第24話 あたしは鬼子?
家に帰ると冬凪はお風呂に入っていた。バイトから先に帰ってきていたのだ。晩ご飯の支度をと思ったけれど、今日は色々ありすぎて作る気力がなかったので、異端のソーキ煮そばですますことにした。沖縄ソバではなく日本そばにソーキ煮を乗せるところが異端。ソバを茹でて作り置きのソーキ煮を乗せ、だし汁を掛けるだけで出来るから楽。しかも冬凪の大好物。
ソーキ煮の作り方は、豚の肉付軟骨をぶつ切りにして、ひたひたの水で一時間煮て油を抜く。沖縄ではそれを2回繰り返すらしくその油抜きの徹底ぶりには驚かされる。けれどあたしは一回だけでいいことにしている。ここも異端と言えば異端。ゆで汁を捨てて軟骨を水で洗い汚れを落としたら圧力鍋に入れて、ネギの青いところ、にんじんの捨てるところ、生姜一かけ、ニンニク一かけと一緒に中火の中火で煮る。シューシュー言い出したら中火の小火で残り45分タイマーを掛けて待つ。タイマーが鳴ったら軟骨をサラダ油をひいたフライパンに移し、少し炒めて焦げ目が付いたら、煮汁を入れて蓋をして煮汁がなくなってテリが出るまでひっくり返しながら焼く。軟骨が食べられるくらいトロトロになったら成功。煮汁は泡盛、黒砂糖、みりん、醤油、鰹だし。難点は泡盛がすぐなくなること。隠して置いてもミユキ母さんが見付けて飲んじゃうから。
「夏波帰ってきてたんだ。おお、いい匂い。異端のソーキ煮そばだね」
バスタオルで濡れた髪を拭きながら冬凪がキッチンを覗き込んで言った。
「もっとがっつりしたものが食べたかった?」
一日炎天下で働いてヘトヘトになった後だから。
「ううん。ソーキ煮そばが食べたかった。ガテンは肉好きって思われてるけど、あんがい麺類食べがち」
タンパク質のパワーより炭水化物の瞬発力のほうが肉体労働には必須だからだそうだ。
冬凪はソーキ煮そばをすすりながら、今日の調査のことを話してくれた。レーザー調査の結果が出たんだけどと前置きして、
「石が見当たらなかったんだよね」
日本庭園の遺跡なのに庭石が一個もなかったのだという。州浜などに蒔かれた小さな石はあるのだけれど、中島にあるはずの巨石やアクセントになる庭石の類いが一切ないのだそう。
「何でだと思う?」
「爆発で吹き飛んだんではないよね」
「うん」
「もしその日本庭園が解体されたのなら、庭石は上に建てるものの邪魔になるから撤去された可能性が高いね。他に移すとか、破壊するとかして」
「なるほどね。そういうことか。まあ、明日から中島があった場所を掘るから実際どうかわかるよ」
冬凪は言葉をつなげて、
「で、頼みは何?」
あたしは十六夜の話を切り出すことは考えてはいたけれど、今すぐのつもりではなかった。もうすこし気持ちを整理してからと思っていた。
「なんで頼み事があるって?」
「だって、ソーキ煮そば食べさせてくれる時はいつも何かお願いされるから。この前は、調由香里のこと教えてって頼まれた」
そうだった。それで鞠野文庫で見付けた『辻沢ノート』の著者の四宮浩太郎が調由香里の婿ということが分かったんだった。
「そうだったね」
「で、何?」
あたしは、鬼子のことは言わないことにして、十六夜の家であったことを冬凪に話して聞かした。冬凪はその間ずっと右手の甲をさすりながら下を向いて肯いていたが、
「わかった。その話、引き受けた」
といって顔を上げると目から涙がこぼれ落ちたのだった。冬凪が十六夜のことをそこまで想ってくれてるとは考えていなかったので、その涙を見てあたしもついもらい泣きしてしまった。というか、十六夜のぬけがらを見てからずっと、泣きたい気持ちを抑えていたことに気がついて泣いた。
ひとしきり二人で泣いて、冬凪が、
「ソーキ煮そば、まだある?」
と鼻をすすりながら言うので、
「あるよ。そば茹でればすぐ食べられる」
「じゃあ、おかわり」
あたしは空の丼を冬凪から受け取ると、二杯目のソーキ煮そばを作るためキッチンに立ったのだった。
お皿の後片付けは冬凪がしてくれるというので、あたしはお風呂に入ることにした。湯船に浸かりながら十六夜が
「ボクらは沈まない」
と言っていたのを思い出す。もしボクらというのが鬼子のことであたしも鬼子なら水に沈まないのかもしれない。現に六道園では水の中でも息が出来ていた。ゆっくりお湯の中に潜ってすこしずつ息を吸い込んでみる。
グホグホ。グェーホッ! グェーホッ! グェーフォーイ!
なわけねーだろ。あれはヴァーチャルだから水でも平気だったんだ。あたしが今まで何度水に落ちて溺れかけたと思ってんだよ。
「夏波、平気? ちょっと暴れすぎじゃない?」
ドアの外から冬凪が心配して声を掛けてくれた。
「ごめん。ちょっと滑った」
「頭とか打たなかった?」
「大丈夫」
「ならいいけど」
お湯がだいぶん減っていたためお風呂管理AIが聞いて来た。
〈♪ゴリゴリーン お湯を追加しますか?〉
「いや、いいよ。もう出るから」
〈お湯を追加しません。♪ゴリゴリーン〉
肩までお湯がくるように湯船の底に背中を付けた。あごが胸にくっついて窮屈だけれど足を曲げるとなんとかお湯に浸れた。水面に出てるのがおっぱいよりお腹のほうが上というのは無視して再び考える。
十六夜のママはあたしのことを夕霧太夫の片割れだと言っていた。鬼子のエニシとも。やっぱりあたしは鬼子なんだろうか? 冬凪に聞けばわかるかな。でもなんて切り出せばいい?
「あたしって鬼子なんだろうか。冬凪はどう思う?」
聞いたとてなのだった。
服を着ながら洗面所の鏡で顔を見た。鬼子の表情をまねてみたけれど、灰色の皮膚に金色の瞳、口は裂け銀牙がむき出しになっている獣とはほど遠い気がした。目につくのは目の下に隈が出来ていることと頬もこけているような。気のせいかな。
お風呂を出ると冬凪に言われた。
「今日は早く寝ておきなね」
やはり冬凪から見ても憔悴しているのが分かったのだろう。
「そのつもりだよ」
「明日の準備もしてから寝るんだよ。着替えは辻女の制服を用意してね」
ん? 学校に行くって言ったかな。
「明日は部活休むつもりだけど」
「ううん。バイトのこと」
「でも、バイトは水曜からだって」
「大丈夫。行けば何か仕事あるから」
制服の意味がよくわからないけど、冬凪はあたしを現場に連れて行きたいようだった。
「ヴァーチャルの悩みなんて、土をいじれば忘れる」
いつか、あたしがSNSでプチ炎上したしたとき、そういって現場に連れて行ってくれたことがあった。たしかに穴掘ってると炎上なんてどうでもいい気がしたのを覚えている。でも、今回は十六夜のことだ。簡単に忘れるわけにはいかないのだけれど。冬凪を見る。まっすぐな瞳であたしを見ていた。これは断れそうにないな。まずはリハビリか。大人しく冬凪に従うことにしようと思った。
寝る前、ベッドの上からVRギアで六道園プロジェクトにロックインした。また拒否られるかと思ったら、今度はすんなりとアクセスポイントの石橋の上に出た。見回すといつもの美しい庭園で変わった様子はなかった。天蓋を見上げると空のテクスチャーかと思ったら満天に星々が散らばり天の川が美しかった。
「匠の御方。こんばんは」
声がした方を見ると、ゼンアミさんが州浜に立っていた。
「ゼンアミさん。こんばんは。空、変わったんですね」
ゼンアミさんはシルエットの顔を上に向けて、
「そのようですね。『元祖』六道園プロジェクトの消失が関係あるかもしれません」
消失のことを関心なさげにサラっと言った。
「十六夜のことはご存じですか?」
「病に伏せっておられるとか。お見舞いもうしあげます」
口調が冷たく感じた。あたしはゼンアミさんに人の気持ちを期待しすぎなんだろうか?
「今日はちょっと見に来ただけなのでもう帰ります」
「さようでございますか。それではまた」
あたしは操作パネルを表示させてROCKOUTアイコンをタッチした。もとの自分のベッドへ戻る一瞬の間に、VRギアの隙間から星々が散らばる宇宙空間を見た気がした。
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