第42話 解体の仕方

 バイトを終えて家に帰り着いた。


まずは、ガチガチになった体を宥めながらのお洗濯。


着替えたものには、子供ならどこで遊んできたのと怒られそうな勢いで泥が付いていて、そのまま洗濯機に放り込んだら配水管が詰ってしまうから、先にスロップシンクで泥落としをする。


外での活動が多いミユキ母さんが何年か前に付けたものだけど、これがあって心底よかったと思った。


洗濯機を回して、冬凪と順番にシャワーを浴びた後、しばらく体が動かせなくて、二人してリビングのソファーにぶっ倒れていた。


それでも何か食べないと明日が辛くなると冬凪が言ったので、取りあえずの異端カルボナーラを作った。


買い置きのレトルトのソースを茹でたパスタにかければ食べられるけれど、それでは味気ないので、卵黄とミルクととろけるチーズを増量してめっちゃ濃厚にする。


レトルトに手を加えるところが一応、異端ってことで勘弁してもらう。それにカプチーノを付けてお夕飯にする。


 カップに口を付けた冬凪が、


「なんで山椒?」


 え? 自分のを見ると確かにシナモンでない粉が浮いていたので指に付けて嘗めるとピリピリした。


しまった「シナモンで!」ってやんなかったから体が勝手に山椒ぶち込んだんだ。


あたしってば辻沢に毒されてる。


 カルボナーラを食べ終わってお腹いっぱいになったら今度は急激に眠気が襲ってきた。


このままリビングにいたらソファーで朝まで眠り続けそうだったので、洗い終わった洗濯物を干しに行く。


夏だからすぐ乾くけれど、鬼リピしたらすぐに痛んで着られなくなりそう。


もう何着分か作業用の服を用意した方がいいかも。


お休みになったらワークヤオマンで冬凪と一緒に買い出しだ。


「今日は早く寝るんだよ。熱中症の一番の原因は寝不足だからね」


 二階に上がるとき冬凪に言われた。


前はバイトから帰ったら六道園プロジェクトを進めるつもりだったから、冬凪に内緒でロックイン制限ギリギリまで作業していただろう。


でも今は十六夜のこともあったし、なによりこの猛烈な眠気、頭の芯がすぐに寝ろと命令しているかのような睡魔のせいで出来そうになかった。


 真っ暗な部屋に入ると、ベッドに転がしていたVRギアのアクセスライトが橙色に点滅していた。


メッセージが来ているサインだ。


誰からだろう。


 部屋の電気を付けてベッドに腰掛けVRギアをセットしてロックインする。


暗転後、真っ白い空間が広がるメッセージスペースにいた。


VRギアを付けるのは3日ぶりのせいか、眩暈を感じて少しクラッとした。


 真っ白い空間に和装の人が立っていたが、真下を覗き込むような姿勢なので顔は分からなかった。


でも、


「高倉さん?」


「あ、夏波様ですか。すみません。声は聞こえるのですが、自分の足ばかりが見えていてお姿が見当たりません」


 VRギア慣れしていない人によく見る方向喪失だ。


年配の方に多い症状。と言っても姿勢が悪いだけのことだけど。


「胸を張って顔を前に向けてみて下さい」


 高倉さんはあたしに言われたとおりに、胸を張って顔をまっすぐ前に向けた。


「あ、夏波様が見えました。もしもし、でいいんですか? あ、ご機嫌ようでしたか? 高倉です。お邪魔いたします。どうぞよろしくお願いします」


 このまま放っておくとあらゆる挨拶言葉を引っ張り出してきそうだったので、


「普通にしていてかまいませんよ。ここはヴァーチャル空間ですが、コミュニケーションはリアルと違いありませんので」


「ヴァーチャル? リアル?」


「あ、仮想の空間と現実の空間のことです」


 高倉さんの脳内で言語変換されるちょっとの間があって、


「さようでございましたか。ならば、夏波様、お耳に入れたき儀がございまして、ご連絡差し上げました。お聞き届けいただけますでしょうか?」


 まだ、なんか堅い。


というより言い方が古くさく聞こえるけど、高倉さん、大丈夫?


「十六夜のことですか?」


「左様でございます」


 高倉さんはここでは詳しいことは言えないけれど十六夜の様子に変化が見られるから、ヤオマン屋敷に来て十六夜に会ってあげて欲しいと言ったのだった。


それが今回の調由香里の首を探し当てたことと関係があるかどうかは分からなかったけれど、もしよい方の変化があったのならば、あたしたちが18年前の辻沢に行ったことには意味があったのだ。


だから、


「明日行きます」


「いつ頃来られますか?」


 六道辻の爆心地を出られるのが、早くて夕方の四時半ごろ、遅くなっても五時だ。


それからヤオマン屋敷へ直行するとなるといろいろ心配なこと(汗とか汗とか汗とか)があるけど、それは全身にシーブリぶっかけてなんとかして、


「5時半に」


「分かりました。それでは、そのころ裏門をゴリゴリンしてください」


「ゴリ?」


「ピンポンです」


 あ、そいうこと。


 高倉さんは深々とお辞儀をしながらロックアウトしていった。


ロックアウトの途中でVRギアを外したらしく、お辞儀したままの姿がVR空間にしばらく残り続けたのだった。


 冬凪の部屋に行ってノックをすると、


「どうぞ」


 ドアを開けると、すでに部屋の中は真っ暗だった。


「寝てた? ごめんね」


「全然。いま電気消したとこだったから」


「ちょっといい?」


 冬凪がドアの所まで出てきた。あたしの誕プレのカレー☆パンマンのTシャツをパジャマで着てくれていた。


「どうしたの?」


「高倉さんから連絡あって、明日、十六夜のとこ行くことになった」


 冬凪は、あたしの次の言葉を待っているようだった。


「いっしょにどう?」


「行く」


 即答だった。


「何時?」


「夕方の5時半に裏門をゴリゴリンする」


「ゴリ?」


「ピンポン」


「あー」


 だよな。通じないよ、普通は。


「一日働いて大汗掻いたままで大丈夫かな? バイト休んで行くのでもいいよ」


 そういう手があったのか。でも、一日中十六夜のこと考えて過ごすのも辛いから、


「そこはシーブリぶっかけて、ちゃんと着替えして行こう」


「分かった。準備する」


 部屋に戻って夏用のジェラパケのパジャマに着替える。冬凪が誕プレで買ってくれたものだ。


ベッドに寝転んで、久しぶりに手乗りカレー☆パンマンを手にした途端、落ちた。


 朝、トーストを焼いて、ホットミルクとイチゴとバナナを切ったのを付けて朝ご飯した。


十六夜に会いに行くのに変な格好は出来ないので、昨日自分で用意した着替えを冬凪の登山用バッグに入れた。


ついでに冬凪のを確認すると、芋ジャーだったので、


「変えなさい」


 と言うと、冬凪は夏用の制服を出してきた。


なんでいつも2択なの? 他に可愛い洋服あるでしょに。


急いであたしがお出かけコーデを選んでそれと交換して、アイスボックスを持って出発。


 現場について作業着に着替え、赤さんの朝礼の後、佐々木さんの危険予知報告で足下気をつけろとか、重機の周りを歩くなとか、こまめに水分補給しろとかががあって、


「では、一日ご安全に」


「「「「「「「「ご安全に!」」」」」」」」


 で作業開始。


 豆蔵くんと定吉くんは、今日も元気に人間ユンボになりきって、土を掻き出している。冬凪とあたしは、江本さんや他のベテランさんたちと組んで、昨日掘っていた場所をさらに掘る作業に就いた。


「今日は、底が出るまで掘り下げるから」


 赤さんが指示を出す。


底とは、黒い土が赤土に変わったり、土が砂に変わったりと土の状態が変わる面のことで、今回は今の赤茶色の土の下に、玉砂利が出るはずとのことだった。


「あとどれくらい掘るの?」


 冬凪に聞くと、江本さんが、


「ツースコかな」


 ? 冬凪を見ると、


「ツースコップ、スコップの匙の部分二つ分。60cmくらいのことだよ」


「今日はやっかいだね。根が見えてるから」


 昨日作業が終わる頃に、土の中から根っこが見えていて、根を切ってから作業しないとということで、一旦作業を止めたのだった。


 それから根と格闘しながらの作業になった。


少し掘って根が出てそれをのこぎりで切ってさらに掘り下げてと、なかなか進んでいかなかった。


炎天下、疲労が溜まってみんなイライラしてたのだろう、あの温厚そうな江本さんとベテランのおじさんが口喧嘩を始めた。


「ノコ使うのが面倒ってどういうことだよ。江本さん」 


「そんな悠長なことしてたら、いつまでも底なんて出ないって言ってるの」


「手で捻じ切れってのか? 人の太ももくらい太いんだぞ、この根っこ」


「捻じ切れなんて言ってない。エンピでやるんだよ、エンピで」


「エンピ? スコップで切るってのか? エンピを何発ぶち込めばいい? 一発や二発じゃきかんぞ。俺はやんないよ。江本さんやってみろよ。女のあんたには無理だろうけどよ」


「無理? 言ったな、ジジー。見てろ!」


 江本さんはそう言うと、近くにあったエンピの取っ手を右手で持ち左手で柄を掴むと、そのまま振り上げ全体重を乗せて根っこにギラつく匙の先をぶち込んだ。


 周囲に爆音が響いた。


 みんなが息を呑んだ。


なぜなら、土にむき出しになった根っこが綺麗に切断され真っ二つになったから。


「見ろ。出来たぞ。ジジー」


 エンピマンは殺し、解体、穴埋めをエンピ一つでやってのけるという。


あたしはその時、分からなかった「エンピで解体」の仕方を知ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る