須賀川下向(4)

 ひとまず須田美濃守の言葉通りに、新参の家臣は一旦「和田館」に入る事になった。図書亮はもちろん、鎌倉から一緒にやってきた忍藤兵衛おしとうべえ倭文半内しとりはんない宍草与一郎ししぐさよいちろう土岐右近大夫ときうこんだゆう相生玄蕃あいおいげんば若狭わかさの兄弟。黒月与右衛門まゆみよえもん、佐々木左近大輔、伊土井藤内いといとうないなど、他国に生国を持つ者も多かった。その他にも、元々鎌倉時代に二階堂氏がこの土地を拝領してから旗本、すなわち戦の時のみ「二階堂一門」として参加するものも多いのだという。それらには、荒木田清右衛門あらきだせいえもん薄井源左衛門尉うすいげんざえもんのじょう片寄新蔵人かたよりしんくらんど箭内和泉守やないいずみのかみ飯村豊前守いいむらぶぜんのかみ内田肥前守うちだひぜんのかみ鹿島隼人かしまはやと圓谷若狭守つぶらやわかさのかみ、石井大学など、うっすらと名前だけは図書亮も知っている者も含まれていた。

 どうやら図書亮が想像していた以上に、須賀川の二階堂家は一大勢力を築いているらしかった。振り返ってみれば、その祖である二階堂行政公は鎌倉幕府の政所別当も務め、南北朝の戦乱も強かに生き延びた一族である。周囲の侍が頼みにするのも頷ける家柄なのだった。「たかが鄙の地の豪族」と内心小馬鹿にしていた自分を、図書亮は恥じた。

 和田に着くと、戦の労いと称して酒宴まで用意されていた。どうやら美濃守は、あの戦いの最中で為氏の代わりにあれこれと下知をしていた傍らで、和田村を始めその周辺に待機していた弟たちにに伝令を走らせていたらしい。その一件からも、人心掌握も通じているらしいことが伺えた。

 眼の前には、酒膳が並べられている。その指図をしているのは、美濃守の妻と、息子の嫁だった。

 酒膳の席で、上座についているのは主君である「為氏」だった。そして、その席で図書亮は初めてまともに主の顔を見た。

 色白で瓜実顔。少年ながらも、確かに育ちの良さを感じる品の良い容貌だった。だが、「勇猛果敢」「弁舌も鮮やか」という評価はどうだろう。今も戦の緊張から解き放たれたのか、目をしょぼしょぼさせており、眠たそうだ。

「皆の者。今日は誠に大義であった」

 まずは、為氏から労いの言葉が掛けられた。

「本来であれば、須賀川の城下に入れてやりたかったのだが、私の力が及ばず済まぬ」

 何と為氏は、家来に向かって頭を下げている。それを、慌てて誰かが止めた。

「御屋形。主が簡単に頭を下げるものではありませぬ」

 戰場では見なかったが、側に侍っているところを見ると、彼も二階堂一門衆か四天王の一人だろう。

「筑後守。この者たちを須賀川に入れてやれなかったのは、私の器量不足だからに相違なかろう」

 為氏がしょんぼりと肩を落としている。すると、相手は四天王の残りの一人、守屋筑後守もりやちくごのかみか。

「御屋形。今日はまだ様子を見たまでです。後日、必ず治部を諾わせましょうぞ」

 脇から、箭部安房守が慰めるように言い添えた。

 なるほど、確かに「お人柄も優れている」ようであった。用意された酒をちびちびと舐めながら、図書亮は新しい主を観察した。

「それにしても、治部大輔殿の増上慢は鎌倉に聞こえてきた以上ですな」

 下座にいる安藤綱義が苦々しげに呟く。

「安藤殿。その治部大輔というのは、何者ですか?名前だけはしきりに聞くのですが」

 藤兵衛が、綱義に質問した。

「二階堂の一門には違いないがな。あれは二階堂の面汚しよ」

 藤兵衛の問いに答えたのは、なぜか別の人間だった。答えたついでに、「二階堂山城守行澄ゆきずみだ」と名乗ってくれた。

「奴は、元々若君のお父上の代官に過ぎなかった。二階堂の一族は、遠く行政公のご長男の行光ゆきみつ公の系譜と、弟君の行村ゆきむら公の系譜がある。儂は行村公の系譜だが、若君は行光公の系譜じゃな。治部の奴も儂と同族だが、須賀川では東に住まう者は行光公に縁のある者が多く、西に住まう者は行村公に縁のある者が多い。だが、元は同族。それほど同族同士で啀み合うことはなかった。だが――」

 そこで、行澄は言葉を切った。 

保土原ほどわらの叔父上。そこまで旗本に明かすのは……」

 脇から、三十路半ばと見える男が口を挟んだ。「保土原の叔父上」と呼びかけるところを見ると、彼も「二階堂一門衆」だろう。

「いや、矢田野やだの殿。我々に味方してもらうならば、ある程度事情を知っていたほうが良かろう」

 箭部安房守が、「矢田野殿」の言葉を遮った。やはり一見温厚そうに見えながら、彼もなかなかの食わせ者である。

 そこまで聞いたら、絶対に裏切れないではないか。

「丁度良い。源蔵、若君を寝所へお連れせよ」

 美濃守は弟にそう命じると、為氏は大人しくそれに従った。身内の悪口を聞きたくない思いもあったのだろう。

 為氏の姿が完全に見えなくなったのを確認して、安房守は新参衆を手招き、この度の「下向」の経緯について説明し始めた――。

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