第52話 ヴァンパイアの因子

「あんたらもそうなんだろ?」

 蘇芳ナミさんが冬凪とあたしを見比べながら言った。

「と、いいますと?」

 鞠野フスキがすっとぼけた様子で答える。

「ま、話したくないのは分かるけど、あたしのほうも情報あげたんだから言ってくれてもいいんじゃないか? コミヤミユウは」

 そこであたしの目をぎゅっと見て、

「鬼子だったんだろ?」

 二年前、コミヤミユウという人がここに山椒摘みのバイトをしに来たけれど、その時不気味な少女に付き纏われていて心配をしていたのだった。バイトを辞めてからも何度か生存確認してたけれど、ある日ぱったりと連絡が取れなくなった。それで通ってると言っていた大学に尋ねたらそんな人はいないと言われ、卒業生だと言っていた桃李女子高校に問い合わせしてもやっぱり同じ回答だった。まるでキツネにつままれたようだって作左衛門さんに話したら、

「昔っからこの辻沢には鬼子っていうのがいてね」

 鬼子は死ぬと普通の人の記憶から消え去ってしまうと教えて貰ったのだそう。ナナミさんが覚えていたのはヴァンパイアの血を引くからだった。

「あの子は亡くなったんだね?」

 と鞠野フスキに向って言った。

「はい。亡くなりました」

 それを聞いたナナミさんは少しうつむいてから顔を上げて、

「それは残念だった。お悔やみを言うよ。誰に言えばいいか分からないけど」

「きっと伝えます。家族はいてコミヤミユウがこの世にいたことを覚えていますから」

 あたしはそれを他人事として聞いていたけれど、突然鞠野フスキがあたしを指して、

「実は、この子にコミヤミユウと名乗らせてるのは」

 と言ったので、聞く気になったのだけれど、

「言わなくていいよ。本名も聞かない。事情があるんだろうし」

 ナナミさんが言ったため、そのことはそれで流れてしまった。

 その後、お昼ごはんをごちそうになった。山椒の塩漬けおにぎりを皆で握って大きな竹製のザルに盛った。お庭で寛いでいるお手伝いの摘み子さんたちにもそれと麦茶を配って回った。あたしたちは母屋の中で、ナナミさん、作左衛門さんと一緒に頂いた(作左衛門さんは食べなかったけれど)。山椒握りは山椒の実が爽やかでおいしくて、あたしは大きめのを4つも食べてしまった。冬凪はよっぽど気に入ったのか、10個目に手を出そうとするのを押さえるのが大変だった。せめて片方の手に持ってるのを食べ終わってからにすればいいのに。

 麦茶をいただきながらナナミさんに聞いてみた。

「ヴァンパイアの家系ってどうないうことなんですか? ヴァンパイアが子供産むって変ですよね」

 それは、ずっとあたしが疑問に思っていたことだった。

「それはヴァンパイアの因子を受け継いでる家系って意味なんだよ」

「因子?」

「そう。辻沢のヴァンパイアはよくあるのと違って噛みつかれても感染しない。ヴァンパイアもどきの屍人にはなるけどね。じゃあ、どうやって増えているかというとやっぱり妊娠出産でね。ヴァンパイアになった後はだめだよ。なる前なら普通の人間だから可能だよね。じゃあ、どうやってなるかっていうと、遺伝で因子を受け継いだ人間が大量の血を飲んだり被ったりすると因子が刺激されて発現するんだ。それがなければ普通に人間してて妊娠出産もするというわけ」

「じゃあ、ナナミさんも?」

「双子ではないし、あたしはどうかな?」

 ナナミさんは部屋の隅の暗がりでハナクソをほじっている作左衛門さんを見て、

「うちの屋号は五ヵ辻って言って六辻家になってはいるけど、作左衛門さん以来ヴァンパイアになった人はいないらしいし。作左衛門さんをお世話できるくらいだから因子はありそうだけど発現するほどのものではないんじゃないかな」

 それを聞いて、これまで絶大な権勢を誇っているかと思っていた辻沢のヴァンパイアが、なんだか衰退してゆく種族に思えてしまった。辻沢要人連続死亡案件がヴァンパイア同士の権力闘争という冬凪の説に少しだけ疑問符が付いた気がした。

「他になにかあるかい?」

 ナナミさんが言った。

「他にといえば」

 と言いかけて、やっぱり爆弾を作った人に会いたいとは言えなかった。

「今日来たのは、本当はまゆまゆの事でなんだろ? 失踪事件でなく。あいつタヌキみたいだから言わなかったけれど」

 ナナミさんが縁側で庭を眺めている鞠野フスキを指さした。

「そうですナナミさん。まゆまゆさんについて何かご存じですか?」

「あたしが知ってるのは、ミワはまゆまゆを産んでこの方、未だに会わせてもらえてないってことかな。まゆまゆは千福のジジーに土蔵に閉じ込められてるって」

 そこに冬凪が、

「でも、さっきおっぱいの時間だからって」

「それは、搾乳の時間って意味だよ。自分で絞ってるんだ」

 搾乳したおっぱいはまゆまゆさんに上げるのではないという。

「なんか、勿体ないかも」

 あまった牛乳を地面にぶちまける映像を思い出した。

「勿体なくはない。他にやってるから」

「乳母さんみたいな感じですか?」

 冬凪が聞くとナナミさんは、

「成人してる女に飲ませてるから、そう言っていいかは分からないけど、乳母っちゃ乳母か」 

 とミワがあいつの乳母ってと笑った。

「実はね、その女の母親にそうすると辻沢をひっくり返えすバクダンになるからって頼まれててね。あたしは半信半疑なんだけど、ミワは真剣でさ。ミワはその女の母親が襲われたとき同じ部屋にいて自分だけ助かったって責任感じてるみたいで、一生懸命おっぱい絞ってその女に与えてるってわけ」

 ナナミさんも高倉さんのように話し出すと止まらない人のようだった。そこに冬凪が質問を放り込む。

「それ調レイカさんのことですか? そしてその襲われたっていうのは調由香里さん」

 ナナミさんはちょっと驚いた表情になって、

「レイカのこと知ってたんだ。そう調レイカだよ。辻沢に嫌気が差して逃げ出したくせにママが死んだら遺産目当てに帰ってきた。よかったら紹介するけど。あ、今度バスケ部OBで女子会するからその時来るといいよ。のこのこ出てきたら詰めてやろうと思ってるから」

 詰めるって。怖すぎる。そんな女子会出たくない。

 蘇芳家を出たのは1時過ぎだった。

「次来るときは山椒摘み手伝ってな」

 と見送ってくれたナナミさんと握手をしてバモスくんに乗り込んだ。

「爆弾作った人って、まゆまゆのお母様だったね」

「おっぱい飲ませて爆弾ってどういう意味だか分からなかったけど」

 それを聞いた運転席の鞠野フスキが後ろを振り向くから、悪路にタイヤを取られて山椒の木に激突しそうになって、

「危ない! 前向いて」

 と冬凪に言われて前をむいてハンドルを切り直した。

「蘇芳さんが血を大量に飲ませるとヴァンパイアになるって言ってたでしょ。おっぱいも血からできてるから代用物になると考えると、ミワさんは調レイカをヴァンパイアにしようとしてるんじゃないかな」

 たしかに調レイカは18年後に会った時はもうすでにヴァンパイアみたいだった。年格好もあたしたちと変わらなかったし、今のこの辻沢が発現した時ということもありえないことではない。でもあたしには、理屈が通っているようでいて内容が斜め上すぎる話でついて行けなかった。たとえそれが正解だとしても、ヴァンパイアが爆弾という意味がどうも呑み込めなかった。

 バイパスに出た頃、冬凪の荷物でスマフォが鳴った。取り出すとバッキバキのやつで、

「まゆまゆさんから」

 と言って出た。

「はい。わかりました。これからそちらに向います」

 と切って、

「戻ってきなさいって」

「これから? まだ1日も終わってないのに?」

 よくは分からなかったけれど、鞠野フスキにバモスくんを土蔵へ向けて貰った。冬凪がスマフォをしまうとき、ふと千福ミワさんの動画を撮っておけばよかったと思った。もしかしたらまゆまゆさんはお母様に会ったことがないかも知れなかったから。

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