第53話 オハヨウ

 ……きろ


 ……起きろ


 ……これ、起きんかいっ。


 パシインッ!!

 

 頭の中で火花が散り、俺の意識は強制的に泥沼から引きずり出された。

 

 瞼が石のように重く硬い。それでもゆっくりと、瞼を持ち上げると、やがて、うっすらと、視界に柔らかい光が差し込んでくる。

 

 ……橙色の空が見えた。そんな景色、この世にあったっけ? 

 

 いや、あれは木目の天井だ。ここは……訓練場の小屋か?

 

 すると、視界の端からヒョッコリと、見覚えのある顔が飛び出してきた。

 至る所にシワの刻まれた、だけれども、どこか瑞々しい若さを感じさせる、精悍な顔つき。


「……せ、正一爺さん」


 喉から発せられた、まるで久方ぶりに発声したかのような枯れた声に、思わず自分でも驚く。


「おうっ、目を覚ましたか! よかった、よかったわい!!」


 視界がグワングワンと揺らされる。どうやら肩を掴まれ、歓喜の興奮に体を揺さぶられいるらしかった。


 俺は、ようやく霧の晴れてきた意識でもって、上体を持ち上げる。


「ウンショ……」


 体を持ち上げ切る直前、天井を大きな影が横切り、木目がウネリと動いたような気がした。まぁ、なにか寝ぼけて、幻覚でも見たのだろう。


 ふたたび、あたりを見渡した。

 どうやら俺は、古びた雑巾みたいな白の絹の布を上下に着せられ、訓練場の小屋で寝かされていたらしい。


 隣に座るのは、相変わらず、よもぎ色の江戸時代の庶民みたいな服に身を包んだ正一爺。

 そして玄関には、ピッカピカに磨かれ新品同様の光を輝かせる、勇者の装備が置かれていた。


 ようやく自分の置かれた状況を認識してきた。


 ━━あの時。山をも吹き飛ばす大爆発を目の前で喰らった後、なぜだか俺は、生きて、ここに寝かされていたらしいのだ。


 だらんと伸ばした脚に力を入れてみる。……多少、力の入り加減に違和感が残るが、まったく問題なしに動かすことができた。


 手をグーパーして、腕の運動も問題がないことを確認してから、今度は顔をつねってみる。

 ……痛い。やはりここは夢でなく、現実世界だ。

 

 腰をひねって、首をねじって、プッと屁をこく。骨や関節、内臓に、特に異常はないらしかった。

 

 ボロ切れみたいな服をめくって、キズの具合を確認する。

 

 ……無い。体中のどこを探っても、まったくの無傷なのだ。

 それどころか……全身の肌にハリ艶があって、まるで赤子の肌身みたく、ツルンッぷるんモッチモチしているではないか!

 

 傷を負うどころか、すこし見た目が若返ってしまった……。

 

 ああ、これを奇跡と呼ばずして、なんと呼ぼうかっ!!

 

 たしか、正一爺の説明では、

『火を近づければ……あぁ、山の一つや二つが吹っ飛んでも、そうおかしくはないわい。おそらく水槽全体が爆発した場合。爆心は、約三億度の炎に包まれ、約十兆トンのダイナマイトに匹敵する衝撃が容赦なく襲う。これには、流石の勇者の装備も耐えきれない。ほんの瞬きするあいだに、跡形もなく、木端微塵……』

 となっていたはずだ。

 

 あの時、キングガマガエルの胃酸に火か着火するのを、たしかにこの眼で確認した。


 つまり俺は、約三億度の炎と、約十兆トンのダイナマイトに匹敵する衝撃を、一挙に浴びたはずなのだ。


 それだというのに、一体なぜ……。


「混乱するのも、無理はない」


 すると正一爺が、俺の混乱を読み取ったかのように口を開いた。

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