第63話 ダンジョンの罠
━━種族が、人間でなくなっている。
たしかにハッキリと、『種族』の欄には『精霊』と記載されているのだ。
これまで精霊には何度も出会って、その都度、お世話になってきたが……自分が精霊になっただなんて、一度も考えたことがなかった。いや、思いもしない変化、まさに青天の霹靂だった。
穴が空くほどに、じっと文字を確認する。なんども見返すも、やはり俺の種族は『精霊』となっている。
これは、一体……。俺の身に、一体なにが起こったというのだ?
急いで正一爺の方を振り返る。もしかしたら、元勇者の正一爺ならば、何か知っているかもしれない。
「正一爺さん、俺の種族が、いつのまにかせいれ……」
ここで、ついに全身が扉の靄に包まれてしまう。
最後に見た景色は、朗らかな笑顔でフリフリ手を振り見送る、正一爺の姿だった。
ピチョン、ピチョン、ピチョン……。
額に冷たい感触を覚えて、俺はうっすら目を開けた。
視界に映るのは、墨で塗り潰したような濃い暗闇。
「うんしょっと」
体を持ち上げてみる。あたりはやはり、暗くてなんにも見えない。何十年も換気していないような、やけに湿って、重く濁った空気が沈んで漂っている。
勇者の装備は……キチンと体に取り付けられていた。背中の大剣も、無事だ。ここでは、十分な装備がなければ、瞬く間に命を落とすことだろう。
命綱を決して手放さないよう、俺は大剣を懐に引き寄せた。
ピチョン、ピチョン、ピチョン……。
脳天に、冷えた水滴が落ちてきた。見上げても、そこには闇があるだけ。
とりあえず、まずは、視界を確保する手段を探さなければ。
俺は四つん這いになりながら、手探りで必死に、地面を調べてみた。
カチッ。
なんだ? なにかスイッチが作動するような、乾いた音が、どこからともなく聞こ
えてきた。
すると……。
真っ赤な火の球が、俺の両脇から、道を作るかのようにして、ぼっ、ぼっ、ぼっと次々と浮いて現れた。
天井から壁まで、やけに湿ってテカテカと黒ずんだ岩の壁が、余すことなく火の光に照らし出される。
そこは、狭い洞窟の中だった。
よく見ると、両脇の壁に均等に並べられた松明に、火が灯されているらしかった。
夜の滑走路みたく、点々と続く赤の光。俺を誘い導き、永遠にも思えるほどに続く火の道の先に待っているのは、天国か、それとも地獄か。
俺は、天井からしたたる冷たい水滴をペロリと舌で舐め取ると、おそるおそる先へ進んだ。
いつまで続くかも分からない、火の明かりで赤々と照らされた洞窟の細い道を、俺はひたすらに歩く。
まだ終わりが見えそうにもない。かなり長い間、ダンジョンを進んできたようにも思えるが、一度も敵とは遭遇していない。
そういえば、ダンジョン踏破に一体どれほどの時間がかかるのか、正一爺から聞きそびれてしまった。この調子だと……一日二日では済まされないかもしれない。
松明の火が、俺の不安を嘲笑うかのように、怪しげに揺れる。
攻略には、戦闘能力の他に、忍耐力や集中力も大いに要求されるのだ。
カチッ。
あれ、今なにか、聞き覚えのある乾いた音がしたような……。
次の瞬間。フワッと全身の臓器が浮き上がる感覚が、俺を襲う。
疑問に思い立ち止った時には、もう遅かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます