第51話 千福ミワ
黒髪の女性が立ち去ってすぐ、部屋の外から話し声が聞こえてきた。一人は作左衛門さんの声のようで、もう一人は女性の声だった。
「お客様はどこです?」
「そこの居間で待ってるよ」
奥の木襖が開いた。そこに明るい色の和服を着た女性が正座していて、
「いらっしゃいませ」
と言って頭を下げた。髪もきちんとセットされていてとても清楚に見えた。良家の奥様といった感じ。冬凪もあたしも崩していた足を直して頭を下げた。
「千福ミワと申します。まゆなとまゆのの母です」
と頭を上げた顔を見て驚いた。精気のあるなしを無視すれば、黒髪の女性とそっくりだったからだ。どういうこと? と横を見ると冬凪もびっくりした様子でミワさんのことを見つめていた。
まず鞠野フスキから、
「私は辻沢女子高の教頭の鞠野と申します。この子たちは生徒で100周年史の編纂を担当しています。はいご挨拶」
「100周年史編纂室長の三年、サノクミと申します。よろしくお願いします」
100周年史編纂室? そんなの今初めて聞いたんだけど。冬凪の対応力エグい。
「コミヤミユウといいます。よろしくお願いします」
さっきのように何か言われるかと思ったけれど特になさそうで、ミワさんは、
「もう辻女も100周年になるのか」
と感慨深げな様子。鞠野フスキが続けて、
「突然ですが、辻沢女子高校のOBとしてインタビューを受けていただければと思いまして。蘇芳様にも先日来よりお願いしていましたが、今日は千福ミワ様が偶然こちらにいらっしゃると聞きまして」
千福ミワさんは、
「あたしなどに話すことがあるんでしょうか? 双子を産むのなんて辻沢じゃよくある話ですし」
辻沢には双子がよく生まれるのは事実だ。それがヴァンパイアの血筋と関係があって、特に女子の双子の場合どっちかがヴァンパイアだという言い伝えがある。今回はそこを掘り下げるのかと思ったら、ミワさんから、
「そうか。ナナミやあたしに聞きたいって事は、あのことですよね?」
あのこととは、
「辻女バスケ部員連続失踪事件」
冬凪が言うと、
「まゆまゆのお母さんに会いたいなんて言うから何かと思ったら聞きたいのはそっちか。いいですよ。当時あたしがバスケ部副キャプテンのセンターで、ナナミはパワーフォワードだったってところからお話しします?」
四年前、辻川ひまわりがいなくなった日、部活が終わって六道辻のバス停まで一緒に帰ったのは千福ミワさんだった。家が近いということもあったけれど、キャプテンと副キャプテンという立場もあって、いざこざが多い部をどうまとめるかよく二人で話し合っていた。それでその日は部室に残って二人で話し合っていたら遅くなってしまった。六道辻のバス停に着いたのは、9時になるかならないか。二人はそこで別れた。その次の日、
「学校に来ないなって思ったら家出したらしいって川田先生に言われたけれど、ひまわりは嫌なことがあって逃げ出すような子じゃないからラインとかで連絡した。でも通じない。そのうち、ひまわりのパパ、町長のね、から捜索願いが出されて町を上げての捜索が始まった。辻女のバスケ部員も総出だった」
青墓の杜や地下道には行かなかった(そこは警察担当)けれど、辻沢中を探し回った。そのうちシオネさんが、続いてココロさんがいなくなった。夏休みの間ずっと捜索は続いたけれど、変な噂が立つようになったころ、突然捜査が打ち切りになった。ココロさんやシオネさんのご両親に辻川ひまわりのパパまでが捜索願いを取り下げてしまっていた。
「変な噂とはどんなのでしょうか?」
冬凪が身を乗り出して質問した。千福ミワさんはその勢いにたじろぎながら、
「青墓を彷徨ってるって」
辻沢ではそれはヴァンパイアにやられたことを意味する。ただそれを表だって口にする人はいないから、3人は今も失踪中なのだった。
「シオネとココロはともかく、ひまわりについてはいろいろ不審な点があってね」
ミワさんは急に小声になって、これは警察には話してないことだけどと言ってから、
「ひまわりはどこかで生きている」
そのときもう少しで辻川ひまわりがヴァンパイアになって町役場にいることを言いそうになった。でも辻川ひまわりの許可がいるだろうと思ったから言わなかった。
「嫌なことだらけのこの辻沢から逃げ出したヤツがいたけれど、あたしはそれを信じてここに残ったんだ」
「逃げ出した人というのは?」
冬凪がすかさず質問を入れる。
「マネージャーしてた調レイカって女だよ。最近辻沢に舞い戻ってきたから、なんなら紹介するけど」
ミワさんの言葉が急に乱暴になった。二人の間にはよっぽどの遺恨があるように感じた。
鞠野フスキと連絡先を交わしてミワさんは実家に帰っていった。土間まで見送った冬凪とあたしに、胸を両手で支えながら、
「おっぱいの時間だから」
と言ったのが印象に残った。
「同じ人なんだろうか?」
ミワさんと黒髪の女性がだ。
「多分」
冬凪も自信なさげだった。
「双子とかじゃなく?」
「どうなんだろう」
と話しながら居間に向う廊下を歩いていると、
「双子なんだよ。二人は」
と後ろから声がした。振り向くと作左衛門さんだった。逆光で表情が見えない中、瞳だけ金色に光っていた。何でも無い体で、
「作左衛門さんもあれを見たんですか?」
「あれとは? 辻川ひまわりと千福ミワのことでないのかい?」
逆にその情報にびっくりだった。二人はあまり似ているように見えなかったから。でも、細身の辻川ひまわりを少しふっくらさせたら同じ顔と言えなくもなかった。
「二人は双子なんですか?」
「そうだよ。別々の家に養女に入って苗字は違うがね。だからミワには分かるんだろうね。ひまわりが生きてるって」
で、辻川ひまわりがヴァンパイアで千福ミワが普通の人? それって言い伝えどおりじゃん。
「まあ、二人とも苦労が多いよ。辻川はDV野郎でひまわりの体は痣だらけだったって聞いたし、千福はエロじじーで毎晩風呂場を覗きにくるてっていうしね。こう言っちゃあ何だが、まゆまゆたちだって誰の子かわかたもんじゃない。鶴亀鶴亀」
なんか濃ゆい情報すぎてついて行けなかった。てか、作左衛門さんの話しっぷりが見た目に合わない感すごい。本当は何歳なの?
居間に戻って、作左衛門さんと雑談した。すると冬凪があたしの腿をぺしぺしとたたいてくる。何かと思って見てみると、冬凪は木襖に立てかけてある鏡を指していた。それを見ると囲炉裏端が写っているだけのただの鏡だった。
「どうしたの?」
「写ってない」(小声)
「何が?」
「作左衛門さんが」(小声)
冬凪が指さした鏡には主人の座にいる作左衛門さんの姿が映っていなかった。これってヴァンパイアは鏡に映らないパティーン?(死語構文) その時廊下から、
「作左衛門さん! お客さんに失礼でしょ」
と声がした。振り向くとそこに蘇芳ナナミさんが立っていた。
「もう、いい加減にしてよね。若い女の子が来るとそうやって発情するの。今度やったら追い出すって言ったよね」
「発情してはいないです」
「はあ?」
「すまんこってす」
大反省の作左衛門さんなのだった。
作左衛門さんは、蘇芳家の江戸時代のころのご先祖様なのだそう。昔の辻沢のヴァンパイアは今も生き続けているけれど多くの存在が生きるのに飽きて、土中に潜って冬眠しているのだという。それが最近、山椒畑を宅地造成するようになって掘り返されて目覚めてしまうことが多く、その一人が作左衛門さんだった。
「まあ、他人を襲うこと考えると、うちでお世話してるほうが気苦労がないからね」
ナナミさんは包帯が巻かれた首を押さえながらため息をついたのだった。
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