第67話 見えない報酬 

 まるで緊張と弛緩を体現したかのような、見事な斬撃ッ! ああ、もはや師範レベルッ!!

 

 ザアアァァ……。

 

 剣の残像と切り裂かれた空気が、静かにうねりを上げ、地面から這い上がるようにして渦を巻く。

 

 剣の勢いを一度も緩めることなく、絶妙な力のバランスを維持したまま、最後まで剣を振り抜くことができた。

 

 俺は残心を忘れず、低い重心を維持したまま、剣を腰の付近で構えて持つ。

 

 すると、細い風の線の上に、ポカンと浮かんでいた白の光点の数々が、ピタリと静止して宙に留まった。

 やがて、小刻みに明滅したかと思うと、暗闇でも見て取れるほどの真っ黒な砂煙を立ち昇らせて、ゆっくりと、どこか遠くへ溶けて沈んでいった。

 

 俺の荒い息遣いだけが響き渡る、暗い暗い地の底に、突如として蛍光色の文字が現れた。


<ゴブリン十体の討伐を確認>


 ……ん、十だって? 数え間違いはない。たしかにゴブリンは、十一体いたはず。


 1体、やり逃したっ!


 背後から濃厚な殺気が漂ってくる。空気が押しのけられ、腕の産毛がかすかに震えた。


「カッシャアアッ!!!」


 振り向きざまに、音速の斬撃を浴びせてやる! 

 こちらのスピードに驚くあまり、醜い顔をさらに醜く歪ませたゴブリンが、銀色に磨き上げられた剣身に鏡みたく映し出された。

 

 ザッシュウゥ……。上下二つに綺麗スッパリと切れ別けられたゴブリンの体は、突撃の勢いのままに、俺の後方へ吹っ飛んでいった。

 

 今度こそ、殺った。一息に十体のゴブリンを切り伏せる、鮮やかな剣技を成功させてもなお、俺は決して、周囲への警戒を怠っていなかったのだ。

 

 キ……ヲツケ……ロ。

 

 なんだ? 今、突然どこからともなく、しわがれた声が、こもったように聞こえてきたような気が。

 

 ヒダリテ……キヲツケロ。


「え?」


 訳が分からず、俺は周囲を確認する。


 ゴブリンの死体は、骨すらも残らず、黒い砂煙となって、すっかり蒸発してしまった。


 今の薄気味悪い声は、一体……。なにかの聞き間違いか。それとも、疲れて幻聴を聞いたのだろうか。


<ゴブリン十一体の討伐を確認>


<レベルが21にアップしました>


 すると、汗で滲む視界に、ぼんやり青白い文字が踊った。


 気を取り直して、確認のために俺は呟く。


「ステータスオープン」 



ーーーー

神田陽介

種族:精霊

レベル:21

攻撃力:58

防御力:42

素早さ:40


固有スキル<状態:発動>

精霊遣い


<効果>

ただよう精霊の姿を見ることができ、彼らの持つ特殊効果の恩恵を受けることができる。精霊のエネルギーを浴びることによって、常に幸運を引き寄せることができる。


特殊スキル一覧

なし

ーーーー



 これだけの危険を顧みて、レベルの増加は、たったの4だけ。 


 レベルが上がるにつれ、レベルアップに要求される経験値も比例して上がってゆく。


 ゴブリン十一体では、さほどの経験値は貰えない。厳しい現実だ。なんとも苦い結果となってしまった。


 だがしかし、そう悲観的になる必要もない。俺は初めて、自分の手でゴブリンを仕留めてやったのだ。

 それも、十一体同時にっ!

 

 物質的な経験値は少なかったかもしれないが、自信という、他の何にも代えがたい経験値を、俺は今回の戦闘で得ることができたのだ。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴォォォ……。 

 

 そんなことをぼうっと考えていると、なんの前触れもなく、山が丸ごと動き出すかのような物凄い轟音が、落とし穴の底に響き渡る。

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