第58話 神の剣技

 次の日。

 

 俺は、筋肉痛でバッキバキになった四肢を、だるぅく引きずって、ふたたび正一爺と一緒に訓練場へ向かった。

 

 こんどは一体、なにを始めるんだろうか。

 

 そんな暗澹たる気持ちを抱えたまま、俺は、素晴らしい姿勢で剣を構える正一爺の横に立たされていた。


「ある程度……といっても、おもらしっ程度だが……の素振りをこなして、剣が手に馴染んで来たら、こんどは、対象物を切る感覚を養うぞ。まずは、そこで見ておれ」


 正一爺の正面には、薪が二本、すこしの間隔をあけて、縦に並んでいる。


 すると、勇者の剣が、カチリッ、と金属質な音を立て水平に倒された。地面と水平に構えられた刃身は、凍り付いたように宙で静止している。

 

一瞬、森を吹く風が、跡形もなく消え去った。ふいに、水滴が石を打つかのような、息をのむ静寂が、二人の間におとずれた。


 サウン……。


 カメラのシャッターを切るみたく、うねりを上げて剣が真横に振り抜かれる。軌道すらも読ませない、隙のない理想的な一瞬剣斬。


 当然のように、薪が真っ二つに切れて、ポロポロと崩れ落ちた。


 ……おや。なにかがおかしい。予想と大きく異なる現象が、今、目の前で繰り広げられて、頭が混乱し理解に遅れる。


 ああ、そうだ。そうに違いない。奥の薪だけが真っ二つに割れて、手前の薪は無傷なのだっ!

 いや、それとも単に、あまりに速すぎる剣の一振りゆえに、だるま落としの要領で、上下に別れた薪同士がその場にとどまり、まるで切れていないように錯覚しただけだろうか。


「よいしょっと」


 すると、俺の疑問を感じ取ったのか、正一爺は手前の薪をヒョイと持ち上げてみせた。


「見えない斬撃の一筋で、奥の薪だけを切る。これができるようになるのが、最終的な目標だわい」


 そんな……。最初に刃が触れるはずの、手前の薪は、まったく切れていないのだ。それどころか、奥に隠された薪は、まるで手前に置いてあったかのように、スパッと綺麗に切れている。


 理解に苦しむ、いや、常人には到底理解に及ばぬ、まさに神業。剣技の達人っ!!


「す、すごい。マジックとかじゃないんですよね?」


「なにを疑っておるっ! 正真正銘、ワシの振った剣が、奥の薪だけを貫き、スパッと真っ二つに割ったんだ」


 見間違いでも、なにか仕掛けがあるわけでもなさそうだ。

 では一体、どのようにして?

 

 剣の刃身が鞭のようにしなったのだろうか。……いや、勇者の大剣のステータは、たしか、



ーーーー

【勇者の大剣】


攻撃力:300


効果

勇者の称号を得た者に贈られる、奇跡の剣。その斬撃は、大地を真っ二つに割り、空の雲を散り散りに引き裂いたという。


<推奨レベル:80>

ーーーー



 とあったはず。そんな魔法のような機能、どこにも備わっていないはずだ。


 では、正一爺が移動魔法を使って、一瞬にして奥の薪だけを斬ることのできる位置に移動した?


 ……それも違うように思う。言葉の通り、なんだかんだいって誠実な正一爺が、剣術以外の技を使って、わざわざそんな回りくどい手品を披露しないだろう。


「不思議か? ワシの扱う剣の動きが」


「ええ。とっても」


「最初は大変だが、コツを掴めば、誰でも再現できるようになる。こういうのは、無理と思っても、やってみるにかぎるんだ。大事なのは、自分の頭を使って試行錯誤して、苦労してでも多くの経験を積むこと。そうすれば、いままでの努力が血肉となり、いつかフッと、苦戦していたのが嘘であるかのように、簡単にこなせるようになる時がくる。まあ、難しいことは考えずに、ほれ」


 俺は渋々、剣を受け取った。

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