第62話 決心
「どうした。怯えておるのか」
正一爺の、慰めるような声に、俺は否定も肯定もできず、ただ小刻みに肩を震わせた。
「最初の頃は、ワシもそうだった。あてもなく異世界へ放り出されて、意味も分からず、闘い強くなることを強要される。勇者にならなければ痛い目に遭うぞと、周囲の人間から脅される。こんな世界、こんな場所、転生するんじゃなかったと、いっつも下を向いてひとり嘆いておったわい。だがな、とことん強くなってから、その意味がようやく分かったんだ。闘うことの、本当の意味が」
俺は恐怖に打ち震えながら、正一爺の言葉にじっと耳を傾ける。ザザーと滝が水しぶきを上げる音が、薄暗い空間には響いていた。
「守るためだよ。力がなければ、なんにも守ることができない。大切な人やモノ、自分の尊厳や社会的価値……。守りたいものは、いくらでもあるだろう? 力がなけりゃ、それらを手離さなければならなくなる。弱い順になっ。……そんなこと分ってるって顔をしておるな? 手離すことは必然で、なにからなにまで守ることなんて、不可能だって。
でもな、あえて強いことを言うが、残念ながら、そんなの所詮、弱者の言い訳に過ぎないんだよ。守りたいものを守れなかった者の、力をつけそびれた者の、机上の空論。理想論をいっぱいに詰め込んだ夢物語みたいなもんだ。……なぁ、ちっと長くなったが、あんたも守りたければ、強くなれ。強くなる努力をして、守れる人間になれよぉ」
ザザザァ……。
俺と正一爺の頭上を、滝の水しぶきの音が、静かに通り抜けた。
積年の侘しさを感じさせる、正一爺の助言。おもいおもぅいアドヴァイスッ。まるで、都会の冬に降る、灰色の水っぽい牡丹雪みたいな。
俺はもう一度、パックリと開いた巨人の口を眺めた。
魔法にかけられたみたいに、肩の震えはおさまっていた。
「正一爺さん」
「ん?」
「決心がつきました。俺に、ダンジョンの入り方を教えてください」
「そうか。チョンと触ってみろ。チョンッとな。そうすれば、自然と扉の方が、あんたを迎え入れてくれる」
俺は、一歩、また一歩と、岩の扉の方へ近づく。とうとう、青白い靄の目の前に立った。名残惜しさを断ち切るように、俺は振り返る。
「待っててください。必ず、強くなって帰ってきます」
「おぉ、その意気だ」
正一爺が、萎れた親指をウインナーみたいに膨らませながら、グッと立てて見せた。
俺は言われたとおりに、扉の内側に貼られた青白い靄に、チョンと手を触れた。
すると、あら不思議、靄が俺の体を伝って手から全身へと這い上がってくるではないか。
意志を持つ扉という生命体に吸い寄せられる気分で、俺はされるがままに、じっと立ち尽くした。
「あ、言い忘れておった」
「へ?」
すでに靄は、俺の首根を隙間なく覆っていた。
「ダンジョンに入る前に、自分のステータスを眺めて、戦闘の作戦なんかを練っておくとよいぞ」
「はやくイッテヨ……ステータスオープンッ!」
ーーーー
神田陽介
種族:精霊
レベル:17
攻撃力:42
防御力:36
素早さ:34
固有スキル<状態:発動>
精霊遣い
<効果>
ただよう精霊の姿を見ることができ、彼らの持つ特殊効果の恩恵を受けることができる。精霊のエネルギーを浴びることによって、常に幸運を引き寄せることができる。
特殊スキル一覧
なし
ーーーー
視界に蛍光色の文字がぶわっと浮かび上がった。
レベルは上がっていないようだ。しかし……ああ、今になって気づくにはあまりに遅すぎるほどの、ある見逃せない大きな変化があるではないか。
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