第66話 幻の剣技
俺は、剣のグリップを握る手に力を込めた。
どんなモノでも斬ることのできる、最高の切れ味を誇る大剣。
それと、どんな鋭利な刃も通さない、鉄壁の防御力を誇る鎧。
これら勇者の装備を、互いに衝突させたら、果たしてどんなことが起こるか。
まさに、矛盾の対決。両者一歩も譲らず、激しくぶつかり合い、強大なエネルギーが生み出され……行き場を失くしたエネルギーは、やがて外へ放出されるはず。
エネルギー保存の法則に従って。衝突のエネルギーが、音と光に変換されて。
全身の筋肉をフルに稼働させ、渾身の力で、俺は剣を胸の装備に突き立てた!!
ガッキイィンッ。骨を砕かんばかりの振動が、胸板から全身へ電撃のように走る。
剣と装備の鋼鉄が激しくぶつかり、こすれ合った部分から、マグマのように赤い火花が噴き出される。
俺の脇腹が噴火したっ!
炎の柱みたく激しく舞い上がった火の粉は、暗闇を蹴散らし、あたりを赤々と照らし出す。
直方体の形にくり抜かれた、湿った岩壁の落とし穴。
俺の体をグルっと取り囲むようにして、密接する位置にゴブリンが五体。その後ろに、層を成すようにして、ゴブリンが六体控えている。
火の粉がパラパラと散ってゆき、明かりが薄れる頃には、俺は計十一体のゴブリンの位置と距離を、完璧に頭の中に叩き込み終えていた。
ふたたび地の底は、張りつめた静寂と闇のベールに包まれる……。
突如として二度襲いかかった爆音から、ようやく意識を回復させたゴブリンは、穴倉のような小粒な目を白々と光らせる。挑発するように、俺の周囲を目障りに揺れ動く。
……もう焦る必要はない。俺は、暗闇という隠れ蓑をはがし、ゴブリンたちを素っ裸にしてみせたのだ。いまや敵の位置は、手に取るようにわかる。
浅い呼吸を、深海のようにふかい呼吸に切り替える。岩水を打つ庭園の池をイメージして、精神を統一させる。
両脚を肩幅に広げ、腰を落として重心を下げ、強固な遠心力の中心点を作り出す。
カチリ。剣を地面と水平に寝かせて、ググっと剣身を背中へ反らせる。
『両手でしっかりとグリップを握り込んで、脇は閉め、刃先がぶれない位置まで剣を持ち上げる。この時、上半身の筋肉を脱力するように意識すること。そうすることで、剣の自重を分散させるように多くの筋肉で剣を支えることができる。振り抜くときも、同じく脱力を意識する。力を入れるのは、アタックの一瞬だけだ。線をなぞるように一直で、滑らかに淀みなく、一定の速度で振り下ろす……』
目を瞑り、正一爺の教えを心の中で復唱する。
理路整然とした、正直、味のしない教え。
だがしかし……正一爺の言動には、必ず何らかの意味が含まれている。
これはつまり、具体的な技術論よりも、抽象的なイメージの方が肝要であるということを、暗に伝えたかったのではないか。
独自で味を見いだせ。技術的な面をあえて強調して教えることで、自然とイメージを膨らませるよう、俺を誘導したのではないか。
俺は、カッと目を見開き、敵の幻影を見据えた。
ユラユラ揺れ動く白い光点が……夜の川原に浮かぶ、蛍の光に見えた。
冷たい夜風が、草水を撫ぜながら、サーと吹き抜ける。
そこに、一本の細い風の線を見た。冷たい風の線は、うねりながら、途切れることなく、俺を一周して円を描く。
ここだっ! 線の上をなぞるようにして、俺は、落ち着いた調子で剣を振り抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます