第28話 旧町役場

 町役場に着いたと思ったら、バモスくんは道の反対にあるコンビニの駐車場に入った。


「買い物していこう」


 バモスくんを停めて3人で店内に入る。


〈♪ピンポロローン〉「いらっすぁすぃー」


 お、ここは♪ゴリゴリーンじゃないんだね。


コンビニの中は物で溢れていた。


窓際には紙雑誌の棚があって、3列ある棚には日用品や食料、奥のガラスケースの中には飲み物が並べられてあった。


あからさまな物量推しにタジタジとなる。


「冬凪、ここで何買うの?」


「お菓子とかジュースとか。夏波も好きなのこのカゴに入れたらいいよ」


 冬凪はオレンジの網カゴを持っていた。


なんで? とわからない顔をしていたようで、


「これに棚の品物を入れて、あそこにいるお兄さんに会計してもらうんだよ」


 マジか。


リング端末使えないコンビニなんて初めて。試しに品物に近づけてみたけれど、なるほど普通ならチャリンとかいうのに何の反応もなかった。


18年前って不便だったんだ。


 とりあえず食べたいものを買おう。


でも、ドクダミケーキとか、タンポポコーヒーとか、スカンポサラダとか、混ざってる系のが多い気がする。


どれも雑草、正直食べたいと思わない。


「あたしこれにする」


「ドカ盛り白桃ゼリー。いいね。やっぱ雑草は避けたいよね」


「なんで雑草のが多いの?」


「このころブームだったみたいで」


 そうなんだ。全く廃れたね。


そういう時期があったのすら知らないし。


 生まれて初めてのお会計コンビニ体験を冬凪にやらせてもらった。


「すぷにれむぃすぃかー」


 は?


「すぷにれむぃすぃかー」


 は?


「ください」


 冬凪が返事してくれた。


すると店員さんは手元からプラスプーンを出して袋に入れた。


「ななくぬなじうえぬりすー」


 は? 


「ななくぬなじうえぬりすー」


 は?


 とやっていると、また冬凪が小銭を出してくれた。


値段言ってたのね。


結局あたしは何も出来なかった。


〈♪ピンポロローン〉「あいがっすぃー」


 外に出ると通りをバスケのユニフォームを着た子が歩いていた。


よく見ると辻女のユニホームだ。


後輩? いや大先輩なんだったと思いながらバモスくんのところに戻った。


「もしかして18年前って言葉通じないの?」


「まさか。あの店員さんはギャラクシー方言話すって有名な人」


 よかった。それならなんとかこっちでも生きていけそう。


……。


いやいや帰るから、あたしたちの辻沢に。


え? 帰れるよね、冬凪?


〈♪ピンポロローン〉「あいがっすぃー」


 ギャラクシー方言の店員さんの声が聞こえて鞠野教頭先生がコンビニから出てきた。


両手にビニル袋いっぱいの品物をぶら下げている。


そしてあたしの後ろの荷台にそれを置いてから運転席に乗り込むと、


「全速力で行きましょう」


 もう誰も信じてないことを口にした。


 バモスくんは道を横切りそのまま町役場の正面を通って奥の駐車場へ入った。


その先に見える木々の影に見覚えがあった。


六道園だ。


あたしはバモスくんが停まるのも待ちきれずに飛び降りると六道園の遊歩道へと走った。


「夏波どこへ?」


 という冬凪の声が聞こえたけれど、返事をするのも忘れて中に入った。


そこにあったのは、十六夜とあたしが苦労して作ったゴリゴリバース内のものとそっくりそのままの六道園だった。


風に松の枝が揺れている。


水面に小波が立っている。


違和感があるとしたら、いつもかいがいしく働いているゼンアミさんたち庭師AIがいないことくらいだった。


「そうか。六道園プロジェクトの」


 冬凪が垣根の向こうからあたしに声を掛けてきた。


「うん。実物が見られるなんて思ってなかった。急ぐよね、一周だけしてもいい?」


「いいよ。先生に言ってくるから。ゆっくり見て」


 そう言うと冬凪は垣根から姿を消した。


 ぱっと見ただけだけど、足りない所や間違っているところはなさそうだった。


あと少し。あと少しで完成するんだ。


改めてあたしは、その時、その現場に十六夜と一緒にいたいと思った。


 六道園から出ようとしたとき、何かが気になって足が止まった。


けれどそれが何かが分からない。


もう一度じっくりと六道園を歩いて調べたかったが、鞠野教頭先生たちは駐車場の向こうであたしが行くのを待っている様子だし諦めることにした。


それでリング端末でスキャン映像を撮っておこうとしたらまったく機能しなかった。


そうか、18年前はリング端末の帯域もなかったんだ。


 町役場の正面に回ると、頭の上に覆い被さるように銀色の大円盤が見えた。


「あれって?」


 と冬凪に聞いたつもりだったけれど鞠野教頭先生が答えてくれた。


「議事堂だよ。あそこで町会議員たちが会議をするんだ」


 それに続けて冬凪が言った。


「というのは建前で、深夜にヴァンパイアたちが集まって六辻会議が開催されるんだよ」


 鞠野教頭先生はそれを聞いていたのかいないのか、さっさと玄関ロビーの中に入っていってしまった。


冬凪とあたしもその後について行く。


ロビーは植物園のように天井や壁がガラス張りで、見上げると大円盤の真下にいることが分かった。


たしかあれがここに落ちてきて町役場は倒壊したのだった。


そう思うと一瞬でもとどまりたくなくなった。


エレベーターホールへ向かう二人を追いかけて行くと、正面にある巨大な張りぼての樹木が目にとまった。


テーマパークにあるのと同じ素材のようだった。


「これは宮木野のお墓を現わしていてね。山椒の木の下で死んだとされてるから、ほら」


 と鞠野教頭先生が指さした木の根元には、寝そべった和服姿の女性の銅像が置かれてあった。


目をつむり手を胸の上で組んでいて、確かに亡くなっているように見える。


その横に説明用のプレートがあった。


読むと、


「遊女宮木野。わがちをふふめおにこらや」


 とある。


意味はよくわからないけれど、ここにも鬼子だった。


鬼子とヴァンパイアの始祖である宮木野にどんな関係があるのだろう?


それをあの二人に聞いていいものか。


ヴァンパイアはまだしも鬼子のこととなると、悩む。


 三人でエレベーターに乗り込むと鞠野教頭先生が最上階ボタンを押した。最上階には議事堂と町長室がある。


どちらに行くのか気になって、


「これからお会いする方はどちらに?」


 と聞いてみた。


〈♪ゴリゴリーン。ドア閉まります〉


 ここは♪ゴリゴリーンって言うんだ。


ガラス張りの展望エレベーターが動き出す。


「町長室だよ」


 ということは町長に会いに行くのか。


「今の町長さんって誰ですか?」


 18年前といえばあたしが生まれた頃でまったく知らなかった。


「辻川町長だよ」


「え? 『帰ってきた』辻川ひまわり町長ですか?」


 言っておいてだが、就任時期がおかしい気がした。


すると鞠野教頭先生があたしを驚いたような顔で見て、


「辻川ひまわりさんを知っているとは。でも彼女はまだ高校生だし、いや、だったし、今も行方不明だから、それはないな」


 と言った。 


「辻川雄太郎町長。辻川ひまわりさんのお父様」


 そうか。


「でも、今日会うのはその人じゃないよ」


〈♪ゴリゴリーン。最上階です〉


 エレベーターが止まって扉が開くと、そこに上下真っ黒のスーツスカートを着た女性がお辞儀をしていた。


「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました」


 と頭を上げた人は、長い黒髪に血の気のない顔色、金色のカラコンをして、真っ赤な唇にうっすらと笑みを浮かべている。


あたしはこの人を知っていた。


「辻川ひまわり町長!」


 と言おうとしたら、


「はじめまして、私、広報兼町長室秘書のエリと申します。どうぞこちらへ」


 と全く別の、しかも倒壊事故で亡くなるはずの人の名前を口にしたのだった。

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