楽しみな授業参観

 


 楽しみにしていた『徒花の少女』というマンガの新刊が、電子書籍で発売。私は値段を気にすることなく購入。好きな作品であれば、いくらでもお金を払う。限度はあるけど。

「……あの、お金出したから、もう戻ってもいいかな?」

 そう、限度はある。弱い男子からお金を貰う額がね。

「あ、うん。私の前からすぐ消えて。それと、次からは現金じゃなくて、電子マネーにしてね?」

 受け取った千円札を見ながら言うと、えっと……何だっけ? あ、大二だいじ上杉うえすぎ大二は教室から出て行った。

 そんなことより、この千円札銀行に預けないと。今時現金って。ま、電子書籍のマンガは私のお金で買ったけど。

「ちょっと、生田いくたさん」

 スマートフォンでマンガを読んでいると、クラス委員長の宮田みやたが私の席に来る。怒った顔で。

「何? 読書の邪魔なんだけど?」

「読書って、上杉君のお金恐喝して勝ったやつじゃん。酷すぎるって」

「そう? 欲しい物は男を脅して手に入れろってお母さんに習ったけど。あと、これ私のお金で……」

どんな・・・お母さんよ」

 その発言に手が止まる。聞き間違いかな。

「今、何て?」 

「? どんな……⁉︎」

 言葉を遮って、こいつに平手打ち。もちろん全力。 

 昼休みの教室が静まる中、宮田はよろめきながらも倒れることはなかった。

「何するのよ⁉︎」

「何するの? 解るでしょ?」

「解らないわよ!」

 ……こいつ、マジで言ってるの?

 もう一度手が出そうになったけど、こんなバカには寛大な心で接しないといけないよね?

「解らないなら教えてあげる。『どんなお母さんよ』って私のお母さんバカにしたから」



  私はお母さんが好き。努力家のお母さんが好き。大好き。

 プラカードと拡声器を持って市役所前で、県庁前で、東京に行って国会議事堂前で抗議する姿が好き。もっと言うと、日本全ての政党本部でも。

 女性に権利を。 

 女性に住みやすい町づくりを。 

 家事を女性だけに負担させるな。

 居場所のない女の子に支援を。

 女の政治家の数を増やせ。

 男は女の気持ちを知れ。

 二次元の女の子はキャラクターは性的!

 気持ち悪い男は、全員崖から飛び降りろ!

 警察に止められても一人で激しく抗議を続けるお母さんが大好き。



 それなのに、目の前のバカは……。

「……異常よ」

  呟く。気味の悪いものを見た様な顔で。 

 今の説明に、不快になる部分あった? ある訳ないよね? そんな顔をするなんて意味不明。

 ……やっぱり、もう一発。

 と、手を構えようとした刹那、宮田はため息を吐いてこの場から離れる。まるで、私に何を言っても無駄だと言うかの様に。


 ***


「ってことが昼休みにあったんだけど、どう思う? お母さん」

 夕方。  

 学校から帰宅し、ノートパソコンで作業をしているお母さんに今日の出来事を話す。余りにも忙しいのか、部屋中に物が散乱している。しかし、私はこの状態を汚いとは思わない。抗議の文が刻まれたプラカードや大きな

横断幕とかの努力の結晶であって、そんな感情を抱くのは失礼。仮にこの家でそう口にしようものなら、私は絶対に許さない。

「そう。可哀想な女の子だね」

「可哀想?」

「うん。可哀想。男を庇うなんて。あんなクソみたいな生き物なんて、庇う価値ないのに」

 ……ああ、やっぱり、お母さんは私のことを解ってくれる。女性が男から何かを無償で得るのは・・・・・・・・・・・・・・・・当たり前だと・・・・・・

「だから、そんな可哀想な女の子には優しくしなきゃいけないよ。解った?」

「うん、解った」

 自分の顔がどうなってるのかもちろん見えないけど、満面の笑みで返事をしたと思う。お母さんにそう言われたからには、優しくしないと。可哀想な宮田まなちゃん。 


 ***


 翌朝。

 良く晴れたその日の気温は暖かさがあり、もうすぐ蝉が鳴き始めのではと予感さえする。私の住むこの場所は蝉が騒ぎ出すのが全国で一番早いらしいし。ま、私は虫が嫌いだけど。もちろん、虫よりも男が嫌いだけどね。

 そんなどうでも良いことを頭にしながら学校へ向かう途中、コンビニからおにぎりを手にした男子中学生(多分)を目にする。  

 ……ちょうどいいか。

 私はそれ・・に近づき、おにぎりを取る。盗る・・じゃなくて取る・・

「ちょ、何して……」

「おにぎり取っただけ。何か問題ある?」

 当たり前のことを言うと、男子は呆然と口を開けたまま。何も言い返せることないよね。

 立ち尽くしたままのそれを残し、私は再び学校へと歩き出す。

 私はなんて運が良いんだろう。まなちゃんに優しくする為にプレゼントを買おうと思ってたけど、良いタイミングでプレゼントが向こうからやって来る。私のお金を使わずに済んで良かった。 

 さらに。運に愛されている私は、学校の正門に到着すると同時にまなちゃんを発見。周囲には男子生徒もいない。本当に今日は良い日だ。

「おはよう、まなちゃん」 

 背後から優しく抱きしめる私。すると、まなちゃんはビクッとしながら振り返る。

「……あんた」

「あんたじゃなくて、あやって呼んで? それより、プレゼントが……」


「上杉君が自殺したのに、何で平然としているのよ?」


 おにぎりを渡そうとする私を遮って、まなちゃんは言う。その問いに、私は 

「あ、そう。それよりも、これあげる」



「え〜、ニュースで知っている生徒もいると思いますが、昨日一年生の上杉大二君が亡くなりました」

 体育館。

 本来ならこの時間はホームルームの筈だけど、全校生徒がここに集合させられる。理由は校長(おじさん)が口にした通り。

 ……最悪。本当に最悪。何が一番嫌って、

「その上杉大二君ですが、マンガ家として活動していました。徒花の少女というタイトルのマンガを」

  壇上のおじさんの台詞セリフに、ざわめきが起こる。それを教育指導(がたいが良いだけのおじさん。早く死ねば良い)が「静かにしろ」と発して、再び静寂に包まれる。これが、二、三分前の出来事。私がイライラしてる原因。

 徒花の少女。私の好きな……いや、嫌いになったマンガ。 クラスメイトの男子から虐められている女の子が、その男子に復讐する話。

 好きなマンガだったのに、作者が男だったなんて。 

 このマンガの主人公を応援してたのに、クソみたいな生き物が・・・・・・・・・・……。

「ちょっと生田さん。今、スマホ弄らないで?」

 英語担当の若い女性教師に注意され、私はそれをスカートのポケットに入れる。女性の言うことは、しっかりと聞かないとね?でも、はもちろん、 

「あ、先生。ちょっとトイレ行っても良いですか? 割と限界で」

  今も続く校長の話を耳に入れる価値もないので、この女性教師に頼んで「いいよ」と了承を得て席を立つ。校長の話、長過ぎ。この世から消えれば良いのに。



 トイレの個室に入り、用をする訳ではないので座らずにスマホのニュースサイトを確認する。


『徒花の少女の作者、自殺。

 ○月×日、O県U市で16才の男子高校生が自宅で死亡しているのを母親が発見し、警察に通報。その後、警察の発表によると、レイナというペンネームで活動していた上杉大……』 


 そこまで目を通し、読むのを止める。

「本当に最悪。こんな汚物か書いてたマンガとか……」

 スマホに映る買ったマンガに対し、ため息。そして、削除。もちろん全巻。こんな汚物を入れたスマホも叩き付けて壊したかったけど、お母さんに買ってもらった物だから我慢する。 


 コンコン。 


 ドアが叩かれる。戻るのが遅かったのか、教師が来たのかも。 

 当たり前だけど、ここは女子トイレだから当然男は来ない。女性教師に迷惑掛けたかなと戸を開く。

「自分が何したか、解ってる?」 

 開けると同時に、静かな声で訊ねられる。優しくしないといけない女の子に。

「ん? もしかして他の個室のドア壊れて開かない? だったらごめ……」 

「反省はしてないのね」

「?」

 言ってることが解らない。反省することなんて……あ。 

 ふと、思い出す。昨日、まなちゃんに平手打ちしたことを。

「ごめん、昨日ビンタしちゃって。まだ痛むよね?」 

「……痛いわよ。痛かったと思う・・・・・・・

「? 何で疑問系で……」


「あんたに虐められた、上杉君の心が痛かったと思う」


真剣な顔で、ゆっくりとした哀しそう口調を私に向ける。

 だけど、私には理解することが出来ない。

 心が痛かった? 笑えないギャグだよまなちゃん。 

 だって、

「男に心なんてある訳ないよ。私のお母さんがいつも言ってるし」

「……あんたのお母さんって」

「そう! 最高のお母さん! 世界で一番だよ! あ、喋り止めてごめん。でも、これが言いたかったんでしょ?」

「……」

 まなちゃんは何故か無言になった後、昨日みたいにため息を出してトイレから退出。なんとなくだけど、睨み付けられた気がした。

 気のせいだよね?


 * **


  結局、今日の授業は午前で終了。生徒のショックとか心のケアがどうとかの理由らしい。男が死んだだけでショックになるとか意味不明。

 まあ、おかげで時間が出来た。帰ってお母さんの手伝いをしよう。いつも大変そうだし、私がお母さんの負担を少しでも減らさないと。

 ……そうする筈だったのに。

「帰らないでくれてありがとう。残ってくれて、先生は嬉しいよ」

「別にあんたの為じゃない」

  みんなが帰宅して静かな教室。いや、少し離れた場所から女生徒の声がする。何を話しているのか上手く聞き取れないけど、楽しそうな雰囲気で心地良い。目の前の若い汚物を見るより、この幸せなBGMを耳に入れる方がずっと良い。 

「君が男であるぼくの話を聴いてくれるか分からない。だから、一方的に話すね?」

「……」

「昨日、上杉からお金を盗ったみたいだね? でも、それが原因で自殺したとは限らない」

  話を聴くつもりはない。すぐにでも帰りたい。 

 しかし、まなちゃんが「帰らないで先生の話を聴いた方が良い」とのことで、私は仕方なくここにいる。教室の真ん中に、二つの席を向かい合わせにして(ちなみに残りの席は後ろに並べられている)。

「それでも、それが死んだ理由の否定も出来ない。君に罪悪感はないのかい?」

「一方的に話すんでしょ? 質問しないで」

「……それはごめん。でも、質問に答えないなら、自由に解釈しても良いってぼくは思ってる。 


 君が罪悪感もなく、上杉大二を殺した。とかね?」


 ……この汚物。私が無視しているのを良いことに、言いたい放題。 

 私が殺した? そんな訳がない。あいつが勝手に死んだだけ。

 そんなことも知らないで決め付けるとか、男って本当に、

「嫌い」

「学校の教師だからね。教師と政治家とマスメディアは嫌われて当たり前だよ。あ、もう一個あった。


 君のお母さんみたいな、変で気持ち悪い活動家も。仕事と言っても良いのかだけど」


 侮辱だった。私のお母さんに対しての、明らかな。鼻で笑ってたし。

 だから、良いよね? 殴っても。

 だから、良いよね? 椅子でボコボコにしても。



「気は済んだかい?」 

 顔が血塗られてさらに汚くなった男が、さっきと変わらずに淡々たんたんと口を開く。喋れなくなるまで殴った方が良かったかなと思っていると、それはまだ言葉を発する。

「ぼくがこんな姿になってまで、何であんなことを言ったのか解るかい? 明日の授業参観に、君のお母さんに来て欲しくてね」

「そんなの来るに決まってるじゃん。え? もしかして私のお母さんを呼ぶ為に煽ったんですか? 本当に最低。もう、気分が悪いんで帰ります」

 そう告げると、こんな気持ちの悪い空間から出て行く。

 その際に何か聞こえたけど、ただのゴミが喋る訳ないよね?


「煽り損だな。


 まあ、後は宮田次第だけど」

 


 ***


「何考えてんの、あの汚物」 

 帰路の途中。私は今朝の汚物から取ったおにぎりを食べながら呟く。まなちゃんにあげる予定だったけど、あんな空間に置きっぱなしにした物を渡すのはダメ(今朝は受け取ってもらえなかった)。私があげるのを忘れちゃったのがいけないんだけど。

「あ、おにぎり泥棒!」

 クソ不味いそれを食べ終わった刹那。後ろから叫ばれ振り向くと、おにぎりをくれた男子がいた。私に指を差して。

 ……うるさいな。

「この泥棒。おにぎり返してよ」

「泥棒じゃないよ。くれたのは君でしょ? それより、私、すっごいイライラしてるから男と話したくない」

 普段からだけどねと思いながら、足を速めてここから去る。

 それにしても、本当にイライラする。クソ担任にも、遠く離れた筈なのにまだ大声で苦情を言うおにぎり男にも。 

 それから、

「何で今に限って、男ばっかり歩いてるの」



 ゴミ処理場を歩いている様な世界から、ようやく我が家に着く。相変わらず物が散乱しているけど、空気が外より美味しい。私にとってオアシスと変わらない。

「おかえり、あや」

「ただいま、お母さん。っていうか、聴いてよ。今日さ……」

 学校での出来事を話す。レイナと言う女性っぽいペンネームで、私を騙したクラスの男子が死んだこと。お母さんを変な活動家と揶揄したクソ担任のこと。

 全て話し終えると、キーボードを叩く手を止めてお母さんが口を開く。

「……それは気持ち悪い思いをしたね」

「本当だよ。だから、明日の授業参観であのクソ担任どうにかして?」

「うん、分かってる。でも、ごめんね? お母さんが良く調べもせずに、男女共学の高校に通わせちゃって」

 謝るお母さんに、私は「違うよ」と首を振る。

 元々、女子校に入学するつもりだった。けど、受験に失敗。

 どうして落ちたのか解らない。筆記テストは上手く解答したと思うし、面接ではちゃんと自分の意見も言ったのに。


 気持ちの悪い男がいないから、この学校を受験しました。って。


 未だに何がいけなかったのか解らないけど、私は仕方なく第二希望である男女共学の高校に入学。別の女子校は家から遠く、お母さんを一人きりにさせたくなかったし。

「ところで、あや。ちょっと手伝って?」

「うん、いいよ。何すれば良い?」

  即答して、私は手を動かす。プラカードに男の気持ち悪さを書く手伝いを。


 ***


 カーテンを開くと、雨が降っていた。折角、お母さんが学校に来てくれる日なのに。

 まあ、気が効かない天気に嘆いていても仕方ない。制服に着替えて、玄関に向かう。

「じゃあ、私行くね? 学校で待ってるから」

「はい、行ってらっしゃい。絶対行くからね」

 と、まだ作業を続けながら言うお母さんに改めて「待ってるね〜」と告げて外に出る。透明な傘を手にして。



 雨は嫌い。寒いから。ただ、それだけの理由。

 実際、みんなそうでしょ? 嫌いな物事は、ふたを開けば単純。他人がどうでもいいと感じる程度。

 だけど、時々考えることがある。 


 私が男を嫌っているの、その理由とは違うんじゃないかって。


 それを中学時代の友達だった・・・・・女子に相談すると

「あんたのお母さんがおかしいからでしょ?」

 馬鹿にされた。

 侮辱された。

 だから……ね?

 とにかく。

 こんなことを考えるのは、お母さんのせいじゃない。

 じゃあ、誰のせい?

 ……。

 ……。

 ……答えが出ない。

 そんな私に罰だと言わんばかりに、雨足が強くなる。

「本当に嫌い」



  学校に到着すると、私は足を止める。傘を差さずに正門の中央に立ち尽くす女の子、宮田まなちゃんの姿が。

「え? あの子、なにやってるの?」

「大丈夫なの? 下着透けてるし」

「うお、本当だ。エロ」

 当然、周囲は奇異な視線を向ける。大雨の中、校舎の中に入らずに立っていたら当たり前だ。

 これが男だったら気にもせず通り過ぎるけど、まなちゃんは女の子だ。だから、私は心配になって近づく。一緒の傘に入れて。

「どうしたの、まなちゃん? ずぶ濡れだよ? 今、タオル……」

「あんたを待ってた」

 鞄からそれを取り出そうと手を伸ばしていると、静かな声で口を開く。雨はまだ強いけど、なんとか聞き取れた。

「待ってたって……。嬉しいけど、学校の中に入ってたら良かったのに」

「……ここで良い。今からあんたの家に行きたいから」

「今から⁉︎」

 唐突なお願いに、間抜けな声を出していたかも知れない。少し、恥ずかしい。

 私の家は学校から近い。近いからこそ、遅刻ギリギリで登校出来る。

 つまり、あと数分でチャイムが鳴りそうな今、自宅に戻れば遅刻確定。

 私自身は遅刻することは構わない(何回もしてるし)。だけど、真面目なまなちゃんを遅刻させちゃう。

 どうしたものかな?

「あんたのお母さん、学校に来るんでしょ? あんたは私に家を案内するだけで良いし、その後は学校に戻って。あんたのお母さんに二人きりで相談したいことがあるし」

「? でもそれ、学校で良くない? お母さん来てくれるんだし」

「学校じゃ駄目」

「どうして?」

「……男がいるから」 

「!」

 その解答に納得する。それどころか、嬉しさを感じる。

 ようやく気づいたんだ。男の気持ち悪さに。もう、抱きしめちゃう。あ、両手でしちゃったから傘落としちゃった。拾わないと。

「それで家に案内するの?」

「もちろん。じゃ、行こっか」 

 傘を拾い上げて、まなちゃんを中に入れる。相合傘って言うんだっけ? 

 まあ、今の状態の名称なんてどうでも良いか。とにかく、家に戻ろう。一緒に、男は気持ち悪いと言ってくれる決意をした友達……親友とね。

 その手始めに。

 まなちゃんの下着にエロい目を向けた汚物たちを殴らないと。 

 もちろん、顔面を。


 ***


 染みる。傘に入っているとはいえ、持ち手を握っていない左手に雨が襲う。

「強く殴り過ぎちゃったな〜。見てよこの手? ちょっと赤くなってる。まなちゃんも殴れば良かったのに」

「……」

 家に向かう最中、私は明るく話してるけどまなちゃんはずっと無言。話、面白くなかったかな? 

 何か面白い話題をと思案していると、自宅に着いてしまった。改めて思うけど、学校と私の家近いな。

 私の家は、築数十年のボロいアパートの二階を上がって一番右側の二〇二号室。

 私たちはそこに行く為に、錆びた鉄製の階段を歩く。今日は大雨だから、滑らない様にまなちゃんの手を繋いで。

「お母さ〜ん、いる〜?」

 木製のドアをコンコンと叩き、まだ中にいるか確認する。

 すると、「あやかい? どうしたの?」と中から声が響き、ドアノブが動く。

「ただいま、お母さん。今、時間大丈夫?」

「大丈夫だけど……その子は?」

「友達のまなちゃん。お母さんに相談したいことがあるんだって」

 紹介すると、まなちゃんは頭を小さく下げて数分ぶりに口を開く。

「朝早くに申し訳ありません。どうしてもお話したいことがありまして」

「私に? でも学校で……」

「学校には男がいますので」

 先刻の私に言ったのと同じ説明。当然お母さんも「なるほどね」と微笑み、家に上げる。

あや・・は学校に戻ってて? すぐに終わると思うから」

 ! 私のことを「あんた」ではなく、名前で呼んでくれた。

 嬉しいな。これってビンタしたこと許してくれたってことだよね。

「……学校、戻らないの?」

「え、あ、ごめん。そうだよね。汚物がいる場所でも、友達のまなちゃんが言うなら行かないと」

 嬉々とした気分で答え、私は閉じた傘をまた開く。

「じゃ、二人とも後でね〜」

「……うん


 本当に、すぐ終わらせるから」



 ***


「おはようございます」

「遅刻だよ、生田」

「別にあんたに挨拶してない。女子だけにしたんですけど?」

 ホームルーム中の担任に言って、自分の席に着く。ちなみに、担任は顔を包帯でぐるぐる巻いてるけど、目と鼻と口だけ出してる。

「……今日は生田が遅刻で宮田が休み・・・・・か」

「まなちゃんなら後で来るって。勝手に欠席扱いしないで」

「? 学校に休みの連絡があったんだけど……」

 私の訴えに、何かを思案するかの様に瞳を閉じる。格好付けてんの? 気持ち悪い。

 しかし、まぶたをゆっくり上げた担任の言葉に、この嫌悪はどうでもよくなる。


「生田のお母さん、宮田が殺しに行ってるかも」




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る