身勝手な少女は壊れている

目取眞 智栄三

 許せない話1

 


 2000年代。いや、それ以前の年代だったか。

 とある男子学生がゲームソフトを万引きした。

 当然それは犯罪であり、その男子は警察の世話になる。

 だが、それで世間が騒ぎ出す。マスメディアの偏った報道によって。



 万引きしたゲームは、ファンタジーやパズルゲームでもない。男と女が行為に及んでいる作品、所謂いわゆる成人ゲーム。

 今でこそ年齢制限マークがあるが、当時はそんなものは存在しない。だから、お金を持っていれば小学生以下でも購入可能。

 しかし、買えるからと言っても思春期の男子だ。欲しくても恥ずかしさがある。 

 このゲームをプレイしたい。でも、店員の前に持って行くのも躊躇いがある。

 だから、盗んでしまった。それが彼の供述理由。

 これをマスメディアは一斉に取り上げ、アダルトゲームを規制した方が良いと議論があったが、どこからかか飛躍してアニメやゲームをする奴は犯罪者予備軍と報道される。

 今でこそそんな偏見は少なくなったが当時は酷かったらしく、アニメやゲームが好きでも隠しながら生活していたらしい。



 その偏向報道によって影響を受けた女がいた。それも過剰に。

 ゲーム好きな旦那を犯罪者だと一方的に言い出す。それに対して、旦那は当然抗議する。

「ゲームが好きなだけで離婚とか有り得ねーだろ⁉︎ しかも、俺に相談もしねーで子ども連れてくとか!」

 キッチンのテーブルに置いてある離婚届をクシャクシャに丸めて床に放り投げ、声を荒げる男。それを向かいの椅子に腰掛ける女は無表情で答える。娘と手を繋いだまま。

「有り得ない? そんな訳ないでしょ? ニュース観てるでしょ? ゲームをする奴は犯罪者予備軍って。私は娘を犯罪者の子どもって呼ばれるの嫌だし。私自身も犯罪者の身内になりたくない」

「だから、あれはマスコミが騒いでいるだけだって! マスコミはクズしかいないんだよ!」

「マスコミも貴方もクズよ。それよりも、床に投げた紙にサインしてよ?」

「何でだよ。俺は何も悪いことしてねーだろ?」

「ああもう、貴方と話していてもキリがない。子どもは私が面倒見るから、もう私たちに関わらないで? 慰謝料も要求もしないから。離婚届けにサインしなくて良いから」

「何だよそれ。何でそんなにお前は勝手なんだよ⁉︎」

 椅子から立ち上がり、娘と共に玄関へと足を運ぶ。それを旦那は追い掛けるが、二人は停止することなく外に出た。もう、この犯罪者の家には戻って来ないと誓って。

 やがて彼女は県外へ引越し、その地域に住む母親たちのコミュニティに参加する。そのコミュニティの会話の中で

「うちの旦那は家にいても掃除とか洗濯しないのよ〜」

「うちもよ、休みだから休ませろって、私たちの苦労も知らないでゲームばかり。本当に男ってゲーム好きよね? アダルトゲーム盗んだ中学生の事件があったって言うのに」

 旦那の不満を言い合う女たち。彼女たちは日頃から旦那に対してのストレスを、ここで話すことで発散しているらしい。

 だが、新人の女はこの会話の中で気づいてしまった。今しがたの「ゲームばかり」「男ってゲーム好きよね?」と口にした母親の言葉に


 ——ああ、そうか。


 ——男だから、ゲーム好き。男は気持ち悪い犯罪者なんだ。


 もちろんそれは間違った解釈である。しかし、彼女は昔から自分が正しいと感じたことは絶対に正しい。そう頑固な性格。 

 だから、彼女の男に対する認識はこの日に生まれた。誕生してしまった。異常な男性差別の塊に。

 


 そんな感情を宿らせたまま、娘と新居に戻る(コミュニティの会話は公園で行われ、娘は母親たちの子どもと遊んでいた。全員女の子)。

 そして、自らの娘に対して女は……。


 ***


「おかあさん。きょうね、おとこのこにスキっていわれたの。すごい、うれしかった」

 大きなプラカードに文字を書いている最中、娘に話しかけられた三十代弱の女。

 満面の笑みで話す我が子は実に可愛らしく、自然と頬が緩む。

 しかし。

 だからと言っても、今の発言は許容することは出来ない。だから、悪いこと・・・・はしっかりと駄目だと教えないといけない。

「あや、駄目だよ。男はこの世で最も醜い生き物なの。あやが嫌いなセロリと同じくらい醜いの。だから、今後話し掛けられても無視して? それでもしつこく話し掛けられたら、殴っても良いからね?」

 良識のある母親なら、こんな教えは絶対しない。この場に他の者がいれば、その教育は間違っている伝えることが出来る。

 が、ここには二人の親子しかおらず、誰もそれを指摘することはない。

「……そうなの? じゃ、うれしかったわたしのきもちは……」

「ただの勘違いだよ」

「でも……」

「あや、お母さんのことあんまり怒らせないで?」

 どこか不安そうな娘に、女は冷たい態度を取る。叱る時は怒鳴らず、静かに話す。それが彼女の説教方針だ。

 が、それだけなら良かったのだが、間違った教育はまだ続く。

 娘の頭に拳を置き、軽く叩く。何回も何回も。

 痛くはない。だが、娘にとってそれは恐怖に感じる。

 以前スプーンを床に落とした時に、同じことをされた。その時に「落としてごめんなさいは?」と言われたが無視し続けていると、だんだんと強く叩かる。結局、痛みから逃れる為に「ごめんなさい」と泣きながら口にして。

 だから、娘はこう言うしかなかった。


「……わかった」


「また、おとこのこにはなしかけられたらむしする」と。


 娘の言葉に女は我が子を抱き締める。

 なんて愛くるしいの。こんな可愛い我が子を、しっかり育てないと。

 ちゃんと。

 真面目に。

 母親として。

 自分の理想通りに、育ってと。


 ***


 余談だが元旦那の話をすると、彼は新しいパートナーを作って幸せに暮らしている。元妻との離婚届けにサインし、一人で役所に提出も済ませて。

 その新しい妻は男のゲーム趣味に理解を示し、共にゲームで競い合うほどに。

 前の家庭では築けなかった幸福。こんな幸せに出会えたのだから、離婚して正解だったと感謝する。元妻のことは嫌いなままだが。

 ああ、自分はこの世界で一番幸せなんじゃないか? こんな幸せがずっと終わらなければ良い。二人で一緒にと。

 


 


 

 


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