第43話 戦闘の時
山を登り終える頃には、ふんどしは土やら埃やらで汚れて、黒の染みにまみれていた。
この世界の絶対的法則。それは、身体能力はステータス値に依存する、というものである。
つまり、前世がヒョロガキ陰キャ男子高校生でも、この世界においては、ステータス値に影響がないかぎり、まったく関係がない……はずなのだが。
息を荒げながら、俺は途切れ途切れに唱えた。
「す、す、ステータス、オープン」
ーーーー
神田陽介
種族:人間
レベル:10
攻撃力:23
防御力:20
素早さ:20
固有スキル<状態:発動>
精霊遣い
<効果>
ただよう精霊の姿を見ることができ、彼らの持つ特殊効果の恩恵を受けることができる。精霊のエネルギーを浴びることによって、常に幸運を引き寄せることができる。
特殊スキル一覧
なし
ーーーー
青白い蛍光色の文字が、視界中央に浮かび上がった。
レベルがわずかに上昇している。だが、二度目の登頂は、かなり体に応えるものがあった。ふと、正一爺の言葉を思い出す。
『……精神や肉体に相当の負荷をかけないと、レベルはビクとも上がってはくれない。それに、モンスターを倒して貰える経験値に比べて、疲労によって獲得する経験値は、ごくわずかだ。
表には出ないが、その差は圧倒的。あくまで、頑張ったことに対するオマケ程度の扱いでしかない。ゆえに、レベル上げに最も効率的なのは、自分よりもすこしだけ弱いモンスターを何度も狩り続けること、そう相場が決まっておる。
だが、それを試すにしては、あんたはあまりにも戦闘経験が無さすぎる。それに、生死を賭けた激しい戦闘に耐えうるほどの精神的な器を、まだあんたは持ち合わせていない……』
やはり、いくら精神の重荷から解放されたからといって、きつく辛い試練には、変わりがないらしい。
すると、渓流の音が聞こえてきた。ゴオオオォォ。すべてを吞み込み流してしまうかのような、迫力ある自然の音だ。
俺は、木々が立ち並ぶ眼下の斜面を睨んだ。どこかに、ゴブリンが潜んでいる……。
最初、ヤツと出会った時、ヤツは川べりに立つ俺の背後からそっと、近づいてきた。男岩に囲まれ、川と小さな石ころだけで構成された渓流には、隠れる場所はない。
つまり、ヤツはこの辺りの森の茂みに潜んで、気づかれないよう、俺を尾行してきたのだ。
目をつむり、耳と鼻に神経を集中させる。風に揺れる木々の葉。落ち葉のすき間を徘徊する昆虫たち。ふわっと香る、苔むした土の気配。
……ダメだ。音と匂いを頼りにするも、隠れたゴブリンの存在を暴き出すことはできない。
ならば、わざとつけさせるか。まわりを見渡すと、斜面に一か所、岩の張り出た場所があるのを見つけた。
足元を滑らせないように注意しながら、岩のある方へ近づく。岩から下を覗いてみると、ああ、断崖絶壁っ!
ゾッとするほど高い位置から、渓流のゴツゴツした石を見下ろすことができた。
よし……。ここならば、ヤツを落下死させるに、うってつけの場所ではないかっ。
日没は、まだ先だ。ここでヤツを始末してしまった方が、長期的に考えて、あきらかに時間短縮に繋がる……。
俺は岩のギリギリの位置に座ると、なんだか知らないが、バケツに興味を抱いていたことを思い出して、誘い込むように、傍らにバケツを二個、置いた。
釣りみたく、ヤツが近づくのを、じっと待つ。
ガサッ、ガサガサッ……。
川の轟音に紛れて、落ち葉を踏みしめる音が、背後からかすかに聞こえてきた。間違いない。ヤツが俺の罠にかかったのだ。
決して失敗は許されない。両腕のリーチの範囲に入った瞬間、身をよじりヤツの両手を掴んで、岩の外へポイッ! 得意の爪技を披露する暇もなく、下へ真っ逆さま! ハイ、バイバイッ!!
うん、イメージトレーニングは完璧だ。
ゴブリンの歩行による振動が、岩を伝って尻元に届けられた。
近い。近いぞ。背後に、濃厚な気配を感じる。ヤツの気が緩み切っている間に、必ず片を付ける。
大きく息を吸い込み、臨戦態勢を整える。
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