第6話 人柱

 リビングの窓からは庭一面に咲いたマリーゴールドが橙色の絨毯を敷いたように見えていた。毎年この時期になるとミユキ母さんが近くのヤオマンホームセンターで株をたくさん買ってきて植えるのだ。早くに亡くなったお姉さんのためって聞いたけど、ミユキ母さんもお仏壇に飾られてるおばあさんの養女だというから、あたしと冬凪のように血のつながらない姉妹のはず。つまりここは代々こうした者同士が肩身を寄せ合って暮らしてきた家なのだ。あるときミユキ母さんにどうしてあたしたちを養女にしたかを聞いてみたら、いつものやさしい笑顔で、

「施設であなたたちに初めて会った時とっても可愛くて、つい」

 と言った。冬凪と二人で、それってイッヌやヌコの時のリアクションじゃね? って言い合ったのはさておき、ミユキ母さんには子が生せない理由があるのは分かっている。それはパートナーが女子だから。なかなか家に寄りつかないクロエちゃん。N市で一番流行ってるガルバ「Reign♡in ♡blood」の経営者で、趣味で所有してるeゲームチームについて世界中を飛び回ってる人。因みにR♡I♡Bは女の子専用で、お客さんはちろんスタッフもみんな女の子だ。一度だけ、ミユキ母さんに内緒で行ったことがあるけれど、派手さのない癒やしの空間にきめ細やかで思いやり溢れるサービスをしてくれた。その時同伴してくれたクロエちゃんが、

「リアルな人間関係に疲れた女の子がファンタジーを求めてリピートする」

って言ってて、なるほどなって思った。

 庭のマリーゴールドからとりとめも無く連想を続けていると、クロックムッシュでお腹を満たした冬凪が、手にしたカップの中を指しながら、

「シナモン?」

 と聞て来た。カプチーノはとっくに冷めてしまっているだろう。

「山椒嫌い?」

「嫌いじゃないけど摂取すると夢見が悪いから」

 まさか冬凪も白馬の王子の夢、見てないよね。 

「シナモンだよ」

 それを聞いてから安心した様子でカップを口に持って行ったのだった。

 シナモン付き牛乳ひげをはやした冬凪に、

「ゼンアミさんがさ、人柱に辻沢の鬼子を使うって言ったんだよね。何のことか分かる?」

 と聞いてみた。冬凪はあたしの顔をじっと見つめたまま、しばらく何事か考えている風でいて、ようやく目の前の何かを振り払うように頭を振ってから、

「人柱なら、ちょうど今読んでる本にこんなのが出てたよ」

 と手にした紙本の緑の付箋をしたページを広げて見せてくれた。

「この本は?」

「第二次世界大戦後すぐにN市で土木会社を創業した山田惣太さんという人の手記でね、創業までの若いころのことが書いてある」

 と、それを冬凪から渡された。あたしは紙本を手に取るのは久しぶりだった。薄かったが持つと本に重さがあることを想い出した。ざらざらした土色の生地の表紙につるつるの金文字で『土と共に五十年』山田惣太記とある。その文字を指で撫でると何かが本から伝わってくるようだった。

「この惣太さんが人柱を埋めたの? 現代人だよね。そうか、昭和のころはまだ」

「まさか。そういうことじゃないよ」

 中身を読むと冬凪の言いたいことが分かった。

 昭和の始め、ある農村の橋の工事に従事したが、軟弱な地盤と頻繁に起こる出水のために基礎が何度も流されて工事が難航した。繰り返すやり直し工事に資金も尽きて工事自体を放棄しようというところまで追い詰められてしまっていた。そんな惣太さんを助けるため奥様のヨネさんも故郷の親戚に6人の子供たちを預け、乳飲み子一人連れて飯場に住み込み、飯の炊き出しや洗濯などの手伝いをしていたのだった。ある日の休憩時、一天俄に掻き曇り大粒の雨が降って来た。その時、干していた作業員の洗濯物を取り込もうと外に走り出したヨネさんを落雷が直撃する。おんぶしていた娘ともども即死だったそう。突然の不幸に落胆する惣太さん。六人の子供たちに母親と妹の死を報告するため一旦は田舎に帰ったけれどそれもつかの間、工事現場に戻り破綻覚悟で作業を続けることにした。ところが、それからというもの嘘のように出水もなくなり工事も順調に進んで橋は工期ぎりぎりで見事に完成した。農村の人たちはそれを母娘のおかげとし、有志の女性たちの発案によって橋のたもとにお地蔵さんを建て「母娘ははこ地蔵」と名付けて慰霊碑とした。

「母娘の犠牲で橋が完成する。なるほどこれは人柱だね」

「後付けだけど話柄がね。昔話や口承では、人を生き埋めにしたり水に沈めたようなことが伝わってるけれど、現実にはこういうことだったんじゃないのって思う」

「ゼンアミさんも本気で人を埋める気なんてないって事かな」

「まあ、AIだからリファレンス次第だと思うけども」

 冬凪はそう言うとあたしの手から紙本を取り上げて、

「少し寝る。昨日は徹夜だったんだ」

 と、テーブルの上に積み上げた紙本を抱え、自分の部屋へ戻るため階段を上って行ってしまった。

 人柱のことはともかく、肝心の「辻沢の鬼子」はスルーされたと感じたのはあたしの思い過ごしだろうか?

 二階から冬凪が、

「そうだ。夏休みのバイトどうする?」

「まだ決まってない」

 張り上げ気味で返事をする。冬凪もあたしもお小遣いはもらっていないのでバイトをしなければカフェテラスの10円アイスも買えないのだけれど、学業優先、バイトは長期休暇だけ、がミユキ母さんの方針なので夏休みは大事な稼ぎ時だった。ヤオマンのプロジェクトのほうはロックインできるのはどうせ二時間だけだから夜中に進めるとして、昼間はバイトに勤しむ予定ではいた。あたしには卒業後の起業のため資金を貯めるという目的もあるから今年の夏は多少のハードワークも覚悟していた。

「なら、あたしと一緒に遺跡調査はどう?」

 冬凪は高校入学前の春休みからずっと遺跡調査のバイトをしている。遺跡調査というと園芸用のスコップで遺構を掘って刷毛で遺物を綺麗にする楽なバイトというイメージがあるけど実際は全然違う。基本はユンボ(ショベルカー)で掘った穴に飛び込んでエンピ(シャベル)でドカ掘り、やネコ(一輪車)で土を運んで残土の山を築く汚れ仕事で全般体力勝負。真夏の三五度を超える炎天下でそれをやればまさに地獄のオバーワークなのだという。経験を積んだ冬凪ですら夏は体調管理に神経を使い熱中症対策を万全にすると聞いていたから、

「やめとく。倉庫で仕分けとかの涼しいバイト探す」

 せっかく誘ってくれたのにと少し気が引けたので言葉を付け足す。

「現場は春休みと一緒?」

確か辻沢駅裏のビル建設予定地だったはずだけど、

「ううん新しいところ。辻沢は辻沢だけど」

 冬凪の関心はいつだって辻沢だ。

「六道辻の爆心地跡」

「え? それって」

「そうだよ。千福オーナーのお屋敷があったところ。夏波もどうかなって」

 冬凪のさっきの話で少し興味が湧いたけれど、それだけで炎熱地獄に飛び込むというのは無理だった。

「やっぱ、いいかな」

「そう? 試掘したら室町時代の遺構が出て来たんだって。日本庭園の」

「やります!」

「現場への入場説明会は八月一日(いっぴ)だから、よろ」

 こうしてあたしの夏のバ先は辻沢の六道辻の遺跡調査現場ということになった。

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