬の動画を撮った。やはり思った通りにここには水際に岬がハッキリと造形されていた。さらに前回気が付かなかったのが岬の形だ。岬と言えばふつうは鋭利な三角形をしているはずが、波にさらわれたのを模したのか、先端が斜めに切り取られたようになっていたのだった。「元祖」六道園で十六夜があたしを下ろしたのがちょうどあのあたり。そこにあの石舟が停泊した跡に見えなくもなかった。水に潜って地形を確認できればいいのだけれど、ここはリアルな庭園だからそれは無理。いったん諦めて、他の場所を見て回ることにした。

 やはりゼンアミさんはすごい。見れば見るほど六道園プロジェクトと寸分違わないのが分かる。庭石や植栽の位置ばかりでなく、向きにまでそれが現れていた。水の色はこちらはアオコのせいで深い緑色をしている。あちらは、ロックインした時で違うが、基本空の色を写して美しい。あたしが印象に残っているのは満天の星空が映った姿だった。銀河が流れそれが潮流のように池水を渡っていた。いや、それは「元祖」のほうだ。その銀河に棹さして十六夜は須弥山の向こうに去ってしまった。最後は十六夜が消えた地点を中心に「元祖」六道園は消失したのだった。あの石組みの向こうには何があったのだろうか。そう思って池周の遊歩道を歩いて須弥山の向こう側に行ってみた。回り込むとそこに渦があった。小さくてよく見ないと分からないのだけれど、確実に緑の水を飲み込んでいた。排水口でもあるんだろうか。少なくとも六道園プロジェクトには反映されてないものだ。動画撮ってゼンアミさんに報告しよう。

「冬凪、いいよ」

 遊歩道のベンチに座る冬凪に声を掛けた。起きない。寝ている。近くまで行って肩をゆすると、ようやく目覚めてこちらを見上げた。寝不足なの? 目の下に隈が出来ていた。

「体調悪い?」

「ちょっと、眩暈がする。多分まゆまゆさんのブースのせい」

 冬凪は、最初のころにふわふわしたって言っていた。再発したのだろうか。

「大丈夫? ここで少し休んでいこうか?」

「いや。大丈夫。いっぱい食べたから」

 そういうことではない気がした。それでも冬凪が立ち上がるので任せきりだった登山用リュックをあたしが持って肩を貸した。

 駐車場を歩いていると見たことのある高級国産スーパースポーツカーが入って来た。響先生のエクサスLFAだ。響先生と鉢合わせはまずいと隠れるところを探しかけたけど運転席に乗っているのは別の人だった。エクサスLFAは庁舎に一番近いスペースに停まると、中から背は高いけど頭がちょっと残念なイケオジが出て来た。

「辻川町長だよ」

 冬凪が教えてくれた。そういえば元は辻川町長の車だったと先生は言っていた。今日は休みだけれど町ぐるみの非合法なゲームの参加認証式に出席しに来たのかもしれない。

 辻川町長が庁舎に入るのを見送ってバス停まで来た。冬凪の容態があまりよくないみたいなのでスマフォでタクシーを呼んだ。タクシーはすぐ来るということでバス停のベンチで待つことにした。するとサバゲー姿の人たちが町役場から出てきてバス停にならんだ。顔ぶれはさっきの人たちとは違っていたけれど、多分認証式に出席したのだろう、片手でほっぺを押さえもう片ほうは辻沢町のロゴと町章が入った紙袋を下げていた。

「おい。あれ本当だと思うか?」

「制服聖女エリ様のことか?」

「それ以外あるか?」

「エリ様がラストダンジョンで待ってると仰った、あれだな」

「何をしてくださると思う?」

「ラスボス倒した勇者だ。そりゃー。あれだろ」

「ほっぺにキッスだ。いや、おでこにキッスか」

 一人が興奮気味に言った。すると、少し遅れて来た青いバンダナのぽっちゃりな人がボソッと、

「生着替え」

「そこの人、今なんと?」

「好きな制服に、エリ様が生着替え」

「「「「マージか!」」」」

 サバゲー姿の人たちの鼻息が荒くなりバス停のバイブスが上がりまくった。生着替えまでするなんて。今度辻川ひまわりに会ったらやさしく接してあげようと思ったのだった。

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