第53話 辻女バスケ部OB会
鞠野フスキにお別れをして白い土蔵の中に入ると、白まゆまゆさんが迎えてくれた。
「「母に会っていただけましたか?」」
二重音声での最初の言葉がそれだった。
「はい。お元気でした」
「「それは何より。何か変わったことはなかったですか?」」
一瞬、別世界へずれ込んだ時に現れた黒髪の女性のことを考えたけれど、それが本当に千福ミワさんと同一人物なのか分からなかったから黙っていた。
「今回は忘れてしまいましたが、次会った時メッセージ動画を撮って来るというのはどうでしょう?」
と言うと冬凪はいいねをしてくれたけど、白まゆまゆさんは慌てた様子で、
「「メッセージ動画はいけません。母が私どものことをなんと思うか分かりませんので」」
そうか。千福ミワさんにとってまゆまゆさんたちは赤ちゃんだから、娘さんたちにメッセージをどうぞと言われてスマフォを向けられたら混乱してまうに違いない。
「それならば盗撮してきます」
「「そうしてください。楽しみに待ってます」」
盗撮を楽しみってのは、ちょっとヤバい感じがするけれど場合が場合だからいいとしょ。
冬凪が白まゆまゆさんにスマフォを帰した後、あたし、冬凪の順に白市松人形の中に入った。そして二人順々に黒まゆまゆさんに迎えられ、
「「それでは五日後に。ご無事でお戻り下さい」」
と来た時と同じ事を言われた。たしか前に帰ってきた時は、
「「無事のご帰還、おめでとうございます」」
だった。まあ、あまり気に掛けずに黒まゆまゆさんに別れを告げると再びバッキバキのスマフォを渡された。冬凪がそれを普通に受け取っていたから、あたしはバッキバキを修理してって意味だろうと勝手に納得して黒土蔵を出た。
外に出てみると夜だった。空には下弦の月がぶら下がっているのが見えた。さらには竹林の広場の真ん中にバモスくんが停まっていて、運転席から鞠野フスキが手を振っていた。
「どういうこと?」
「帰して貰えなかったみたい」
まだやることがあるということだと冬凪は言ったのだった。
「やあ、藤野姉妹。今度は5日ぶりだ。これから女子会にお邪魔しに行くよ」
鞠野フスキは楽しそうだ。おめかしもしてる。
「女子会って、例の?」
「そう、バスケ部OB会」
調レイカを詰めるってあれか。行きたくないな。
「行かなきゃダメですか?」
「今回のミッションだから」
いつからお使いクエスト制になった?
「でも、バスケ部OB会なら響先生とか遊佐先生もいるかもしれないですよね。顔バレしたらまずくないですか?」
冬凪も出たくないのか、クリティカルな攻撃を出してくれた。
「その2人はよく知ってる先生なのかい?」
「夏波の担任と保健の先生です」
「そうなるとさすがに偽名では誤魔化せないか。残念」
鞠野フスキはこっちが申し訳なくなるくらいがっかりした様子だった。でも冬凪もあたしもテンションだだ下がりのおじさんのための回復魔法なんて知らない。
「行かなきゃ会えないんですよね」
「まあ、それはそうだけど」
「じゃあ、近くまで」
と冬凪が言うと、いきなり回復して、
「全速力で行きましょう」
と決め台詞をぶちあげたのだった。
バモスくんでのろのろと辻沢駅前まで移動した。朝、コンビニで掛けたはずの幌が外されていて後部座席は吹きさらしに戻っていた。
「幌、もう外したんですか?」
と聞くと、
「ここ何日かお天気続きでね」
そう言われて鞠野フスキにとっては「今朝」のことではないのだと気づかされた。
辻沢駅付近の青物市場は昔は名前通りだったけれど、今は跡形もなく地名だけになってヤオマンHD旧本社ビルがあったりする。その近くのコインパーキングにバモスくんを停めて駅前まで歩いて女子会の開催場所を探した。
「たしか駅前通りの店って言ってたんだけど」
店の名前は教えて貰ってないそう。
「千福ミワさんと連絡先を交換したんじゃないんですか?」
「何度か詳しいことを聞こうとしたんだけど、教えてくれなくてね」
それって向こうも来て欲しくないって事なんじゃ?
しばらくそれらしい店を探して雑居ビルを行き来した。いくつ目かのビルから出たとき、冬凪が通りの人混みの中に、ヒラヒラの薄いピンクのフリルが可愛いブラウスにレーススカート姿のガーリーな女子を見付けた。
「調レイカだ。後を付いて行ってみよう」
その調レイカは中学生と言ってもいいくらいの幼い顔つきをしていた。高校三年生の年に起きた連続失踪事件から4年経つから22歳のはずなんだけど、これは元から童顔っていうことでいいのだろうか。それともまた例のアレなのか。千福ミワさんが調レイカをヴァンパイアにしているという鞠野フスキの説が正しいのであれば、ヴァンパイアになってから成長が止まるだろうから、この時点ではただの童顔ということになるけど。
調レイカはヤオマン・インの目の前の雑居ビルに入って行った。乗り込んだエレベーターの表示を見ていると3階に停まったので雑居ビルの案内板から「居酒屋 ひさご」に入ったことが分かった。そこが女子会会場のよう。わざわざ詰められに来たとは気の毒なことだ。鞠野フスキは最初は何とか合流するつもりでいたようだったけれど、そもそも高校生が入っていい場所でないと知って、
「諦めよう」
「先生。今回のミッションって女子会に参加することなんですか?」
「いいや。今回も爆弾を作った人に会うことだよ。前回それが千福ミワさんと分かって、今回は丁度女子会をしているから、そう言っただけ」
なんだ。別に女子会にこだわらなくてもよかったんだ。それならば女子会終わりを待とうと言うことで、ついでだからヤオマン・インに部屋を取ってロビーから雑居ビルの出入りを見張ることにした。
しばらくそうしていたらまた冬凪が、
「あれ響先生なんじゃない?」
駅前通りの人混みを足早に近づいて来る紺のスーツズボンに黒のパンプスを履いた女子を指した。その人は、あたしが知ってる響先生よりずっと若く見え、短髪の前髪の下から覗く瞳がギラギラしていて何かに怒っているように見えた。それはいつ行ってもニコニコ話を聞いてくれる保健室の主とは全く違う姿だった。
響先生が雑居ビルのエレベーターに入って行ったあと鞠野フスキが、
「夕ご飯は食べてきたのかい? 千福ミワさんはしばらく出て来ないだろうから、食べてないのなら買って来るけど」
と言った。時間を見るともう9時を回っていた。でも冬凪もあたしも「さっき」山椒のおにぎりをお腹いっぱい食べたばかりだったから、あたしは、
「大丈夫です」
と言ったのだけど、冬凪は、
「あ、あたしも行きます。夏波、スイーツ買ってきてあげるね」
と鞠野フスキとロビーを出て行った。
あたしは一人になって、この間豆蔵くんが踏ん反り返っていたロビーのソファーに座った。そこから駅前通りを辻沢の人々が行き来するのをぼんやり見ていた。この中にヴァンパイアがどんだけ紛れ込んでるんだろう。普通に見えるこれらの人のうちに生き血を啜る怪物がかなりの頻度でいるなんて想像できない。なんて考えている当のあたしが獣のような鬼子だったなんて、ウケる(死語構文)。
「買ってきたよ」
鞠野フスキと冬凪が中身がいっぱいのコンビニ袋を両手に下げて戻ってきた。
「はい、スイーツね」
テーブルの上に緑色の何かが入ったカップとプラスプーンを置いてくれたけれど手に取れなかった。だってこれゼッテー雑草系じゃん。で、冬凪は何買ってきたかというと、大盛り牛丼に追い肉したやつとがっつり焼肉弁当とちょこっとサラダ、この頃の辻沢でしか売ってないドカ盛り白桃ゼリー。
「それ、明日の朝の分だよね」
「ちがうよ今たべる分」
「全部?」
「そう」
冬凪おま、胃袋ぶっ壊れちゃったの?
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