民部大輔の失策(1)

 ――安房守は、手ずから図書亮や藤兵衛、半内などの杯に酒を注ぎながら説明し始めた。


 鎌倉時代、岩瀬郡に所領を賜った二階堂一門は、代々二階堂式部大輔を名乗った。その後、政権が足利幕府に移ってからも、有能な二階堂一族は幕府からもその出先機関である鎌倉府からも、篤く信頼された。鎌倉府の公方である持氏が安泰だった頃は、二階堂本家では一門の治部大輔に数十騎をつけて、須賀川へ派遣していた。式部大輔が健康だった頃は、年貢も滞りなく鎌倉へ納められていた。

 だが、永享の乱で都にいる六代将軍足利義教と対立した持氏は、須賀川の稲村から鎌倉に戻っていた足利満貞と共に、永享十一年二月十日、鎌倉の永安寺で自害した。

 その話を聞くと、図書亮は思わず顔をしかめた。自分もまた、あの戦いで父を失っていたからだ。

 須賀川を支配していた二階堂一族からも、幾人もの武者が稲村公方に付き従って戦い、命を落とした。そのため、為氏の父である式部大輔行春には、須賀川における二階堂氏復権の荷も課せられた。

 そんな中、翌永享十二年には、幕府の意を受けていて、かつ隣の安積郡にある「篠川ささかわ御所」が、結城氏朝らの呼びかけに応じた畠山・石橋などを始めとする南奥連合軍によって殲滅された。俗に言う「結城合戦」の一つだが、そもそも、白川の結城氏や安積郡の伊東氏とは、時には領土を争う好敵手でもある。二階堂氏としては、これら外部の敵対勢力に対抗するための拠点も持たねばならなかった。

 そこで行春は、今まで行政府が置かれていた稲村の地よりも、須賀川の中心部にある丘の方が要害の地としては優れていると判断し、代官である治部大輔に命じて、城郭の建立に着手していたのである。現在治部が入っている須賀川城のある丘は、須賀川の中でもとりわけ交通の便が良い。だけでなく、北には釈迦堂川が、和田を挟んで東側には逢隈川おうくまがわが流れ、水運に恵まれているにも関わらず、高台にあるため出水の心配も少なかった。

 新しく建立する城郭の建設費用は、その多くが岩瀬の地の年貢から賄われる。それも、治部に任せた。

 だが、奥州も巻き込んだ関東での戦の心労が祟ったのか、式部大輔は病に倒れ、嘉吉三年、遂に帰らぬ人となった。


「――そこで、若君がわずか十二歳で当主となることが決まった」

 安房守が、辺りを憚って小声で言葉をつなぐ。


 もっとも、鎌倉公方である持氏が死んでも、その遺臣たちは「鎌倉府の復権」を諦めたわけではない。南奥は関東に近いという地理関係もあり、同地の諸侯らは、いざとなれば「鎌倉に忠義を尽くす」との誓いを立てさせられていた。現在は、上杉や長尾などの遺臣が上方の幕府の様子も伺いながら、持氏の遺児である「万寿王丸」を旗頭として、鎌倉府の復権を目論んでいるのだった。

 二階堂氏は、その為の費用捻出先として、鎌倉に年貢を納めつつ、この地の軍務も担わなければならない――。

「――そして、その治部とやらが、その一切合切を私利私欲のままにしている、というわけですか」

 図書亮は、話を遮った。

「早い話が、そういうことだな」

 先程の山城守が、苦々しげに頷いた。

 なるほど、為氏のいるところでは出来ない話であるわけだ。聞いているだけの図書亮ですら、疲労を感じる。

「ですが、誰も治部大輔とやらの行状を止めなかったのですか?」

 黒月与右衛門まゆみよえもんが、呆れたように尋ねた。

「まさか。鎌倉からも、先立って詮議のお人を派遣した」

 行澄が、首を振った。それに、ちらりと矢田野左馬允さまのじょうが目をやる。

「あの北沢民部殿のことですか」

 その目には、軽侮の色が浮かんでいた。

「左様。一応、あれでも亡き大殿の弟君だった方だ」

 段々、人間関係が混乱してくる。それもこれも、「二階堂」の姓を持つ者が多すぎるせいだ。

「亡き式部大輔のご子息が、現在十三歳になられる御屋形様こと為氏公。それを侮って須賀川を恣にしているのが、現在須賀川城に籠もっている治部大輔。このお二方は、そもそも同じ二階堂氏でも血筋が異なる。さらに、矢田野殿や保土原殿は二階堂一門ではあるが、血筋としては治部大輔と同じ行村公の末孫。それに対して、御屋形様や今出てきた北沢民部殿は、行光公の末孫。そういうことだ」

 安房守が、改めて説明してくれた。

(ややこしすぎるだろう、二階堂一門……)

 内心、図書亮はそうごちた。

「その北沢殿は、どうされたのですか?」

 二階堂一門について考えを巡らしても混乱するだけなので、話を先に促す。

「一度は、治部に対して詮議した。あの当時は、二階堂一族の長老のような御方だったしな。だが、うちの安田が側で侍り、聞いていたところによると……」

 安房守は、下座に控えていた家来を手招いた。どうやら、その安田という家臣は、詮議の場面を目撃していたらしい。

隼人はやと。説明してやれ」

「はい。あれは酷かったですな」

 そう言い捨てる彼の目にも、怒りと軽侮が混じった色が浮かんでいた――。

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