許せない話2



 その女は病院で赤ん坊を出産。女の子だ。

 女の子の誕生に、女は旦那と共に喜んだ。

 しかし、これを素直に喜べない者がいた。この院内には姿を見せていないが。

 出産した母親が選んだのは自然分娩ではなく、帝王切開。痛みが完全になくなる訳ではないが、出来るだけ苦しまない様に旦那と相談して決めたのである。

 が、それを旦那の母親は認めなかった。

 苦しまないで子どもを産むと、まともな子どもに育たない。それが義母の言葉であり、当時の年配女性からこんなことを言われるのはたくさんあったらしい。

 母親になった女はその義母に対し、当然苛立つ。出産の苦しみも痛みも解る筈なのに。

 どうして認めてくれなかっんだ。

 どうして私の娘に嫌悪丸出しの態度をするの? 

 

 どうして女性の権利を訴える活動をしながら、産み方の権利を認めてくれなかったの?


 

 ああ、本当に腹が立つ。

 でも、いくらイライラするからと言っても教育はちゃんとしないといけない。だから、女は娘に対し、


「女の権利を主張する女は悪い人だよ」


 ***


「ママ、あいしてるわ」

 幼稚園児の娘と、近所のスーパーマーケットで買い物中に言われる。昨日観たネット配信限定ドラマの、お嬢様ヒロインの口調で。

 ドラマと言っても子ども向けであり、一国のお姫様が城を抜け出して庶民の生活を謳歌する物語だ。

 今口にした発言も、そのヒロインが度々言う台詞である。

 ——可愛い。

 左手に持つ買い物かごへ食材やら日用品等を入れながら、娘に微笑む。

 日曜日の午後。特売セールも相まって混み合う店内を、娘の手を握ってレジへ向かう。大事な家族をまた・・失わない様に。

 レジへ到着すると、当然の様に行列。県内大型のスーパーでレジは8台あるが、どこも最低でも5人が順番を待っている。

 ——これは結構待ちそうだな。

 そう嘆いていても、支払いを済ませないと帰宅出来ない。だから、なるべく少ない列に並ぶ。

 しかし、そこに並んだのが間違いだった。

 目の前には同世代くらいの女性と、娘とも同じ背丈の女の子がいる。おそらく親子だろう。

 が、それよりも気になることがある。

 その母親のズボンのポケットから、クシャクシャの紙が飛び出していて何か文字が刻まれている。失礼だと思うが、どんなことが書いてあるのか確認する。

『……不潔……汚物……男……』

 ちゃんと読むことは難しいが、この三つの単語だけが目で追えることが出来た。

 ——これはチラシ? だとしても、こんな文字を書く?

 ——もしかして、変な団体からもらったチラシの可能性も……。

 そんな考察をしていると、その親子の会計の順番が回って来た。が、その母親は店員の姿を見るなり大声を上げる。

「ふざけないで! 何でが接客してるの⁉︎」

 突然の怒声に周囲の客と店員は視線を移し、謎に怒られた若い男性店員が固まっているが母親は口を続ける。

「貴方、自分が何をしているのか解ってるの? 女性に迷惑を掛けているのよ」

「? どういうことでしょうか?」

「呆れた。どれだけ馬鹿なの男って。そんな馬鹿な貴方に教えてあげる。男が働くことによって、女性の雇用が減るの。働きたい女性の邪魔をしているの。解る?」

「……」

 店員は目を丸くしたまま動かない。他の客たちは、それを可哀想だと見続けたまま。

 この状況を後ろで見ていた女は苛立つ。

 ——女の権利を主張する女。

 ——この人は義理のお母さんと同じ、変な活動家かな? だとしたら、この人は


「このおんなのひと、わるいひとだわ」


 刹那。舌足らずな声が響く。今度はそこに皆が目を向ける。

 声の主は、店員に怒る母親の背後に並んでいた女の子ども……宮田まなである。

 そのまなに、店員と話していた女も顔を見る為に視線を落とす。

 すると、怒っていた表情をまなの顔を見るなり和らげた笑顔に変える。

「お嬢ちゃん。私が悪い人ってどういうこと?」

 両膝を曲げ、まなに視線を合わせながら質問する。ちなみに、その母親の子どもは無表情でまなを見ている。

 その親子に、まなは物おじせず答えた。

「だって、おんなのけ、けんり? それをしゅちょうするおんなのひとはわるいひとって、おかあさんがいってたわよ?」

 それを聞き終えると、立ち上がって次にまなの母親を瞳に映す。

 すると、見られている女はため息を出してから、言葉を発する。今の状況で当たり前の台詞を。


「たくさん並んでいるので、早くお会計済ませていただけますか?」


 ***


 それから数分。

 何とか会計を終え、まなと母親は車に乗って帰宅しようとしていた。

 しかし、運転席のドアを開けたその時に阻止される。

「お時間、よろしいですか?」

 先刻の男性店員に怒っていた女にまた話し掛けられる。まなの母親から見て右にエコバッグ、左は娘と手を繋いでいる。

 ——面倒だな〜。無視しようと思ってたのに。

 そう心にしながらも、対応せざるを得ない。車の前に立っているのだから。

「すいません、急いでいますので」

「いえ、長い時間取らせません。ただ確認したいことがあるだけですので」

「確認?」

「ええ。先程、貴方のかわいらしいお子さんが私を悪い人って仰っていましたが、どういうことでしょうか?」

 笑顔で訊かれる。

 それが純粋な興味かどうかは知らない。だが、答えなければ帰ることが出来ないので仕方なく喋り出す。

 ただ単純で、

 明確な解答を。

「嫌いなんです。女の権利を主張する女が。それを娘にも教えました」

「それはどうして?」

 まなの母親は、その問いを車に乗り込んだ愛娘に視線を合わせながら答える(車のドアは開けたまま)。

 まなを帝王切開で産んだことを義母にとやかく言われたこと。その義母が女性の権利を主張する活動をしていながら、産み方の選択を否定したこと。そして、


 義母が自分の息子を、殺めたこと。


「自分の息子……。それは貴方の……」

「旦那です。その旦那を、『どうして母親の私よりも、嫁の言うことを選ぶの』って包丁で。私の目の前で」

 この場に子どもが二人いる。とてもその子たちが耳にして良い話ではない。

 それでも眼前の嫌いな相手・・・・・に聴かせないといけない。お前みたいな奴のせいで、愛していた旦那を亡くした怒りをぶつける様に。

「これで、よろしいですか? 私たち家に帰りたいのですが?」

「あ、はい。でもその前に一つだけ……」

「駄目です。お時間は取らせませんって言いましたよね? 私、夕飯作ったりとか色々やることがあるので」

「……分かりました」

 何か言おうとしていたが、引き下がって車から離れる。それを確認してからまながいる後方のドアを閉め、自らも運転席に入る。

 そして、大事なまな愛娘と家族団欒の時を過ごす為に、アクセルを踏む。遠くの声を耳にすることなく。


「自分の息子、殺しちゃったか〜。でも、殺した相手が男だから、許されるよね? そうだよね、あや?」


「うん。おとこはきもちわるいから、しんでとうぜん」


 

 

 

 





 


 











 





 

 

 

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