お母さんの教育は……
身体を雨に打たれながら、走る。制服が透けることも、防水じゃないスマホが濡れることも気にもせずに。
「昨日、君を呼び出したよね? あれ、宮田のお願いだったんだ。『生田さんのお母さん来ると思うけど、念の為にお母さんのことで怒らせて下さい」って。怒らせれば確実に来るだろうけど、昨日の君との会話で意味のないことだと後悔してる。無駄に怪我したし」
学校を飛び出す前に、
「宮田が君のお母さん殺したい理由だけど、上杉のマンガが読めなくなったから。ファンだったみたい」
その話がどう関係するか解らない。だから訊ねる。すると、
「上杉が自殺したのは君の男嫌いのせい。そんな馬鹿げた性格を作った君のお母さんはもっと酷い。
……何で、止めなかっんですか?
当たり前の質問。
それに対して、わざとらしく首を傾げて言った。鼻で笑いながら。
「ぼくも君と君のお母さん大嫌いなのに、どうして止める必要があるんだい?」
自宅に戻り、玄関の前に立つ。中から音は一切聞こえない。
このドアを回せば、嫌なものを目にするかも知れない。
でも。
もしかしたら、本当にお母さんに相談しに来ただけで何も起こってない可能性もある。
きっとそうだ。
そうに決まってる。
若干の不安は残っているけど、私はポジティブに考えるようにしてドアを開く。
ゆっくりと。
——それを目にするまで
希望をもって、
——残り
ただいまと
——
「……」
「……」
私は
……え? 死んでるの? ついさっきまで、会話してたのに。
どうして……。
どうして……。
この女は。
「……何で?」
「何で? 先生から聞いたでしょ?」
「ふざけないで! あんな馬鹿みたいな理由で、私のお母さん殺すとか意味解んない! 私の……お母さんを……」
視界が
けど、それを尻目に眼前の人殺しはスマホを取り出して通話を始める。
人を殺しました、と。
下に落ちてた郵便葉書を手に取ってここの住所を伝え、いくつか話した後に通話を終える。
そして私に顔を向け、
「あんたに出来る? 人を殺して自首することが」
「当たり前でしょ? と、言うか私が人を殺す訳が……」
「嘘言わないで! 上杉君はあんたが殺したのと一緒でしょ⁉︎」
大雨にも負けないほどの怒声で、私を睨む。虚な目から涙を流して。
けど、そんな泣き顔に同情しない。する気も起きない。
私のお母さんを殺しておいて、
「意味が解らない。私は何もしてないし!」
「何で自覚がないのよ⁉︎ あんたのせいだって!」
「だから何もしてないって言ってるじゃん。あいつが勝手に死んだだけ」
「……あんた、まだ……」
拳を握り締めていたけど、宮田はすぐに解除。
そして、深呼吸をしてから言葉を発した。
冷静な、
声で。
目で。
「気付いていないなら、教えてあげる。あんたのお母さんが、あんたに男嫌いの教育なんかしなきゃ、
女からも嫌われなかったのに」
「……え?」
もっと言いたいことがあったのだけど、宮田の発言に怒りが鎮まる。
女からも嫌われる? そんな訳がない。
男から嫌われるのはどうでも良い。私も嫌いだし。
でも、女の子から嫌われてるなんて、やっぱりあり得ない。
優しく接したし。
お母さんに、女の子にはそうしなさいと言われたし。
それに、お母さんの教育が間違っていた? そんなの……。
「嘘でしょ」
「事実よ。好きな男子に告白しようとした子に『駄目だよ』って言って、おまけにその男子をボコボコに殴る。男に抗議するデモへしつこく勧誘する。これ以外にも色々あるけど、聞く?」
ボソっと口にした私に対して、宮田はスラスラと述べる。まるで今まで言うのを、我慢してきたかの様に。
……だけど。
もちろん私はそれを信じたくない。私とお母さんの人生を否定されたくなかったし。
……。
……。
なのに、宮田の発言を否定する言葉が出て来ない。寧ろ、先刻考えていたことを思い出す。思い返してしまった。
——私が男を嫌っている理由。
——お母さん以外に思い付かない。
——じゃあ、お母さんが私に別の教育をすれば、男子を嫌うことなかった?
自問自答。
それに明確な答えがあるのか知らない。
しかし、天から降り注いでいた雨は止んで、閉めたカーテン越しからも若干の光が差す。
さらにサイレンの音も近づき、一匹の蝉の鳴き声までも私の耳に入って来る。それが、正解だと言わんばかりに。
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