第35話 豆蔵くんと定吉くん

 蓑笠男たちを撃退した後、鞠野フスキのバモスくんでホテルに向った。


「あの蓑笠の連中、何者だったの?」


 冬凪は吹きさらしの風に負けないように大声で、


「わからない。あたしもあんなの初めて見た」


 そして、さらに大声になって、


「鞠野先生は知ってますか?」


 と尋ねたけれど、後部座席からでは鞠野フスキの答えはよく聞きとれなかった。


「何て?」


「知らないって」


 しばらくして鞠野フスキが何か叫んだ。


「何て?」


「辻女に寄ろうって」


 理由は何言ってるのか分からなかった。


多分グシャグシャの髪型にボロボロの制服のあたしたちの格好が目立ちすぎだからだろう。


街中に入ってから道行く人の視線が気になりだしていた。


 辻女の玄関に横づけにしたバモスくんを降りて校内へ入ると、鞠野フスキは校長室前の女子教員用更衣室で待っているように言った。


言われた通りに待っていると、ノックの音がして扉の向こうから女性の声で、


「入りますよ」


 と言ってきた。


「どうぞ」


 冬凪が返すと、扉を開けて入った来たのは、上は青いタンクトップで下はホットパンツ姿のいかにもバスケ関係者という恰好をした中年の女性だった。


その女性はあたしたちの格好を見て一瞬だけ驚いた表情を見せたけれど、すぐに興味津々といった表情に変わって、


「鞠野教頭から頼まれてこれを持ってきました」


 と辻女の夏服を渡してくれた。


「「ありがとうございます」」


 それを受け取るとき女性の顔をよく見ると、やっぱりそうだ。


少し若い気がするけれど川田校長だった。


「川田校長先生!」


「はい? 私はここの教員でバスケ部顧問をしています川田です。でも校長ではありません」


 そうか18年前は校長になってないのか。


「教頭先生に聞きましたが、あなたたちは潜入捜査員だそうで」


 としげしげと冬凪とあたしの顔を見比べて、


「スケ番デカみたいな子が本当にいるなんて。お若いのに大変ね」


 と言った後、


「じゃあ、頑張ってくださいね。あ、制服は次来たときに返してくれればいいから」


 と更衣室を出て行った。


すけばん何て? 鞠野フスキはいったいどんな説明をしたのだろう。


 二人してボロボロになった制服を脱ぐと、冬凪の肩や腕についた歯形が赤や青の痣になっていた。


あたしの体にもあちこち歯形が付いていて気持ち悪い。


「これ、すぐ消えて欲しかった」


 辻川ひまわりが付けた傷はあんなに深手だったけどあっという間に塞がった。


それなのにこの程度の傷が治らないというのは不可解だった。


「そりゃそうだよ。夏波は今、発現してないもの」


 冬凪が言うには、鬼子というのは発現して獣のような姿になっていれば回復力もヴァンパイア並みになるけれど、発現してない場合は普通の人と変わらないとのこと。


「じゃあ、これずっと取れない?」


「まあ、普通に」


 着替えが終わり簡単に髪の毛を整えてから、ボロボロの制服を持って更衣室を出ると、玄関の所に鞠野フスキが立っていた。


もうあたしも自分で歩けるようになっていたので、鞠野フスキにはここで別れて辻バスでホテルに帰ると伝えた。


辻女から駅前までは行き慣れた通学コースだし。


 玄関を出て校門へ向かうと、バモスくんに乗れなかったユンボくんと小ユンボくんたちが着替えをしている間に追いついて、校門の外で待っていてくれた。


「豆蔵くんと定吉くん。さっきは本当にありがとう。お礼にランチおごるよ」


 冬凪が、なんだか懐かしげな名前で二人のことを呼んだので、


「豆蔵くん?」


 冬凪が指さしたのは、頭を掻いている天つく背丈のユンボくんだったので、


「定吉くん?」


 あたしが、武者髭の奥で戸惑った表情の小ユンボくんを指さすと冬凪が肯いた。


 豆蔵くんと定吉くんが隊列のように冬凪とあたしを前後で挟んで辻女を出発した。


冬凪が、


「豆蔵くんと定吉くんは何が食べたい?」


 と前を行く豆蔵くんに声を掛けると、


「「肉」」


 と二人そろって返事をした。


これはバイパスのヤオマン・BPCビーフ・ポーク・チキンに行くことになりそう。


 どうして二人が冬凪のSPをしてくれているのかは知らないけれど、バス停までの道のりもこんな強そうな二人に守られていると思うと安心だった。


でも銃刀法大丈夫なの? と二人の腰にぶら下がった細身の刀を見ていると冬凪がそれに気がついて、


「あ、これ? 新月刀とかシャムシールとかっていうアラブの武器だよ」


 武器の名前を知りたかったわけではなかったけれど、アラブと聞いて二人ともに彫りが深くてガタイがいい理由もそこなのかもと想像した。


「捕まらないの?」


「武器所持のこと? 『スレイヤー・R』のプレイヤーだって言えば大丈夫」


 そんなもんなんだ。とことん辻沢だな。


 バス停につくと冬凪が、豆蔵くんと定吉くんにゴリゴリカードを渡した。


そのうちの一枚に辻女の夏服バージョンがあったので見せてもらった。


プリントされていたモデルは辻川ひまわりだった。


「これって、辻川ひまわりだよね」


 冬凪にゴリゴリカードを見せて言うと、


「あたしはエリさんに似てると思った」


 と返された。


もともとエリさんと辻川ひまわりは同一人物なので特に問題はなさそうだけど、あたしには絶対にエリさんには見えないという点が引っ掛かった。


もちろん冬凪は今の辻川ひまわりに会ったことがなさそうだ。


だからエリさんと言っているとも考えられるけれど、もっと根本的な問題があるような気がした。


つまり冬凪とあたしとでは人の見え方が違うということ。


そしてそのことが、辻川ひまわりがあたしにだけ会いに来たことと何か関係があるんじゃないか。


 バス停に並んでいても、辻バスに乗っても人の注目を集めるのは偉丈夫という言葉がぴったりな豆蔵くんと定吉くんだった。


ただ、豆蔵くんはバスの天井の出っ張りに頭をぶつけて悶絶していたし、定吉くんは座らなきゃいいのに一人用の椅子に腰が挟まって藻掻いていた。


二人を見ていると男性の生き辛さを体を張って表現しているようで切なくなった。


〈♪ゴリゴリーン 辻バスをご利用いただき誠にありがとうございました。次は終点、辻沢駅です。『ゴマスリで町おこし』辻沢町へまたの御訪問よろしくお願いします〉


「ゴマスリで町おこし」っていうのは、18年前の辻沢町のキャッチフレーズらしく町中あちこちにのぼりが立っている。


ゴマすりに使う擂り粉木が特産の山椒の木っていうところからの発想らしいのだけれど、マジ、それでいいのかって思う。


 ヤオマン・インに着くと、豆蔵くんと定吉くんにはロビーで待っていてもらって冬凪とあたしは部屋に戻った。


とにかくシャワーを浴びたかったから。


簔笠男たちが残していったのは歯形だけでなく、その周りについた涎、もう乾燥してカピカピになった粘液だった。


それを取り除かなければ着替えをしただけでは気持ちが悪くてしかたなかったのだ。


あたしより断然かまれた箇所が多い冬凪が先で、次にあたし。シャンプー&トリートメントしてようやくゴワゴワ髪も元通り。


下着も替えてお借りした制服をもう一度着ようとすると冬凪が、


「夏波は休んでていいんだよ。二人はあたしが連れて行くから」


 と言ってくれた。けれど、


「もう大丈夫。一緒に行く」


 正直、焼き肉は食べたかったから制服を着て部屋を出た。


 ロビーに下りると、豆蔵くんは長ソファーにふんぞり返って大いびきを掻いて寝ていた。


定吉くんを探すと、床に這いつくばってプランクを実施中。


筋肉増強に余念がない人のよう。


「お肉食べに行くよ。定吉くん、豆蔵くん起こして」


 冬凪に言われて、定吉くんは無言のまま豆蔵くんに近づくと、口まねで起床ラッパの音を奏でた。


すると豆蔵くんは、天井にぶつかるかという勢いで屹立し背筋を伸ばしきって敬礼したのだった。


 ヤオマン・BPCへ行くバイパス線はすぐに来た。並んでいるのはおばあさんが一人だけ。


冬凪とあたし、豆蔵くんと定吉くんとが続いて辻バスに乗り込んだ。


〈♪ゴリゴリーン。辻バスにようこそ〉


 豆蔵くんは再びバスの天井の出っ張りに頭をぶつけ悶絶し、定吉くんはまた一人用の椅子に腰をはめ込んで藻掻いていた。


まったくもって切ない二人なのだった。

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