第10話 アワノナルトのイザエモン

 もう下校の時間だったけど部室に寄ることにした。鈴風が残っていたら一緒に帰ろうと思ったからだ。部活棟の廊下を折れると、突き当りの園芸部の部室に明かりがついていた。鈴風いるみたい。

〈♪ゴリゴリーン。夏波、お帰り〉

 なんでかあたしの時だけ呼び捨てのタメ口。きっと生徒管理AIはあたしをナメてる。

 中に入るとVRブースから紺のセーラー服の長袖が見えた。鈴風まだロックインしてる。外部モニターを見ると、六道園プロジェクトではなくVRゲームの画面が映し出されていた。鈴風がプレイしているのは流行りのVR戦闘ゲームだった。動作投影型アバター100人で生残りを賭けて戦うバトロワゲー(バトルロワイアルゲーム)だ。ただ目を疑ったのは、鈴風がとてつもなくうまかったこと。プレイグラウンドに現れる敵を次々に、しかも簡単そうに倒してゆく。無駄のないムーブ、目の覚めるようなエイム。ひょっとして天才なんじゃって思うくらいの猛者ぶりだった。そして最後の一人をあっけなく倒してマッチは終了。ファンファーレが派手に鳴り響き賞賛の言葉が猛烈な勢いでチャット画面を流れていく中、銀髪ロン毛に金色の瞳、真っ赤な唇をした、漆黒のブレザースカート姿の少女が小気味よいダンスを踊り出す。それがこのバトルフィールドを制圧したプレイヤーの姿だった。そしてそのままフェイドアウトしてマッチは終了した。VRブースから排気音がして鈴風がロックアウトする。VRゴーグルを外しブースから身を乗り出してあたしに気づくと、慌てた様子で、

「あ、夏波センパイ。すみません。ちょっと別のこと、あたし」

 と謝って来た。園芸部ではプロジェクト以外のロックインを禁止しているわけでもないし、息抜きにゲームをしてても別に誰も咎めはしない。だから、

「別にいいよ。ゲームしてたって」

 そういえば鈴風は、最初にゲーム部に入るか園芸部に入るか迷っていたって十六夜が言ってたな。おそらく十六夜の強引な勧誘に負けて園芸部に決めたんだろうけども。

「いいえ、ゲームじゃないんです。アーカイブ観てたんです」

「じゃあ、あの猛者は鈴風じゃ?」

「あたしじゃないですよ。伝説のゲームアイドル、夜野まひるの…」

 その名前はこの間耳にしたばかりだった。まさか鈴風が瀉血を強要する集団に?

「レプリカゲーマー、アワノナルトのイザエモン」

 じゃなかったみたい。でも、その名はあたしにとってさらに身近な存在だった。

「アワノナルト知ってるよ。それって」

 と言いかけて止めた。クロエちゃんが所有してるeゲームチームの最強クランがアワノナルトと言って、イザエモンとユウギリの二人組だ。けれど、それを知ってることはクロエちゃんに口止めされていたことを思い出したのだ。

「夏波センパイ、コアなゲーマー知ってるんですね。実は夜野まひるのファンだったり?」

「いやいや、偶然なにかで目にしただけだよ。名前だけね」

 実際、アワノナルトに関して詳しいわけではなかった。何となくビジュアルは知ってても、どっちがイザエモンでどっちがユウギリかさえ分からなかった。鈴風の説明によると、アワノナルトのイザエモンというのは、容姿からファッション、プレイスタイルに至るまで、夜野まひるにそっくりで、だからレプリカと言われているのだそう。

「その夜野さんって何年も前に飛行機事故で」

 あたしがそう言うと、鈴風にはめずらしく興奮した様子で、

「そうなんですよ、今も行方不明なんです。だから彼女はレプリカなんかじゃなくて…」

 と言いかけたのだけど、急に両手で口を押さえて下を向いてしまった。

「どうしたの?」

「いえ、なんでもありません」

 顔を向けた頬は真っ赤だった。あたしはそんな鈴風を観たことがなかったので何も言えなくなってしまった。そのまま無言の時間が通り過ぎて行った。窓の外は日が傾き裏山の森が赤く染まりはじめていた。

「帰ろうか?」

「はい」

 VRブースをスリープさせ戸締まりを確認して一緒に部室を出た。

〈佐倉鈴風様、さようなら。夏波、じゃあね ♪ゴリゴリーン〉

 とっくにあきらめてるけど、この差別はいったい?

 数十分後、鈴風とあたしは、紫の夜が夕日をおしやり行き来する車がライトを点灯し始めた通りのバス停で、駅に向かう辻女生の列の先頭にいた。前のバスが満員になって一本やり過ごしたためだった。

「辻沢駅行きのバス、来ましたよ」

「それほど待たなくてよかったね」

〈♪ゴリゴリーン 辻バスにようこそ〉

 一番後ろの席が空いていたからそちらに向おうとすると、鈴風が、

「そこ座んないほうがいいです」

 と言ってあたしの腕をとって止めた。そういえば立っている人もいるというのにそこだけ誰も座っていず、変な感じだった。クーラーの風が当たってあそこだけメッチャ寒いか、座席におゲロ様でも憑いてるんだろう(笑)。

 あきらめてつり革につかまることにした。バスは辻沢駅に近づくにつれ混んできたけれど、その席に座る人は誰もいなかった。

 鈴風とあたしはバスの揺れを感じ窓外を流れる街並みを眺めながら六道園プロジェクトのことを話していた。すると、

「最近、女子の間で血ぃ出すやつ流行ってんじゃん」

 後ろのほうから声が聞こえて来た。振り向いて見ると、さっきまで空いていた席に三人の女子高生が座っていた。三人とも成工女の制服をレトロな感じで着ている。何故だかあたしは彼女たちから目が離せなくなった。

「瀉血な。リスカっぽいやつ」

 リスカって、最近聞かない言葉。

「そう、それ。あれって実は志野婦がやらせてるらしいよ」

「は? なわけねーしょ。志野婦は神様だし。そもそも生きてねーから」 

「だしょ。それがさ、本当はヴァンパイアで若い子の血を欲しがってるって」

「はあ? それはツリだわ」

 ツリ? ホラってことかな。

「いや、マジでマジで」

「ツリツリ。そんなでっけー釣り針、ウチ引っかかんねーから」

「ツリじゃねーて」

「てか、ミノリ。ほっぺのホクロからぶっとい毛ぇ生えてっから」

「マジで? ヤバ。そんなギャルありえんって。カエラ、鏡貸して」

 そうギャルだよ。この子たちのファッションって。世代ならガルルって言うはずだけど。

「はいよー、鏡。それ、志野婦が復活するためらしいよ」

「ありがと、あ? カエラなんて言った? アイリどこよ、どこに生えてんの?」

「うっそー。だまされてんのー」

「こんの。テメ、コロス」

「テメーが、クソねたブッ込むからだろ!」

 あーあ、猫パンチ合戦始めちゃった。

「今の見た?」

 鈴風に振り返ると、見ていなかったようでさっき話していた時のままの笑顔で外を見ていた。あたしもその視線を追って窓の外を見るとやけに無表情な景色が流れていた。バスの中の音も遠くのほうから聞こえてくるようで、まるであたしだけが別の空間にずれてしまったような感じがした。

〈♪ゴリゴリーン 間もなく辻沢駅、終点です。お降りの際は、来し方を振り返りませんようお願いします。辻バスをご利用いただき、ありがとうございました〉

 バスが駅のロータリーを旋回しはじめた。その時になってようやく他のお客さんのざわざわ声もはっきりとしてきた。

「夏波センパイ、降りますよ」

 鈴風が出口に向かいながら言った。あたしはアナウンスの忠告を無視して、後ろの席を振り返って見た。

 そこに三人の姿はなかった。

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