第41話 江本さんのクロー話

「これで帰ったら皆んなびっくりするから一週間くらいこっちで養生したがいいよ」

 冬凪はそう言いながら、登山用リュックの中から何かを出し、

「テント。これあれば宿泊費浮くでしょ」

 と豆蔵くんに渡した。

 それから冬凪とあたしは豆蔵くんと定吉くんに別れを告げて、来た時と同じように白壁の土蔵に入ったのだった。

「あれでよかったの?」

「うん。二人ならテントで充分。流石に寝袋までは貸せないし」

 そういうことでなく、

「ブクロ親方怒らない? 一週間も留守にしたら」

「そっか。夏波は初めてだもんね。心配ないよ」

「でも」

「まあ、見てて」

 冬凪は、再び、白い着物の市松人形の前に立つと、

「藤野冬凪と夏波。ただいま戻りました」

 少しの間があって市松人形から排気音がしたかと思うと、

「「はーーい」」

 明るい二重音声がして市松人形の体が真ん中から真っ二つに割れると、中から市松人形と同じ服装をした千福まゆまゆさんが出てきた。

「「無事のご到着、なによりです。それで、志野婦にお会いになりましたか?」」

「はい」

「「それはそれは。元気そうでしたか?」」

「はい。とっても」

 あれは元気なんてものじゃなかった。吸い込まれるような妖気だった。

「「そうですか」」

 そしてあたしに向かって、

「「夏波さんは初めてなのに会えて羨ましいです。私どもは一度も。生まれてすぐに志野婦は亡くなってしまいましたので」」

 生まれてすぐ? もし冬凪が言うように千福オーナーが志野婦なら死んだのは18年前、千福まゆまゆさんはあたしたちと同い年ってことになる。でも、この子は小学生だよね。どう見ても。

「夏波、帰るよ」

 市松人形の中から冬凪が呼んていた。あたしは千福まゆまゆさんの年齢のことを考えていて、冬凪が先に立ったのに気がつかなかったのだった。

 冬凪が入った市松人形がしまり中から光を発して排気音がした。しばらくするとゆっくりと市松人形が二つに割れ中が見えたけれど、そこに冬凪の姿はなかった。そして千福まゆまゆさんが、

「「藤野夏波さん。どうぞ」」

 開き市松人形の中へとあたしを誘導した。あたしは、少しためらったけれども来た時と同じだと思って中に入った。床に足を付けると少し沈み込むのは同じだった。すぐに市松人形が閉じられて中が真っ暗になった。

「「それでは、藤野夏波さん。ごきげんよう」」

 暗闇の中、床が抜けて落下の感覚がやってきた。光の筋が上から下へと流れている。それがしばらく続いて、着地のイメージがしたら、目の前に細い縦筋が出来て、光が入り込んできた。まぶしさに閉じた目を開けると、冬凪と黒い和装の千福まゆまゆさんが立っていた。

「お帰り。夏波」

「「無事のご帰還、おめでとうございます」」

 黒千福まゆまゆさんが目を細めて言った。冬凪はバッキバキのスマフォを千福まゆまゆさんに返して、

「ありがとうございました。調査の件、報告書は後日持参しますので」

「「よろしくお願いいたします。では」」

 挨拶が終わると、千福まゆまゆさんは黒い市松人形の中に入って扉を閉じた。そしてすぐに排気音がして千福まゆまゆTWブースはシャットダウンしたのだった。

 土蔵の外に出ると驚いた。竹林の空き地の真ん中に豆蔵くんと定吉くんが立っていたのだ。ブクロ親方も一緒だった。ブクロ親方は冬凪に近づいてきて、ヘルメットを取ると、

「藤野さん。この度は二人がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 と頭を下げた。

「迷惑なんて、そんな。豆蔵くんと定吉くんには本当に助けて貰ったんです」

「しかし、約束の時間に間に合わなかったと」

「怪我をさせてしまったためです。それでしばらく静養してから帰って来て下さいと、こちらからお願いしました」

 ブクロ親方はそれを聞いて豆蔵くんと定吉くんに振り返り、

「それならば、責めはしませんが」

 と言ったのだった。

 あたしは一週間後に帰ってくる予定だった二人がここに、しかもあたしたちより先に来ていることが不思議でしかたなかったので、冬凪に、

「なんで、豆蔵くんと定吉くんがいるの?」

 と聞いてみた。

「向こうをいつ出発しても、到着する位置と時間は決められてるから。そうでないと戻ったとき宇宙空間に放り出されちゃうんだよ。だって、地球は太陽の周りを回り、太陽は天の川銀河の中を回り、天の川銀河は宇宙の大構造の中を回って一瞬たりとも同じ所にいないからね」

 と説明してくれたけれど、まったく理解できなかった。

 土蔵の前の広場から竹林の小道へ出る時、冬凪が前を歩く豆蔵くんを指して、

「ほら、あの腕。長袖で隠しているけれど包帯巻いてる」(小声)

 確かにそでの下に何か巻いてあるように見えた。

「治らなかったんだ」(小声)

「違うよ。きっとあの後も『スレイヤー・R』に参戦して怪我したんだよ」(小声)

 定吉くんはと言えば、

「スソから包帯の端っこ出てるし」

 二人とも、なんで怪我してまで危険なリアルバトルゲームをリピするのか。その時ふと、これは豆蔵くんと定吉くんにとっての自傷行為なんじゃという考えが浮かんできた。それを確認するためにはやっぱり、

「一度、あたしたちも参戦してみようか」

「あたしはいいよ。夏波だけでヨロ」

 秒で断られた。

 現場はまるで時間がずっと止まっていたかのように、出かけた時と同じ風景だった。

「ただいま「戻りました」」

「あら、ナギちゃんとナミちゃん。制服着てガッコ行って来たんでしょ? 15分で帰ってくるなんてすごいね」

 江本さんが、明るく声を掛けてくれた。あたしはリング端末を見た。不安がよぎったけれど、いつもどおり時間を表示していた。時刻は出たときから15分しか経っていなかった。

「そういうこと。あっちでどんなに長く過ごしても、こっちの時間は少しも過ぎてない」

 冬凪が耳打ちした。

 ハウスで作業着に着替え、ヘルメットと軍手をはめて空調服のスイッチを入れ外に出た。

「始めましょう」

 赤さんが号令を掛ける。皆さん、頭上の太陽に恨みを持っているかのように、下を向いたまま各自の持ち場に散らばって行った。小休止後も、あたしは冬凪が掘った土を箕に受けて土山を築く作業をした。こっちでは15分後だったけれど、実感としては久しぶりの作業だったので慣れるまでが大変だった。体全体が暖房器具になったように暑い。頭を下げた時にヘルメットからボトボト音を立てて落ちる汗には何回でもびっくりする。

「夏波、水分補給。がぶ飲みして」

 いつの間にかボウッとしていたらしく、冬凪が土壁で影になった所に置いた水筒を渡してくれた。蓋を開けると、中の氷がカラカラと鳴った。言われた通りごくごく喉を鳴らしながら飲むと、冷たい棒のように麦茶が胃の中に落ちてゆくのが分かった。頭が少しズキズキしているのに気がついたけれど、冷たい麦茶のせいなのか、暑さにやられたせいなのか分からなかった。

 休憩の後、冬凪と堀り手を交代した。冬凪にも疲れが見え初めていたからだった。けれど、エンピで土を掘るのがこんなに難しいとは思わなかった。まず、土に入っていかない。手で押しても、見よう見まねで足を使ってもびくともしない。それならばと、掬い上げようとしたら、ちょっとしか土が乗ってこない。とにかく、今のあたしにはスキルが足りないようだったので、申し訳なかったけれど、すぐに冬凪に代わって貰ったのだった。

 お昼になった。クーラーの効いたハウスで冬凪とおにぎりを食べた。一緒にハウスでお弁当していた江本さんが他の現場のクロー話をしてくれた。なぜか冬凪はむこうを向いていてあたし一人が聞いていたのだけれど、話を聞くうち、冬凪は聞きたくなかったんだと分かった。

「昔、江戸時代のお墓を発掘したことがあったの。先生(江本さんは調査員の一番偉い人をこう呼ぶ)が、江本さん、幽霊とか祟りとか平気? って聞くから、全然平気ですって応えたら、じゃあ、遺骨出たから洗ってって言われてやったのよ。土がついてるお骨を水で洗うんだけど、もう何百年も経ってるから乾燥してるって思うじゃない。それがね、洗ってるうちになんだかベトベトしてきて、洗い桶に油が浮いてきてね。手なんかヌルヌルよ。何でだと思う?」

 表面に脂肪分とかか付いていたんだろうと思ったけれど、

「分かりません」

「頭蓋骨の中に脳みそが入ってたの。洗ってるうちにそれが中からボトボト落ちてきて。当時は土葬じゃない。だから残ってたのねぇ、脳みそ。全部ブラシで掻き出してやったわよ」

 マジか。江本さんってばそれはクロー話でなくグロ話。おにぎり食べらんなくなった。

 脳みそがボトボトが頭から離れなくなりながらも、午後も死ぬ思いで働き続けた。

「道具かたづけましょう。今日は終わりでーす」

 赤さんが号令を掛けた。終業時間だ。冬凪のサポートのおかげで何とか今日も生き延びることが出来た。着替えの最中、

「運動になったでしょ? スタイルよくなるよ」

 江本さんに言われたけれど、箕を担いで土を投げたり、鋤簾で浮いた土を引っ張ったり、エンピで穴をほじったり。体の筋肉という筋肉を全て使ったけれど、いったいあの動きがどこの脂肪に効果的なのか、フィットネスの範疇ではまったくわからないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る