第5話 ヴァンパイアの実在

 夜通し「辻沢の鬼子」で検索しまくったけど結局分かったのは、

「牙(時に角)が生えて生まれた赤子のことを言い、多くは縊り殺されるか辻に捨てられ生き延びた者も浮浪の生を強いられる」

といった民俗学者による鬼子の一般的な説明ぐらいで、ゼンアミさんが言った「辻沢の」っていうバナキュラー(土着)な感じがまったく掴めずじまいだった。

ギュルル。腹が鳴った。時計を見る。七時過ぎてるし。とりま朝メシ。

 リビングに降りて行くと、いつもは朝ごはんの用意をしてくれているミユキ母さんがいず、その代わり学校がない日はたいがい昼まで起きてこない冬凪がソファーに寝転んで紙本を読んでいた。

「おはよ。ミユキ母さんは?」

「大学」

「早くない?」

「会議とかそういうのだって」

 大学って休みとかに会議するんだ。

「朝ごはんは?」

「食べたい」

「クロックムッシュ作るけど」

「異端の?」

「異端の」

 うちではレシピ本通りでないのを異端という。

「頼んだ」

 本を読んでる時の冬凪はいつもこんな感じで素っ気ない。

 食材棚からホワイトソースの元を、冷蔵庫からハーフベーコン4枚入り、ピザ用とろけるチーズ、バターと牛乳を取り出す。

 レンジの魚焼きに食パンを二枚入れて八分間中火で焼く。その間にフライパンでベーコンに火を入れながら、片手鍋でホワイトソースの元を一欠けミルクで溶いてバターを入れ、とろとろになるまで練る。ネットで見たレシピだと小麦粉と牛乳とバターからベシャメルソースを作るとあったけどこれで省略。ここが異端。ベーコン(普通はハム。ここも異端)が焼けたら(カリカリにする人いるけど、あたしも冬凪も焦げないほうが好き)キツネ色になった食パンの片方に乗せる。食パンの両方に上からホワイトソースをまんべんなく掛けてピザ用とろけるチーズをいっぱいのせる。オーブントースターに入れ、表面に焦げ色がつくまで焼く。焼けたら取り出してベーコンを挟む形で二段にした上で三角に切って一つずつお皿に盛って完成。それをソファーで寝そべっている冬凪に渡すと、冬凪はお皿を受け取って、

「あざす」

 本から目を離さないままラッコのようにお腹にお皿をのせてクロックムッシュを手掴みした。

「あっち!」

 そうだろうともよ。

「これ巻いてたべよ」

 ちぎったアルミホイルを渡す。

 後片付けしながら、ミユキ母さんご自慢のエスプレッソマシン(冬凪とあたしでお金を出し合って去年のお誕生日に買ってあげた)でカプチーノを二カップ作り(シナモンで!)、トレーにお皿と一緒にのせて、

「ここ置くね」

 あたしも冬凪と一緒にリビングのテーブルで朝ご飯する。

「おいしい?」

 異端のクロックムッシュにハフハフしながらかぶりつく冬凪に聞くと、

「ぜっふぃん(絶品)!」

 よかった。

 あっという間に食べ終わって、こぼれたチーズとホワイトソースを嘗めとろうとしている冬凪からお皿を奪いカプチーノのカップを渡す。

「冬凪は今、何の調査してるの?」

 我ながらおいしくできた異端クロックムッシュに齧り付きながら聞いてみると、

「十数年前の役場倒壊事故とその周辺で起きた辻沢町要人連続死亡事案について」

 論文のタイトルみたいな返事が返って来た。役場倒壊事故は園芸部の現プロジェクトがそれを契機にしているのであたしも知っている。

「事故で亡くなった人って辻川元町長と町長室の女性秘書以外にもいたの?」

 発生した時間が深夜だったため犠牲者は町長室にいた二人だけだったそう。

「あの事故の前後でね」

「前後?」

 冬凪が人差し指と親指でL字を作ってあごに充てた。長話をするときは必ずこのポーズになる。

「辻沢町の町章って木の芽に六つの山椒粒があしらわれているでしょ」

 そうだっけ? だけどとりあえず、

「う、うん」

「あの山椒粒の由来が六辻家っていわれる辻沢の六つの旧家なの。その筆頭が調家なんだけど、そこのご当主の調由香里という人が自宅で首無し死体となって発見された。それが四月。役場倒壊事故で辻川元町長が亡くなったのが七月。その日の未明に辻沢の旧家が集まる六道辻で、今はヤオマンに吸収合併されたけど、もとは辻沢の地所をほぼ手中に収めてた辻沢建設の千福オーナーが亡くなってる。当時の辻沢の長老ね。それから二か月後の九月に辻沢のお屋敷街の自宅でヤオマンHD前会長が亡くなった。調家の奥様以外は事故扱いだけど、千福オーナーもヤオマンHD前会長も家ごと吹き飛んだんだって。どっちの現場も今も残ってて爆心地って呼ばれてる。役場の倒壊事故もその前に町長室の下にあった議事堂が爆発炎上したことが原因という報告がある。まるで爆弾でも仕掛けられたみたいにね。これらが半年の間で起こったんだから何かあると思わないほうがおかしい」

 亡くなったヤオマン前HDの会長って現会長のダンナさんで十六夜にとっては義理のお父さんだ。けれど十六夜がお父さんの話をしているのを聞いたことがなかった。

それにしても、なんで冬凪がそんな調査をしてるのだろう。

「それって警察案件なんじゃ?」

「犯人を捕まえるのなら警察の仕事だけど、あたしの興味はその事件や事故が起こった社会的背景なんだよね。ほら、交通事故だって、たまたま事故現場の手前に空き缶が転がってて、それを避けようとしたのが車線変更のきっかけだったんだけど、結果急な割り込みになって後ろから来たトラックがよけきれずに追突事故になっても、空き缶がどうしてそこにあったかって問題にされないじゃない。それを視点を変えると、その辺りは町の若者がたむろする場所で、毎夜路上パーティーが行われててそれで空き缶がって場合あるよね。当然それは捜査ではスルーされる。で、あたしたちのような変な人が、切り捨てられるそういうことから事件や事故の発生状況を再構築するんだよ。すると意外な事実が見えて来るってわけ。こういうのをインシデント&アクシデント・エスノグラフィーっていうんだ。略してシデント・エスノ」

 キマッタ! じゃないから。

 冬凪は、大学でフィールドワークを教えるミユキ母さんの影響もあって、中学生のころから辻沢をフィールドに調査をやってる。高校に入ってからはミユキ母さんの大学の授業に出席して調査報告もさせてもらうようになってて、将来の進路は当然社会学者か文化人類学者で、ゆくゆくはミユキ母さんの研究を継ぐ気でいる。

「じゃあ、この要人連続死亡事案は何が切り捨てられたの?」

 そう聞くとソファーから勢いよく立ち上がって、

「ヴァンパイアだよ」

 冬凪の瞳がキラキラしてる。曰く、これらの事件に一貫しているのは辻沢ヴァンパイアの存在で、おそらく彼らの権力闘争が原因なんじゃないか。調由香里の他、辻川元町長と千福オーナーは六辻家の人、ヤオマンHD前会長は前園家に養子に出たけど元は六辻家の人。その六辻家というのは辻沢ヴァンパイアの始祖の二人、宮木野と志野婦の血を引く家系と言われてるから。

なるほど、と言いたいところだけど、ここは言葉が詰まる。だって辻沢のヴァンパイアはあくまで伝承でファンタジーだ。でも冬凪の真剣な眼差しを見ているとそんなことは言えない。

「相手がヴァンパイアなら一層用心しないとね」

「分かってる。忠告ありがと」

 冬凪は窓の外に目を向けて言った。その眼差しはまるで戦地を思い描いてるように見えた。

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