第17話 六道辻の爆心地

 八月一日。今日からいよいよ六道辻で遺跡調査のバイトだ。外は見事に晴天で気温は朝からすでに26度、日中には35度まで上がると予報が出ている。これから炎天下で穴掘りか。地獄への片道切符を握りしめている気分だった。

「夏波、行くよ」

 冬凪が玄関で呼んだ。クーラーボックスを任されているあたしは、朝用意したおにぎりを六つと冷蔵庫から4リットル分の飲み物と保冷剤を入れて玄関に向かった。一人2リットルの麦茶とスポドリ。半分は凍らしてある。

「本当にこんなに水分補給するの?」

 冬凪は、上は赤い長袖冷感Tシャツにカセンのチョッキを着て、下はワークパンツ姿にゴム長靴を履いてる。Tシャツの色が青ってだけで、あたしと同じ格好だ。違うのは登山用の大きなリュックを背負っていること。その中身は汗拭きタオル十枚と二人分の着替だ。パンツの代えまで入っている。

「死にたくなければね。それとこれがあれば一日働ける」

 と言ってお腹の辺りをまさぐると冬凪の背後からファンが回る音がしだした。

「今世紀最大の発明品、空調服。ガテンの夏のマストアイテム」

 冬凪ってば、ガテンって言ってしまったよ。ヘルメットにツルハシ持たせたらまじ親方だけども。

 バ先の六道辻への行き方は通学とほぼ一緒で片道おおよそ一時間ってところ。N市駅(駅まではチャリ)から宮木野線で辻沢駅、辻バスで辻女前経由の大曲行きに乗って辻女前から3つ目が六道辻だ。

〈♪ゴリゴリーン。次は六道辻。あなたの後ろに迫る怪しい影。降車後は猛ダッシュでお帰り下さい〉

 バスを降りると、すでに空気がむっとしていた。六道辻というだけあって街中からきた道がここで五つに分かれていた。冬凪はその真ん中の一番大きな道を進み出す。あたしはクーラーボックスの重さを肩に感じながら冬凪について行った。

「ここの車内アナウンス、怖がらせすぎくない?」

「『帰ってきた』辻川町長がここで掠われたからね。バス停と、ほらあそこに見えるお屋敷の短い間だったって一緒にいた子が証言してる」

 冬凪の指さした先には竹林に潜むように大きな藁葺き屋根のお屋敷があった。

「じゃあ、あれが」

「そう、旧辻川邸。今は調邸だけど」

「『帰ってきた』のに?」

「縁起が悪いとでも思ったんじゃない? 辻川ひまわりは駅前にあるタワマンの最上階に住んでるよ。まあ、調も辻川も六辻家だし、親戚みたいなものだから」

 元廓の爆心地は前園邸と調邸があったところで被災した調家では双子のお子さんが残されたって高倉さん言ってた。その子たちが住んでるって事か。

 孟宗竹が頭上を覆う竹垣の間の道をしばらく行くと、突然視界が開けて燦々と太陽が降り注ぐ場所に出た。

 爆心地。

 辻沢の長老、千福オーナーが何者かによって爆殺された場所だ。見渡す限りの赤土。巨大なお玉ですくい取られた味噌桶のよう。ここも元廓のように雑草が生い茂る見捨てられた場所だったはずだが、遺跡調査の名目で綺麗に取り除かれたのだろう。野球グランドほどの面積で、周囲は鉄パイプの枠組みに白い防護シートの遮蔽幕が巡らされている。敷地の真ん中あたりに大きな盛り土があってそれを踏みつけるように黄色いショベルカーが日に晒されていた。入り口とおぼしい場所の近くに二軒の簡易ハウスが置かれ、その周りに作業服にヘルメットをした人が大勢たむろしていた。

「藤野冬凪と夏波です」

 冬凪が受け付けテーブルの前で挨拶した。

「ナギちゃん。来たね。そちらが言ってたお姉さんかい? ならきっとナギちゃんレベルで穴掘りできるね。よろしく頼むよ」

 早速、期待値マックスで焦る。

「あたし体力自信ないんだけど」

「大丈夫、最初から穴掘りとかさせらんないから」

 痛った。巨樹にぶつかった。と思ったらでっかいおじさんで、身長はおそらく二メートル超え、肩に担いだシャベルが子供用スコップに見える。

「すいません」

「うー」

 遙か上空からうなり声が降ってきた。簡易ハウスの戸口で冬凪に、

「やっば、でっかいおじさんにぶつかったよ」

「ユンボくんね。あの人おじさんじゃないよ。あたしらと同い年の高校生」

 マジか。

「ちなみにあの武者髭の人も高校生。小ユンボくん」

 ユンボくんの隣に小柄なおっさん顔の人がいた。自衛隊がするような鉄兜を目深に被っていて、着ているスポーツTシャツが筋肉ではちきれそう。

「ユンボ要らずの堀り手だよ。二人ともめっちゃ無口だけどいい人」

 ユンボ、ユンボって。あー、あれのことだ。爆心地の真ん中の黄色いショベルカーが目に入った。

「むしろ、隣に立ってる人は高校生に見えるけどおじさんで、あの二人を雇ってるブクロ親方。池袋? 傘袋? 何袋かは知らない」

 ユンボブラザーズに話しかけている人は、痩せていて顔つきはたしかに若く見えた。

 こう見ると若い人が多いバ先のようだけど、高校生バイトを受け入れているのは辻沢町だけらしく、普通は40代から60代しかいないのだそう。現にここもあたしら以外はみなさん高齢者のようだった。

 冬凪の後から更衣室になっているハウスに入ると、ちっさい女性に声を掛けられた。

「あらー、あなたが夏波ちゃん? 噂どおり可愛い子ねー。ひと夏、一緒に頑張りましょうね」

「こちらは、江本さん。調査のことは何でも知ってる方」

「よろしくお願いします」

「分からないことあったら聞いてね」

「ティリ姉さんいる?」

 外で声がした。

「ハーイ。ナギちゃんいるから大丈夫とー」

 言い終わらないうちに出て行ってしまった。

「あの人はティリ姉さんって呼ばれてて、ほぼ全ての雑用を押しつけられてる」

「ティリ?」

「ユーティリティー。でもあたしたちが呼ぶときは『江本さん』でね」

「了解」

 九時になって集合が掛かった。ハウス前にヘルメットと作業着姿の男性六人、女性五人の作業員が集まった。それ以外のマスクを付けている三名が調査会社の人で、合わせて十四名。全員空調服を着ている。着ない人は作業させるなコンプライアンス発動中のとこと。

「それでは入場説明会を始めたいと思います。私、本調査班長を務めます、アカと申します。赤ちゃんの赤と書きますが、語尾はでちゅとは言いませんでちゅ」

 作業員の中からめっちゃ薄い笑いが起きた。赤さんは小柄で痩せた親方然としたおじさん。

「そして、こちらが副班長で佐々木くん。そっちが記録の曽根くんです。よろしくお願いします」

 佐々木さんは作業服を着慣れた感じの中年男性でさっき受付にいた人。曽根さんは真っ新な作業服を着た若い男性。大学生に見えなくもない。

「「「「「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」」」」」」

 意外にみなさん元気に挨拶。それから順々に簡単な自己紹介があって、

「それでは本遺跡の説明に参りたいと思います。足下に気をつけて付いてきてください」

 赤さんを先頭に全員ぞろぞろと爆心地の中を歩き出した。

「本遺跡は千福家邸跡地庭園遺跡(仮称)といいます。ここは皆さんよくご存じの十八年前に爆発粉砕した千福家の屋敷があった場所です。その後放置されてきましたが、このたび千福家の相続者が新居を造営するに伴い、町の教育委員会から試掘調査の依頼を受け実施しました」

 泥がブーツにこびりついてだんだん重たくなってきた所で、赤さんが、三畳分くらいの縦長に長方形に掘られた穴の前で立ち止まった。

「試掘の結果、いくつかの遺構が発見されまして、まず最初に見つかったのがこのトレンチ穴の底に見えている、遣り水遺構です」

 トレンチとは? この穴のことなんだろうと流す。穴を覗き込むと底に一メートルほどの幅で丸石が敷き詰められてあった。それが穴の上下に渡って続いている。六道園にもこのような遣り水があったのを思い出した。

「室町時代、京都から辻沢に有名な庭師がやてきて作庭をしたという記録が古い資料に残ってました。これまでそれがどこなのか、事実かどうかもわからなかったのですが、今回の試掘でどうやらそれが事実でこの場所であった可能性が出てきたのです」

「すごい発見ですね」

 うしろのほうからおじさんが声がした。そうかすごいことなんだ。

「そして、あちらのトレンチ穴からは州浜遺構が発見されています」

 少し離れた試掘跡を指しながら説明したのだった。そのあと、さらに重くなる長靴を引きずりながらトレンチ穴を見て回って、

「今後は今ご覧いただいたトレンチ穴を拡大する形で作業したいと思っています」

 現場説明は終了。

 ハウスに戻って入場説明証明書にサインをして休憩となった。十時半だった。

「夏の間は、四十五分働くと十五分の小休止が入るんだけど、今日は作業でなかったからね」

 と冬凪が申し訳なさそうに説明してくれた。

「このあと穴掘りなの?」

「違うと思う。多分ハウス周辺のお掃除」

 休憩が明けて、ハウスの後ろに積まれた雑草の山をゴミ袋に詰めて防護シートの外に出す作業をみなさんでした。その量は巨象の食餌一年分ぐらいあった。

「ここに置いておくとゴミ運搬車が持って行ってくれる」

 のだそう。

 夏の太陽が頭上にあってじりじりと圧を掛けてくる。隠れる木陰もない場所で、雑草をゴミ袋に詰め数メートル運ぶだけで大汗だ。頭を下げるとヘルメットから汗が滝のように落ちてくる。みなさんも顔を真っ赤にして作業をしていた。そんな中、やはり活躍したのはユンボブラザーズで、胸いっぱいに抱えた雑草を腕力で圧縮しゴミ袋に詰めては防護シートの外に放り投げるを繰り返していた。おかげで作業は進み、雑草の山の三分の一が片付いた。

「お昼でーでちゅ」

 懲りない赤さんの号令でみなさんからほっと声がもれた。

 冬凪とハウスに戻り、凍らしておいたスポドリをがぶ飲みする。喉に落ちて冷たさが胃に至るまでに体の熱気を奪って、火照った体が一気に冷えるのが分かった。ここに来て大量の飲料の必要性を実感する。必要なのは水分でなく低温だったのだ。

 汗になった長袖Tシャツや下着を着替え、ほっと一息。用意したおにぎりを食べる。

「足りなくない?」

 朝、少なすぎるかなと思って冬凪に聞いたのだったけれど、

「用意して貰っても食べられないから」

 と言われてたのだった。全部食べられる気はしたけれど、あの炎天下の中で作業して吐かないか心配になって一つ残した。

 休憩は40分以上残りががあった。散歩でもしようかと、

「挨拶しに行こう」

 と冬凪から誘われた。誰に? と思ってついて行くと防護シートの外に出て行く。道に出るかと思えばそうでなく防護シートに沿って歩きだした。そのまま千福家の敷地内の竹林に入って竹の枯れ葉を踏んで行くと緑に染まった空間があって冬凪はそこで立ち止まった。

「爆発の時に残った建物だよ」

 それは白い漆喰壁のと黒い漆喰壁のと二棟の土蔵で、どちらも屋根には雑草が生え、壁はとこどころ剥げ落ちなまこ壁も崩れて、中の土や竹格子がむき出しで今にも崩れそうなものだった。

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