民部大輔の失策(2)

 治部大輔の横逆ぶりは、鎌倉にいる為氏や二階堂一門、四天王の耳にも届いてきた。普段は、一門衆や四天王は岩瀬の地に代官を送り込み、時折その報告が鎌倉に届けられるのである。

 鎌倉まで聞こえてくるところによると、治部は領地の百姓や町人、もしくはどこからとも無く流れてくる牢人共に、好き勝手に所帯を持たせているらしい。当時、所帯を持つのは領主の許しを得ないと出来ないものであった。それだけではなく、土地の者への恩賞も鎌倉の本家筋に報告することなく、好き勝手に行っている。さらに、兵百二十騎を始め、数多の野伏を須賀川城内に入れて手下とした。その振る舞いは、あたかも須賀川の太守となったかのようである。

 また、鎌倉が決めた数々の法を犯し、奢りを極めて遊興に耽り、増上慢甚だしかった。勿論、その須賀川の評判が鎌倉にいる本家筋の一同にどのような災いをもたらすまでは、考えていない。さらに、式部大輔が亡くなってからの鎌倉の年貢米は、滞ったままである。

 このままでは、鎌倉府から二階堂家が詮議を受けるのは必定だった。先年持氏公についたばかりに、二階堂家は幕府から所領の一部を召し上げられたばかりだった。これ以上、武士の生命線とも言うべき「所領」を取り上げられては適わない。

わしが須賀川へ参ろう」

 一族の意を受けて須賀川に赴くことになったのは、亡き式部大輔の弟君である民部大輔だった。

「あのままでは、為氏殿が蔑ろにされかねぬ」

 兄や甥のためにも、あれ以上須賀川を治部の好きにはさせない。彼は、そう断言した。

 だが、その民部はどこか日和見な部分がある。予てからそう感じていた四天王らは密かに集って、それぞれの家臣を別途須賀川に送り込むことにした。


 須賀川城で民部を出迎えた治部は、好人物そのものだったという。

「やあ。これは民部大輔殿。鎌倉よりはるばるとこのような鄙の地へお出でなさるとは、恐悦至極でござる」

 五十路を迎えようかという民部に対し、対する治部大輔はまだ四十路を一つ二つ超えたばかり。男盛りを迎えており、脂の乗り切った時期である。

(若造が……)

 そう怒りを燻ぶらせながらも、この治部がなかなか頭が廻るのは、民部も認めるところだった。部屋の外で控えている四天王の家来たちの目も気になるところであり、威儀を崩さずに、詮議に移った。

「そなたの振る舞い、鎌倉にも伝え聞こえておるぞ」

 民部は強いて気を強く持ち、声を張り上げた。

「そなたの罪は、全部で五つ。まず第一に、鎌倉へ一言も伝えず、町人や百姓に勝手に所帯を持たせ、岩瀬一郡の主のように振る舞っているそうだな」

 民部の言葉に、治部が目を伏せた。それに気を良くして、民部は次々と罪を並べ立てていった。

「第二に、故式部大輔様が縄張りを命じられていた須賀川の城に勝手に籠もり、謀反を起こそうとしているのか、現地の牢人を数多召し抱え兵糧を蓄えているそうではないか」

 依然として、治部は沈黙を守ったままだ。

「三つ目。驕りを極め、人民を悩ませていると言うではないか。さらに四つ目は鎌倉への年貢の運上を怠っていること。そして最後に、民百姓からみだりに貪り取っているそうだな。この五逆は、この須賀川や岩瀬一円の者皆が申しているところである」

 部屋の外では、須田美濃守の意を受けた安藤左馬介、箭部安房守の意を受けた安田隼人やすだはやとが、治部の言葉を聞いていた。両名とも、顔を黙って見合わせ、頷き合う。須田の支配する和田やその周辺、箭部の支配する今泉まで、それらの噂は聞こえていた。

 だが治部大輔の答弁は、敵ながら鮮やかなものだった。

「鎌倉方では、何か誤解をされているようですな」

 その声色には、微塵も陰りがなかった。

「私には、全く岩瀬の太守になろうなどという大それた願望はない。そもそも、たかがわずかな恩賞を与えたくらいで太守になれたのならば、とっくに二階堂の主になっております」

 その言葉に、民部は治部を睨めつけた。失礼な言い分である。だがそれに構わず、治部は言葉を続けた。

「そもそも恩賞を与えるというのは、義を重んじ節義に臨むに当たり、命を塵芥よりも軽く考えてくれるからであろう。そのような者等に対して恩賞を与えるのは、士道として当然ではございませぬか。彼らが勇を振るい、今まで他の敵を寄せ付けて来なかったからこそ、須賀川や岩瀬の御領内は安穏だったのでございましょう?」

 民部は言葉に窮した。確かに、永享の乱や結城合戦に二階堂家は巻き込まれたが、それは遠く鎌倉や関東での出来事が中心だった。須賀川領内は、至って平穏である。

「さらに兵糧を蓄えているのも、私心からだと仰いましたな」

「申したが……」

「武士たるもの、隣国の大敵が馳せ向かってきたときに、籠城して敵を防ごうと考えるのは、当然でありましょう」

 治部の言う事も一理あった。この須賀川城は天然の要害であり、なるほど籠城には向いている。そして治部の言う「隣国の大敵」とは、恐らく隣の田村氏を指しているに違いなかった。家臣も含め、何かと岩瀬地方の二階堂家とは宿敵関係になりがちな間柄である。

「もし兵糧米を蓄えていなかったら、本末転倒。兵は疲弊し、この須賀川を防戦しようという者は居なくなるでしょうな。そればかりではない。敵に領地を奪われるにとどまらず、敵は米穀を奪い取るでしょうから、そうなれば、岩瀬には米穀が一粒も残らないでしょう」

「……」

 今度は、民部が目を伏せる番だった。治部の言い分は、もっともである。田村の者たちは、それくらいのことはやりかねない。

「鎌倉の嫌疑を解くために、兵糧を蓄えるのを止めたとしましょう。ですがそれによって得られる利はわずかであり、総じて見れば大損するだけです。さらに、私には些かも謀反の心などござらぬ」

 治部の言葉はもはや何かの術の如く、民部の心に沁み入っていった。

「私が驕慢を好まず、百姓より貪り取っているという噂が根も葉もないものであることは、世の中の人々に広く知られているところである」

 そう滔々と述べる治部の服装は、確かに一見地味なものだった。一見、ではあるが。

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