第25話 土山を築く
朝ごはんを食べた後、バイトへ行く支度をしながらどうして辻女の制服を持っていくのか冬凪に聞いた。
「昼休みに挨拶に行くからだよ」
なんか近場みたい。高校に行くのではなさそうだ。他に制服着るのはテーマパークかお葬式かVIPに会う時だけだから今回はきっと、
「えらい人?」
「まあ、えらいと言えばえらいかな」
「誰。あたしが知らない人?」
「夏波も知ってると思うけども。まあ、会ってからのお楽しみ」
冬凪はそう言うと、先週よりもでっかいリュックを担いで玄関へ出て行った。それ何入れてる? 雪の中でビバーグでもする気?
クーラーボックスを抱えて外に出ると、とんでもない暑さだった。予報では最高気温27度、最低気温21度で雨は降らないそう。リング端末を見ると体感温度が25度と出ていた。太陽に対する遮蔽物の全くないあの現場で熱死しないことを祈るのみだ。
辻バスは涼しかったので辻沢の駅までで掻いた汗は引いていたのに、現場まで歩いてくるので大汗になった。女子更衣室になっているハウスで作業用の服に着替えて、朝礼まで待機する。
「あれ? ナミちゃん。今日来たの? 休みじゃなかった?」
ティリ姉さん、もとい江本さんに言われた。
「はい。そうなんですけど、冬凪に強引に連れてこられました」
「ナギちゃんってば、ナミちゃんとお仕事できるのがホントにうれしいのね。前々から言ってたのよ。うちの姉はとっても可愛くて、頑張り屋さんなんですって、いつか一緒にこのお仕事できたらいいなって」
そんなこと冬凪に言われたことなかったのでポカンとしていると、冬凪が走って戻ってきたかと思ったら、ものすごい力で腕をつかまれてハウスの陰に連れて行かれた。
「ほら。あるじゃん。話のついでにあることないことをさ」
何を焦ってるんだ? ほっぺが真っ赤だぞ。あたしは冬凪の肩をポンとたたいて、
「いいよ。その気持ち、受け取っとくよ」
「な、なに言ってるの? そんなんじゃ」
あたしは冬凪をそこにおいてきぼりにして朝礼の輪に加わった。いつも教えて貰ってばかりの冬凪から一ポイント奪取した感じで悪い気はしなかった。
皆さんで準備体操を念入りにやってから赤さんが、
「おはようございまちゅ。朝礼はじめまちゅ」
まだ言ってるよ。早く気づけ、この空気。赤さんからは今日の仕事内容と人員配置の伝達があった。あたしは冬凪と二人で、昨日手を付けた遺構の一つを掘り下げるように指示された。その後、佐々木さんから安全管理のお話があった。足下が悪いから十分注意しろとか、重機の稼働範囲内には立ち入るなとかの他は、配布した体調管理機能付の空調服を着ろとか、水分補給は各自できちんとしろとか、気分が悪くなったらすぐに言えとかだった。ベテランの皆さんも、赤さんよりも佐々木さんのお話のほうに真剣に耳を傾けていた。それほど、皆さんにとっても頭上でギラギラしている太陽は厄介な存在なのだろう。
朝礼が終わって皆さんと一緒に道具置き場に向かう。冬凪から、
「あたしが掘るから、夏波は土揚げして」
と渡されたのは橙色をしたポリエチレン製の
「まず道具の説明からするね。あたしが持っているのが?」
「スコップ?」
「でなくて、エンピとミニエンピでスコップって言わないのは、これがシャベルなのかスコップなのかで言い争いが起きるから。というのは半分冗談だけど半分はそうかも。で、夏波が持ってるのが?」
「かまぼこ棒?」
「でなく
「園芸用スコップ」
「ここでは
短めの棒の先に三角の刃物が付いた道具を手にした。
「三角棒? 棒三角かな」
「両刃ね。三角の両方に刃がついてるからだけど、人によってそのまんま三角って言ったりキツネとかガリガリとか言う。地面や地層をガリガリ削って綺麗にする道具。で、これが」
曲がった園芸用スコップを手にして、
「曲り。遺構のへこんだ部分を掘ったり底に溜まった土を掻き出したりする。その代わりにお玉とかも使うことある」
お玉で土掘りって、まるで砂場遊びだな。
道具の説明が終わると、冬凪が腰辺りまで掘り下げた穴の中に下りた。
「じゃあ、縁の所に箕を並べて。そこにあたしが掘った土を入れるから、夏波はいっぱいになったらあそこの
あたしたちがいる穴からそこそこ距離があるところに土の山があったけれど、土を運ぶだけなら楽勝な気がした。
っていうのは甘かった。土の入った箕の重さといったら。冬凪は山盛りにならないようにほどほどに入れてくれるけれども、それでも結構な重さだった。
「ウオリャー!」
つい声が出る。すると冬凪が穴の中から、
「腰で持ちあげちゃダメだよ。すぐ腰悪くするから。下半身全部使ってね」
そういうものか。
この炎熱地獄の中、何往復も運ぶうち、腕はしびれてくるし足がふらついて転びそうになる。それでもフーフー言いながらふと周りを見ると、江本さんが目に入った。江本さんもあたしと同じように他の人の土揚げをしていたのだ。小柄な体なのに二つも箕を重ねて持ち、それでも足取りもしっかりとしていて、堀り手に気を遣いながら空の箕をいっぱいになった箕とを手際よく交換してテキパキとやっていて、流石、あたしとは全然比べものにならない働きぶりだった。少し離れたところではユンボくんと小ユンボくんが穴を掘っていて、それぞれあてがわれた穴の周りに10個近くの箕を並べてそれを次々と土でいっぱいにしている。ユンボくんたちについている土揚げの人たちも休む暇なく土山と穴を往復していた。さすがユンボいらずの二つ名持ちだ。それを見て、あたしもふらついている場合じゃないと早足で土山に行って帰ってきたら、
「マイペースでいいんだよ。他の人は他の人。経験とか体力とか違うんだからね。あと水分補給忘れちゃダメだよ」
と冬凪に言われた。そう言ってくれはしたものの、冬凪の掘るスピードがハンパないってのもあるのだった。
汗が滝のように流れ出し、目に汗が入って軍手で拭いたら土が目に入ってさらに面倒なことになった。目をこするわけにも行かず、一旦ハウスに戻って目を洗わせて貰おうか思案していると、
「小休止しまーす」
と佐々木さんが言った。救われた気がした。穴から出てきた冬凪が、
「どう、土いじると違うでしょ?」
たしかに今の時間、怒濤のように押し寄せる土のせいで他のことは何も考えていなかった。
「うん。確かに。でも」
「そうだよね。気になるようね。やっぱり昼まで待たずに早めに挨拶行こうか」
それであたしたちは更衣室のハウスへ戻って着替えをすることにしたのだった。
ハウスに戻ってまずクーラーボックスから半分凍らしたスポドリを出して二人でがぶ飲みした。体に溜まった熱が一気に冷える感じがして汗が引いていくのが分かった。
「今から出かけるの? 早退ってこと?」
「違うよ。小休止開けに戻って来る」
「小休止って15分じゃなかった?」
「楽勝」
よく分からないけれど、冬凪に言われたので汗になったものを全部着替えてから辻女の制服を着た。着替えを先に済まし外に出て待っていると、後から出てきた冬凪は家から担いできた大荷物を背負っていた。
「それ、持って行くの? あたしもクーラーボックス持ってた方がいい?」
「いらないよ。必要なものは全部この中に入ってる」
そんな大荷物で挨拶って、それってやっぱり
「外出してきます」
あたしたちの格好を見てポカンと口を開けたまんまの赤さんに冬凪が声を掛けた。返事を待たずに出口に歩いて行く途中、冬凪はだれかに向かって手を振った。その先にいたのはユンボくんたちで、向こうは向こうで最初から冬凪を見ていたらしく、ブクロ親方と一緒に手を振り替えしてきた。
冬凪は防護シートの外に出ると、そのまま白いシート壁に沿って歩き出し竹林の中に入って行った。これは先週の土蔵コースと同じだ。挨拶ってもう一人の千福まゆまゆさんにするのかな。それなら前は作業着のまま挨拶したからこの格好は必要ないし。そうかあの先にまだ大御所が待ってる場所があってそっちに挨拶だ。まゆまゆさんのお母さんとか? お父さんとか? そんなことを考えているうち、冬凪とあたしは白漆喰壁と黒漆喰壁の二つの土蔵の前まで来ていたのだった。
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